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【死者の幻想と生者の現実が交錯する、追憶の物語】『やがて海へと届く』彩瀬まる

この本の評価
読みやすさ
(5.0)
幻想が交錯する度
(5.0)
考えさせられる度
(5.0)
装丁の美しさ
(4.5)
感動度
(4.5)
総合評価
(4.5)

みなさん、こんにちは。
突然ですが、一つ質問があります。
生者と死者。その違いは何なのでしょう。

記憶の中にいる死者と、オリジナルの死者。
どこが異なっているのでしょうか。

今回取り上げるのは、やがて海へと届く
東北旅行の最中に大震災に襲われた著者の、記念碑的傑作です。

あらすじ

主人公の真奈と友人のすみれは、共に食事をしたり会話をしたりする仲でした。

しかし、東北で大震災が起こったあの日を境に、すみれは行方不明になってしまいます。

彼女の死を受け入れることができない真奈は、恋人の遠野くんに諭されます。

彼は「すみれは歩いている」のではないかと考え、前を向いて歩むことを薦めるのです。

これは、死者の幻想と生者の現実が交錯する、追憶の物語です。

注意
以下、ネタバレ注意です

「やがて海へと届く」の感想(ネタバレ)

相反する考え

「湖谷ももういい加減、すみれのためとかすみれに悪いとか、
あいつを理由に生き方を変えるのをやめたほうがいい。」-p98

すみれの死をなかったことにできない真奈は、
遠野くんの突き放したような物言いにいら立ちます。

彼女の憎悪は「黒い油」となって、身体から滲み出し、とうとう爆発します。

「生まれてきて、育つ間、誰だって頭の中はひとりでしょう?

それなのに大人になっても一人のまま、死んだあとも隔絶された苦しみの中に置き去りにされて、

あ、あんなむごい死に方すら、たった一人で背負うものだなんて言われたら、あの子は一体何のために生まれてきたの!」-p100

しまいには真奈は、「惨死を越える力をください。どうかどうか、それで人の魂は砕けないのだと信じさせてくれるものをください。」と祈ります。

ネガポジのような、幻想の世界と現実の世界

この小説の奇数の章は、真奈の現実の世界を表現しています。
偶数の章は、うってかわって幻想が入り混じった世界です。
グロテスクな風景に感じてしまう方もいるかもしれません。
しかし、震災時の悲惨な状況を表現したという点において、注目せずにはいられない章でもあります。

圧力に負けて、つないだ手があっけなくちぎれた。

あ、と思って目を合わせる。

男の体が黒い波に呑まれて見えなくなった。(略)
そうだこの人はある日、果物のように私の人生からもぎ取られた。-p82

奇数の章と偶数の章は、互いに補完し合う関係になっています。
例えば、偶数の章で出てきた青白い肌をした女や、なきぼくろの男と年上の目が鋭い男の正体は、偶数の章で判明します。

主人公の肉体が土くれや、紅い花などに変化してしまうのも偶数の章です。
歩き続ける主人公を、辿ってみてください。

まとめ

この小説は、作者の実体験に基づいて描かれています。

ルポルタージュ暗い夜、星を数えて―3・11被災鉄道からの脱出と合わせて読むと、
震災の悲惨さがより実感できることでしょう。

文庫版のあとがきで、
東えりかさんは五年かかって生まれた過酷な体験の結晶だと表現しています。

被災という体験が、皮肉にも著者を強くする糧になったのです。

死者と生者の関係とはなにか。
その答えがここにあります。

主題歌:Ivy to fraudulent game/夢想家

さて、今回の選曲はIvy to fraudulent game
(アイヴィー・トゥ・フロウジェレント・ゲーム)の夢想家です。

まだ今も夢を見てる
鈍間な夢想家の僕は
白日に曝されても
醒める気配さえ無い-(作詞:福島由也)

現実に目を背け、ひたすら眠り続ける夢想家。
主人公の真奈と重なります。

追い縋る白昼夢とは現実のことです。
亡くなったすみれのことを指します。

いつまでも淡々と眠り続ける夢想家が、目を醒ました時。
見えるのは朝日なのでしょうか。それとも…。

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