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『水声』川上弘美【隔たりを抱きつつも水のように流れる、新しい恋愛小説】

この本の評価
読みやすさ
(4.0)
面白さ
(2.5)
考えさせられる度
(4.0)
装丁の美しさ
(4.0)
家族のずれ度
(4.5)
総合評価
(3.5)

 

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

今回は「水声」をご紹介させていただきます。

タイトルの「水声」。聞き覚えのない方がほとんどだと思います。水の流れる道という意味なんですね。

この物語は、まさしく水の流れそのものです。静かに、冷たく流れてゆきます。

どことなく「真鶴」や「大きな鳥にさらわれないよう」「なめらかで熱くて甘苦しくて」に通じるものがありますね。

この小説の冒頭は「夏の夜には鳥が鳴いた。」という一文からはじまります。鳥からはじまり、鳥で終わります。「鳥」で人を表現している場合もあれば、そうでないこともあります。

あらすじ

主人公は(みやこ)という女性。弟の名前は(りょう)です。彼らにはパパママがいますが、距離感はどうも奇妙です。

都は、1986年の夏に起きたある「出来事を頻繁に思い返しては、ずっと悶々と考え続けているのです。

陵のかつての恋人の、叫び声が美しい七帆子

ママの幼馴染で、英語の発音が特徴的な奈穂子と、彼女の従姉妹の。そして、ママの実家の紙屋に足しげく通った、武治さん

物語は、1969年と1996年からはじまり、時系列もばらばらに描かれ、最終的に2013年と2014年に終着します。

読者は都の語りを追うことによって、家族の奇妙な「を解き明かすことになります。

注意
以下、ネタバレを含みます

水声の感想(ネタバレ)

 

ママの強大な存在感

ママの人物像として、冷酷と言えるほど、冷たい物言いをする人というイメージがあります。

「考えてみれば、南京虫をつぶした指で、そのままあたしの髪を結ってたのよね」

本人は人を傷つけているということが分からずに、思ったことをそのまま言うのですが、その言い方が強烈で、人の弱い部分につけこんでゆくので、自然と人を怖がらせてしまう。人と接するのに慣れていない、というのでしょうかね。

ママの台詞を読み返すことは、非常に勇気がいります。

都は、生前のママのことをこう回想しています。

「いつだってママはとても楽しそうで、その楽しげな様子の中には、必ずぽっちりとが含まれていた。」

 

白い水のような姉弟の距離

都は、ママをはじめ、陵やパパの言動に振り回されてゆくのですが、普通の考え方とは、ずれてしまっているのではないかと思わせる節があります。

「これが、わたしのおとうと、わたしのもの、と。」

陵が言う、「同じ家にいても、なかなか都とは合わない」という台詞も、なかなか意味深ですね。

決定的な台詞が、133ページにあります。

「わたしは陵のようになりたかった。陵になって、ママに喜んでもらいたかった。でも、できなかった。だからわたしは、こんなにも好きなのかもしれない。」

都と陵の関係がただの姉弟とは異なっているように、パパとママの関係もまた、本来あるべき関係ではありません。

しかし彼らは、そっけないほどにあっけらかんとしています。

まるで、運命によってたまたま選ばれてしまったから、仕方がない、とでも言うように。

人間の個体別の違いについて

陵もまた、ママとは異なった怖さを持った人です。

陵も同じだ。どこか人を突き放すような表情を浮かべ、それが女たちを引き寄せる。

都曰く、「ぴんと張った弦のようなもの」に触れてしまった時に陵が見せる、女性を視線で縛り付けるような動作。

しかし、それでも都を救うのは陵なのです。

あの1986年の出来事、都が陵と一夜を共にしたことを考え続けているのを見越してか、彼は彼女に間接的ですが、助け船を出します。

「人間は、人間である限り、それほど違っちゃいないよと答えるのです。

まるで、周りと違っていてもいいのだと、肯定するかのように。

都や陵の、その後も気になるところです。

まとめ

物語の最後、都はかもめに問いかけます。

二羽だけ残った、背を向けあい、それでも飛び立とうとはしない彼ら。

それは、真鶴に出てくる二羽の白鷺に似ています。

水の流れる音が、遠い世界の涯(はて)から聞こえ、一羽だけぽつんと浮いていた水鳥によって、この物語は幕を閉じます。

自分は普通とは違う。しかし、普通とは、一般とはどういうものだろう。

根本的な解決は何一つなされていないけれど、心の奥底に沁みわたる真っ白い水のような作品です。

選曲 :Ivy to Fraudulent Game/水泡

氷が張った真っ白い水のように、静謐に流れてゆく、冷たく儚い曲。

Ivy to Fraudulent Game(アイビートゥーフロージュレントゲーム)の水泡です。

この曲で特に印象的なのは、サイレンから始まることですね。

僕はこの年で親不孝で 人の愛し方も分からなくて

(作詞:福島由也)

水にも泡にもなれない儚い存在

たゆたいながらも、不確かなものを掴もうとする彼らの生きざまを重ねました。

このバンドの歌詞は、ボーカルの寺口さんではなく、ドラムの福島さんが書いているんですね。文学的でメランコリックな歌詞に、寺口さんの甘やかで澄みきった声が乗るのが特徴です。

徒労」「夢想家」「革命」はその境地でしょう。そのなかでも夢想家の完成度は、ずば抜けています。


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