ホラーの文脈でミステリーを描く。あるいは、ミステリーの文脈でホラーを紐解く。理知と恐怖、合理精神と怪奇幻想を見事に組み合わせた、ミステリーとホラーの融合を描き続ける作家、三津田信三。
民俗学から映画作品、過去にあった実在の事件など、様々な知識を盛り込んで描かれる謎や恐怖の数々は、どれをとっても非常に魅力的だ。
本記事では、そんな三津田信三の作品の中から10作品を厳選して紹介する。巧みに融合されたミステリーとホラーの世界を、存分に楽しんでほしい。
目次
【刀城言耶シリーズ】『厭魅の如き憑くもの』
D坂
戦後間もない昭和を舞台に、怪奇幻想作家にして変革推理小説家の刀城言耶が、奇怪な事件に巻き込まれては素人探偵の真似事をする、というミステリー・ホラーシリーズ。
好青年でありながら怪異譚に目がない特徴的な作家、刀城言耶を中心に据えて、人の仕業か怪異の所為かも分からない事件が多々描かれる。
特筆すべきは、主人公・刀城言耶が素人探偵である点だ。そのため、快刀乱麻の名推理を1発で披露することはなく、まず事件の疑問点を箇条書きで列挙し、あらゆる要素からその疑問点を潰していく、という独特な推理方法を取る。
また、推理の最中に新たな情報が現れることで、それまでの推理とは全く異なる別の推理を披露するなどの描写も多々あり、これまでのミステリー作品とは一線を画す。
加えて、刀城言耶が訪問する土地には、様々な儀礼や習俗が息付いている。これらの因習は、膨大な知識に基づき著者が作り上げた、独自の物。
それらの情報が無理のない範囲で最大限に織り込まれていることで、事件の関係者たちが体験する恐怖がよりリアイティあるものに仕上がっている。
余談だが、こういった因習の残る村的な舞台設定の作品は、ホラーの雰囲気を身に纏ったミステリー作品であることが多い。
しかしこのシリーズは各作品全て、読み終えるまで、もしくは読了しても尚、ミステリーなのかホラーなのかは曖昧であり、まさしくミステリー・ホラー作品として完成されている。
ミステリー小説が好きな人も、ホラー小説が好きな人も、両者とも好きなら尚のこと、読んでみてほしい作品だ。
ページ数 | 624ページ |
【死相学探偵シリーズ】『十三の呪 死相学探偵1』
他人の死相を見る能力を持つ探偵、弦矢俊一郎が事件に挑む、特殊設定ミステリーシリーズ。
先述の『刀城言耶シリーズ』が、「読み終えるまで、ホラーかミステリーか分からない」作品だとすれば、こちらは「ホラーを前提としたミステリー」とでも言うべき作品となっている。
死相を見ることが出来る探偵のもとを訪れるのは、特殊な呪によって引き起こされた異様な状況に脅かされ、怯える依頼人たち。皆一様に、特殊な能力を持った探偵に一縷の望みをかけて、依頼にやって来る。
しかし探偵の弦矢俊一郎は、逆に言えば死相だけを頼りに調査を進め、呪の正体を暴き、依頼人を救わなければならない。そのため、死相や呪といったホラー的要素を前提にしながらも、そこで描かれるのはあくまでロジカルな推理劇であり、ミステリとしてもホラーとしても完成度が高い。
また、物語を構成する登場人物たちも魅力的。主人公の弦矢俊一郎は、端正な顔立ちと斜に構えた性格、ロジカルな思考、何より「謎解きの段階に入ると突然、流暢かつ雄弁に語り始める」という特性を持っており、探偵作品の主人公として抜群の魅力を誇る。
そんな俊一郎の能力を、最初は訝しみながらも徐々に信頼し始め、共に事件に立ち向かっていくこととなる不良刑事・曲屋もまた、探偵の相棒ポジションとして王道に位置するだろう。
