洗練された文章や、巧みな表現力を駆使して書かれる純文学。一般的に、エンターテイメント性よりも芸術性を重視する傾向があるため、どうしても読解が困難と感じ、避けてしまう人もいるのではないだろうか。
私は純文学の、奇想天外な結末にいつも惚れ惚れする。純文学は大衆小説とは違い、起承転結を無視し誰もが予想外の展開になっていく。必ず主人公が勝つ物語に飽きた人には是非読んでいただきたいものだ。
今回はそんな数ある純文学作品の中から15作品を厳選し紹介する。
目次
『舞踏会』芥川龍之介
純文学といえば、まず思い浮かべるのが芥川龍之介だろう。何より芥川賞発祥の人物とあって、彼の生涯で残した作品はどれも優れている。その中でも特におすすめなのが『舞踏会』だ。
明子という令嬢が、洋風な舞踏会に参加することから物語は始まる。実はこの物語、よく読むことによって、芥川が洋風なものをすぐに真似しようとするも、そのどれもが劣っている日本の様を皮肉を込めて書いたもののように感じるのである。
しかし、令嬢明子がフランスの海軍将校と出会う恋の場面や舞踏会に装飾された花、明子が海軍将校と見ることになる花火などの「色」がリアルに伝わってくる描写からも目が離せない。頁数も少ないため、是非読んでいただきたい。
『斜陽』太宰治
太宰治といえば、『人間失格』があまりにも有名だが、『斜陽』という作品もまた目が離せない。
主人公・かず子は、病気で衰退していく母と田舎で過ごしたり、戦地に行って麻薬中毒者となってしまった兄がいたりと、散々な人生を送っていく。彼女自身も、妻のいる男と逢瀬を繰り返すなど、彼女の崩壊がリアルに伝わってくる。
所々、「蛇の焔のような舌」などの不気味で独創的な比喩表現も多彩なので是非注目していただきたい。この物語は太宰が得意とした独特な女の子語りで話が進められる。同じく『女生徒』という作品も、太宰が女性の一人称で書いたもので、共に読んでいただくと、そのすごさが分かるだろう。
太宰はまた、チェーホフというロシアの戯曲家にも大変影響を受け、特に『桜の園』という作品は『斜陽』のモチーフともなっている。あわせて読んでみると、より理解が深まるだろう。
『仮面の告白』三島由紀夫
三島由紀夫は『金閣寺』などでその名を轟かせた作家であるが、実は女性に対して不能であり、同性愛者だったことでも知られている。『仮面の告白』は、そんな自身の性癖であったりを、まさに暴露しているかのような内容だ。
幼少期から病弱で女の子のように育てられた主人公は、男性の下半身の膨らみを見た時に、私が彼になりたいと思うほど、男性への思いの強さが伺えるのだ。
また、この作品は最初の頁にドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の「美」という概念を引用しており、ドストエフスキーの影響も少なからず受けていることがわかる。その巧みな表現力から、私たちは目が離せなくなるだろう。
『秘密』谷崎潤一郎
谷崎潤一郎は三島由紀夫とは対照的に、女性に対する凄まじい欲望や、大胆な性癖を暴露させている作家である。
そんな彼の作品の中でも最もおすすめなのが『秘密』。主人公の男は女性への憧れゆえに、女性が顔に塗った「おしろい」をつけることにのめり込む。
そうして女装することが彼にとっての「秘密」になったわけだが、かつて上海旅行へ出かけた時に出会ったT女に、女装した姿で再会することによって、物語は急展開を迎える…。
欲望丸出しの『刺青』なども、是非読んでいただきたい代物だ。
『砂の女』安部公房
安部公房は言わずもがな、天才といえるだろう。『砂の女』といい、『箱の男』といい、そのずば抜けた発想力には腰を抜かされる。