さらに忘れてはならないのが、俊一郎の愛猫「僕にゃん」の存在だ。俊一郎を追って、奈良から東京までやってくるほどの行動力や、さりげなく俊一郎をサポートする確かな知性、そして愛くるしいその振る舞いは、読者を虜にすること間違いなし。
その他にも特徴的なキャラクターが多数登場しており、今作の魅力をさらに押し上げる。
そして、シリーズ全体に影を落とす邪悪な呪い師・黒術師もまた、今作における重要な存在だ。人の心の隙間につけ込み、欲を刺激し、呪という手段を与え、邪悪な道に引き摺り込むという、文字通りの悪魔のような存在。
目的も正体も不明という、あまりにも得体が知れないこの邪悪な存在に、俊一郎がいかにして挑んでいくかも、今シリーズの大きな見どころだ。
最近になって最終巻も発売されたので、もし1巻を手に取って面白いと感じたならば、そのまま全巻買ってしまうことを推奨する。1作でも読んでしまえば、次巻を読みたくてたまらなくなるはずだ。
ページ数 | 346ページ |
【幽霊屋敷シリーズ】『どこの家にも怖いものはいる』
三津田信三ご本人を主役に据えたメタホラーシリーズ。シリーズ名からも分かる通り、幽霊屋敷をメインテーマに据えたホラー小説であることに間違いはないが、本シリーズは従来の、いわゆる幽霊屋敷モノとは一味も二味も違う作品だ。
第1作目の『どこの家にも怖いものはいる』では、全く異なる内容ながらも奇妙な符号も感じさせる、幽霊屋敷に纏わる5つの怪異譚が。
第2作目の『わざと忌み家を建てて住む』では、4つの曰く付き物件を融合させた狂気の幽霊屋敷・烏合邸に纏わる4つの怪異譚が。
第3作目の『そこに無い家に呼ばれる』では、家そのものの幽霊という驚愕の存在に纏わる、3つの怪異譚が、それぞれ描かれている。
どの作品も、それぞれの怪異譚が臨場感たっぷりに生々しく描かれており、内容の悍ましさや不条理さも相まって、徐々に背後に何者かが忍び寄るような上質な恐怖を楽しむことができる。
また、このシリーズが持つもう1つの魅力は、幕間として挟まれる雑談/怪談談義であろう。
作家・三津田信三と編集者・三間坂秋蔵の会話劇は、古今東西のホラー映画やホラー小説、怪談、さらには過去に実際に起こった不思議な出来事に至るまで、非常に豊富。ホラー好きには見逃すことのできない、様々な知識が織り込まれる。
会話劇を楽しむことで、これまでに観たことのあるホラー作品ですら、新たな楽しみ方を見つけられるかもしれない。幽霊屋敷の恐怖から会話劇に盛り込まれた雑学まで、どこを何度読んでも面白い作品となっている。
ページ数 | 361ページ |
【作家シリーズ】『忌館 ホラー作家の棲む家』
自らの名で投稿された身に覚えのない怪奇小説から始まる、奇妙で恐ろしい体験を描いた『忌館 ホラー作家の住む家』。
不思議な古書店で手に入れた奇怪な同人誌「迷宮草子」を巡って起こる、薄気味悪い事件を描いた『作者不詳 ミステリ作家の読む本』。
田舎の旧家に伝わる悍ましい恐怖体験、そしてその体験を綴った原稿を受け取ったことで起こる恐怖を描いた『蛇棺葬/百蛇堂 怪談作家の語る話』からなる、三津田信三氏の初期3部作品。
どの作品も語り口は非常に理知的で、それ故に忍び寄るような恐怖感を覚える。
またその恐怖に対して、合理的に解釈を加えることで抗おうとする氏の作品共通のあり方も、この時点で既に完成されている(後続作品で、さらにそれは洗練されていくのだが)。
『幽霊屋敷シリーズ』と同様のメタホラー作品で、主人公は『蛇棺葬』を除いて、著者の三津田信三氏ご本人だ。小説家歴が長くなってきたタイミングで執筆された『幽霊屋敷シリーズ』ではこれまでの著作に纏わる情報が多い。