主人公の男は昆虫採集のために、砂が多い地域に行くわけだが、そこで出会った老人にはめられ底の深い穴に落とされてしまう。そこは砂が降り注ぐ場所だったのだが、なんと人が住んでいたのである。砂の街に住む女性は亡き夫と子供のために、必死に生活をしている。男は最初は興味本位で女性を助けるも、次第に脱走を試みるようになり…。
焦燥感溢れる主人公の死に物狂いの描写が読む者を引きつけさせる。
『蒲団』田山花袋
田山花袋は、自然主義文学のさきがけになったと言われている作家。
一見、『蒲団』の概要を聞いただけでは、「うわ! きもちわる!」と言ってしまいたくなるだろう。なぜなら主人公は、好きだった人の蒲団のにおいをかいで、恋に浸っているのだから。
さらには、自然主義作品とあって、すべてをありのままに表現しているため、田山花袋自身のことについて書かれており、尚更抵抗を持つ人も多いだろう。しかしそこには、「片想い」や「不倫」という要素が絡まっており、その他女性の香りなどといったものも鮮明に描かれている、れっきとした奥深い恋愛小説なのだ。
マニアックな表現を楽しみたい方は、是非チャレンジしていただきたい。
『遙拝隊長』井伏鱒二
井伏鱒二といえば、『山椒魚』や『黒い雨』が有名だが、ここではあまり知られていない『遙拝隊長』について紹介する。
主人公の隊長は戦争に取りつかれてしまい、戦争後も、部下を戦時中のように扱ったり、急に戦時中のように声を荒げたり、気が狂ってしまう。
戦地で負傷し使い物にならなくなった足とともに、精神的に崩壊した彼の本当の理由とは一体何だったのだろうか。
また、どんな時でも彼の味方をしようとする彼の母親の役割も非常に大きいだろう。なぜ彼女は息子をかばおうとするのか、様々な側面から目が離せない一作。
『海と毒薬』遠藤周作
彼はとことん、「日本人とはどういった生き物なのか」ということを小説において追求し続けた。その中でも『海と毒薬』は究極形ともいえるかもしれない。
九州で戦時中に実際に起きた、米軍捕虜の解剖実験事件を彼の想像力によって膨らませた、複雑でもあり目が離せない作品となっている。
信仰する神がいない日本人は、人を殺すということに罪悪感を持たないのだろうか。日本人にとって、罪悪感とは一体何なのだろうか。まさに、日本版『罪と罰』といえるかもしれない。
各登場人物の人生、勝呂という医者に襲い掛かる「黒い海」のイメージ。そういった不気味な描写は、やがて一つに混じり合い…。
この作品は常々「続きを書く必要がある」と言われてきたが、直接的な作品はついに生まれなかった。しかし、それに繋がる作品は生まれた。その続きのようにも感じ取ることのできる『留年』や『沈黙』。この3作品を一つの上・中・下巻として読んでみることをおすすめする。
『城の崎にて』志賀直哉
志賀直哉は白樺派の作家としても知られている。そんな彼の代表作『城の崎にて』は、山手線にはねられて負傷した男が旅行先において、蜂の死骸を見たことによって、生き物の「死」に敏感になっていく物語だ。
死にそうな鼠を目撃してしまったりすることによって、急激に寂しさを感じるが、死んでいく生き物と事故にあったものの生きている自分を比べることによって…。
是非、読んでいただきたい作品だ。
『飼育』大江健三郎
大江健三郎は『飼育』にて芥川賞を受賞し、さらには日本人で2名しかいないノーベル文学賞に輝いた人物でもある。
『飼育』は、戦時中にアメリカの飛行機が墜落し、その中から黒人が出てくることによって物語が始まる。
黒人をどう処理するのかが村内で話し合われ、最初は黒人を獲物として「飼育」することにするのだが、主人公の「僕」は黒人と話すうちに、徐々に人間的な感情が芽生えてしまう…。
最後まで残酷な描写に、読者は打ちひしがれるだろう。
『水滴』目取真俊