しかし今作は、初期作品であるが故か、編集者時代の企画やプライベートな話題も多く、著者である三津田信三氏自身のこともより深く知ることができるため、ファン必見の作品と言えるだろう。
ページ数 | 464ページ |
【物理波矢多シリーズ】『黒面の狐』
『刀城言耶シリーズ』と同様、戦後間もない昭和の世を舞台としたミステリー・ホラー小説。
現状では、常に死と隣り合わせの過酷な炭鉱の中で、不気味な連続殺人事件を描いた『黒面の狐』と、同じく危険が常に付き纏う職である灯台守が体験した、奇妙で悍ましい体験を描いた『白魔の塔』の2作品が刊行されている。
新たなシリーズの主人公を務めるのは、戦争によって志を折られてしまった青年、物理波矢多。彼の抱える想いや葛藤は、これまでのシリーズとはまた違った魅力を持って描かれている。
元は『刀城言耶シリーズ』の最新作として構想されていたことも影響してか、『黒面の狐』で描かれる事件は『刀城言耶シリーズ』に近い味わいがある。
しかし続編の『白魔の塔』では、淡々と描かれる恐怖譚や悍ましさ溢れる真相、そしてダイナミックなオチなどが見事に盛り込まれており、これまでとは異なる新シリーズとしての迫力を見せつけてくれる。
今後は何色の怪異が現れるのか、物理波矢多の行き先が気になる作品だ。
ページ数 | 535ページ |
『のぞきめ』
ミステリーの文脈でホラーに挑む、三津田信三氏の単独ホラー作品。
謎の廃村に足を踏み入れたことで異様な存在と遭遇した若者グループが、村から脱した後も不可解な現象によって次々と犠牲になっていく恐怖を描いた「覗き屋敷の怪」が第一章。
民俗学を学ぶ学生が憑物信仰の残る村を訪れ、そこで悍しい事件に遭遇する様子を描いた「終い屋敷の凶」が第二章の、2部構成となっている。
それぞれの章に三津田信三氏の膨大な民俗学的知識が要所に盛り込まれており、それが恐怖に説得力を与えている。
圧倒的な描写力も相まって、いわゆる因習モノの中でも、真に迫った恐ろしさを持った作品だろう。
ミステリー要素も含まれており、著者に並ぶ知識量があれば真相に辿り着くことも不可能では無いという、フェアな構造。また、メタホラー作品としても非常に完成度の高い作品だ。
本作の冒頭で2つの恐怖体験が書かれた原稿を手にしている小説家は、明言はされていないものの明らかに三津田氏本人と思われる。
そして、原稿を読んだ小説家が怪現象に襲われる様子を描くことで、のぞきめなる怪異が読者にも迫る可能性を示唆しており、著者と読者が一体となって楽しめる作品となっている。
ページ数 | 412ページ |
『誰かの家』
6つの怪奇小説が収められた、短編集。平凡な日常が非日常の恐怖に飲み込まれていくまでの過程が、丁寧かつロジカルに描写されている。
空想上の存在であったはずの何者かが、徐々に実態を持って迫ってくる恐怖を描いた短編「あとあとさん」や、遊泳禁止となった海の浜辺で汐漓と名乗る美しい女性に出会い、最初は惹かれるものの徐々に恐ろしく感じていく「つれていくもの」など、そのバリエーションは非常に豊富。
実話怪談を知り尽くした三津田信三氏だからこそ描ける、見事な怪談集となっている。
また、それぞれの作品を語る前に挟まれる著者の雑学も、大きな魅力。過去の因習や風俗などの紹介・解説などは非常に勉強になるし、たとえば因習に囚われた村系統の物語を読む際などには、その舞台背景を理解する上での大きな助けとなるだろう。
加えて、三津田氏がこれまでに触れてこられた作家や作品を紹介する際などは、ネタバレ厳禁な要素を巧みに隠しつつも作品の魅力は簡潔に伝えてくれる。新たな作家・作品との出会いの場にもなってくれる、素晴らしい作品だ。
ページ数 | 384ページ |
『怪談のテープ起こし』
6つの録音された怪談を文字に起こした、という、文字通りテープ起こしをメインテーマに据えた短編作品集。
自殺者の末期の声を収めたテープを軸に物語が進んでいく「死人のテープ起こし」や、女性がアルバイトとして留守番を引き受けた薄気味悪い屋敷で、恐怖の一夜を過ごすという如何にもホラー色の強い「留守番の夜」など、1つのテーマに沿った作品でありながら収録されている恐怖の中身は、非常にバラエティ豊かだ。
また各話の最初には、テープを入手した経緯や作品の執筆に至ったきっかけなどが、三津田氏の十八番であるホラー知識を伴って語られる。
各話の冒頭に挟まれたものとは別に、三津田氏の豊富な知識が盛り込まれた雑談も展開されており、それだけでも一読の価値があるだろう。
加えて、そもそもの話にはなってくるのだが、まずもって怪談をテープ起こしする、という行動そのものが、リアリティを持った恐怖を味わえる要素だ。彼の傑作実話怪談集『新耳袋』を例に挙げるとするならば、一夜で同書を読み切った読者にも怪異が降りかかったこともあるそうだ。
当然、今作でも同じことが起きないとは限らず、読者にすら恐怖が迫ってくる恐ろしさを満喫できる作品に仕上がっている。
ページ数 | 336ページ |
『忌物堂鬼談』
「忌物堂」なる曰く付きの品、即ち「忌物」を集めた寺院で、それらの来歴の恐怖を語るという異色の作品。新シリーズとされているが、現状ではこの一冊しか発刊されていないため、ノンシリーズの項目で紹介させて頂く。
所持するだけで祟られるという忌物に纏わる物語たちは、何も異様なまでの悍ましさに満ちており、読む者に不安と恐怖をこれでもかという程に堪能させてくれる。
また、得体の知れない怪異に襲われ、忌物堂の主人に助けを求めた主人公・由羽希が、忌物の正体を探るという、推理パートのような部分もあり、一緒になって推理に参加することでミステリー的な楽しみ方が出来る。
忌物堂の主人・天山天雲のキャラクター性も、軽妙でありながら凄みや得体の知れなさを感じさせ、非常に魅力的。
ぜひとも、忌物に関する魅力的な数々を堪能して欲しい。
ページ数 | 224ページ |
『赫眼』
バリエーション豊かな12作を収めた、短編集。表題作の「赫眼」を筆頭に、怪しかったり恐ろしかったり悍ましかったりの様々な恐怖感を存分に楽しめる1冊だ。
怪しげな少女、奇妙な老婆、不審な洋風住宅など、内容が非常に多岐に渡っており、この1冊を読むことで三津田信三氏の短編の魅力を一通り堪能できるという、贅沢な仕様。
加えて、前述した『死相学探偵シリーズ』の外伝作品『死を以て貴しと為す』も収録されており、ファンにとっても見逃せない作品となっている。
三津田信三氏の作品をこれから読み始める人も、あるいはこれまでに何作か読んできた人も見逃せない作品となっている。
ページ数 | 298ページ |
おわりに
三津田信三のおすすめ作品をシリーズ作品を5作、ノンシリーズ作品を5作の計10作品紹介した。
ミステリーとホラーの両者に造詣の深い三津田信三だからこそ、他に無いレベルでホラーとミステリーの融合がなされている作品が多く、また単発の怪談作品も非常に恐ろしいものが多い。
ここでおすすめした作品は本当に一部だけであり、その他にも非常に魅力的な作品が多く存在しているので、少しでも気になる作品があれば、是非ともまずは手に取って読んでみて欲しい。
きっと、すぐにその他の作品にも手を伸ばしたくなるはずだ。
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