まず、主人公である男の右足が冬瓜のように腫れることから物語は始まる。さらに、その右足の親指からは「水滴」がこぼれるのであった。その「水滴」は非常に効果があるとされ、毎晩のように兵士たちが彼の家に「水滴」を求めて長蛇の列をつくるようになる…。
水滴の正体は一体何なのだろうか。彼が50年前に経験した沖縄戦とどういった関係があったのだろうか。
戦後文学として注目されたこの作品を、一度読んでみることをおすすめする。
『ノルウェイの森』村上春樹
#第4回名古屋文庫大賞受賞 #映画化
今やノーベル文学賞の最有力候補と言われ続け、その名を知らない人はいない村上春樹。そんな彼の代表作といえば、上下巻合わせて1,000部以上売り上げた『ノルウェイの森』だろう。
主人公の友人として登場するキズキはある日、突然自殺してしまう。その後、キズキの恋人だった直子と関わり合うようになる主人公。しかし、直子から手紙が届くことによって、物語は急展開を迎える。なんと直子は精神病院に入院していたのであった。37歳のワタナベが、飛行機のBGMでビートルズの「ノルウェイの森」を聞いたことによって始まった彼の回想録は、とんでもない展開へと発展して…。
その展開に虜になること間違いないだろう。
『何もかも憂鬱な夜に』中村文則
中村文則は『土の中の子供』で芥川賞を受賞し、常々ミステリーを純文学で表現してきた実力派。
そんな彼の6作目の作品『何もかも憂鬱な夜に』は、施設で育ち、刑務官の「僕」がもう少しで死刑が確定してしまうかもしれない未決囚・山井と対峙するなど、タイトルにもあるように憂鬱な展開が待ち受けている。
「僕」を育てた施設長の「あの人」に教えられた芸術の素晴らしさ、また、自殺した友人から送られた一冊のノート、そういったものから光は見出せるのだろうか。
生きるとは何か、死刑とは本当にあっていい制度なのだろうか。真っ向から立ち向かった中村作品から目が離せない。
『ポトスライムの舟』津村記久子
津村記久子は主人公をカタカナで表記するというユーモア性がある作家だ。
主人公であるナガセはある日、自分の1年間の収入と世界一周旅行の金額が同じことに気付くのだが、果たして彼女がとった行動とは…。
津村作品の根底にあるのはユーモアと温かさ。それによって、働くことをふと後押しされる温かい作品になっている。
一度、読んでいただきたい。
『劇場』又吉直樹
又吉直樹は『火花』で芥川賞を受賞し、お笑いコンビ・ピースとして活動していることで有名だ。
そんな彼の2作目『劇場』では、永田と沙希の恋愛物語が展開されるが、ただ単純な恋愛物語ではない。
永田は「なんでそんなことすんだよお前!」と何度も突っ込みたくなる場面があるほど、くず男として描かれている。同様に沙希も共感できないほど、くず男にのめり込んでしまう。現実と理想の狭間でもがく2人の恋の不器用さが絡み合い、劇場という舞台をつくりあげていく…。
彼の独創的な世界に是非、浸っていただきたい。
おわりに
読み始めると、会話の少なさや、難解な表現や比喩の多さから、抵抗を感じて断念してしまう人もいるだろう。
しかし、純文学を理解するためには、何度も何度も繰り返し読む必要がある。
分からなくて難しい作品を、分からないなりに読み進め、解説を読み、また2度目を読む。
こうすることによって、感性を研ぎ澄ませていくのだ。
衝撃的な展開で、打ちのめされることもあるが、それもまた、純文学の魅力。
まずは、近年の芥川賞受賞作を読んでみることもおすすめする。
2021年上半期は、宇佐見りさの『推し、燃ゆ』が受賞した。
こういった作品から、手をつけてみてはいかがだろうか。
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