『ヘヴン』川上未映子【「いじめ」を越える究極の問い】

注意
この記事には大変残酷な内容が含まれています。

内容に耐えられない方は、申し訳ありませんが速やかに他の記事を読んでいただけるとありがたいです。

この本の評価
読みやすさ
(1.0)
描写の美しさ
(5.0)
装丁の美しさ
(3.0)
考えさせられる度
(5.0)
感動度
(5.0)
総合評価
(5.0)

はじめに断っておきますが、
この本は生半可な覚悟では読めません。

例を挙げましょう。
あなたには「聲の形」を見終わることができるほどの覚悟はありますか?

都合の良い魔法も、ご都合主義も存在しません。念のため、もう一度聞いておきましょう。

それでも、あなたは読みますか

手紙から始まる「ボーイ・ミーツ・ガール」

この物語は、主人公の「僕」が手紙を受け取ったことから始まります。

その相手こそ、「コジマ」という女の子なんですね。手紙といっても机に入るほどの、小さな紙です。

そこにはこう書かれていました。

わたしたちは仲間です

この手紙がきっかけで、僕とコジマは文通をすることになるんですね。

目を覆いたくなる描写

「僕」はいじめられっ子です。「二ノ宮」と「百瀬」という主犯二人に、ごみ箱同然に机の中にごみを入れられたり、人間サッカー」と称して「僕」の頭をボール代わりにして蹴ったりされているのです。

ところで、なぜ「僕」はいじめられているのでしょうか

どうやら彼がいじめられている理由は、「」にあるようなんですね。

そう、彼の目は斜視なのです。
目の筋肉が異常を起こして、左目と右目が別々の方向に向いてしまう病気なんですね。

彼の斜視は元からなのですが、これが原因で大いに苦しむことになってしまいます。

弱いやつらは本当のことには耐えられないんだよ。苦しみとか悲しみとかに、
それこそ人生なんてものにそもそも意味がないなんてそんなあたりまえのことにも
耐えられないんだよ」-p116

百瀬は身勝手な考えで、「自分より弱い」立場の僕やコジマを傷つけ、自己正当化しようとします。

彼は狡賢く、表向きは普通の人間を演じながら、陰に隠れて彼らをいじめるのです。

コジマの人物像

さて、その「コジマ」という少女、
いったいどんな女の子なのでしょうか。
彼女の描写が14ページにあります。

コジマは背が低くて色の浅黒い、もの静かな生徒だった。
ブラウスにはいつもしわがよって、制服はくたびれていて、身体はいつもかたむいているように見えた。
量の多い真っ黒な髪をしていて、強いくせのせいで毛先はあちこちにうねりながら飛び出していた。
いつも鼻の下に汚れのような髭のようなものがうっすら生えていて、
そのことをいつも笑われ、家が貧乏であること、不潔だということでクラスの奴から苛められている生徒だった。

どうやら、彼女は身なりに気を使っていないようですね。
女の子の描写としては、異質です。

彼女がなぜ、このようなだらしのない姿をしているのか。
それは、後になって明らかにされます。

彼女が、本当の意味でだらしがない訳ではないことは、108ページに書かれています。

まえの学校のときだって、家が貧乏だからってことで馬鹿にする子もいるにはいたけど、わたしはそんなの気にならなかった。

だから毎日しゃきっとしたかっこうで、自分でハンカチを洗って、三日に一回はアイロンもばっちりかけて、(略)お金はないけどそんなの関係ないってところをちゃんとやってたの。もちろん、髪の毛も結ってよ。

お金がなくても、しゃんとすることはいくらでもできるのよ。

こんなに身なりに気を使っていた彼女が、一体なぜ今のような姿になってしまったのか。なおさら、コジマの行動が気になりますね。

そこには、彼女のある意味「異常」とも取れる、考え方にありました。

コジマの両親は、彼女が4年生の時に離婚しています。
その時に、お母さんと一緒に今の学校の方へ転校してきたのですね。

彼女のお父さんは、工場を経営していました。
しかし、その工場が倒産して、借金が残ってしまったのです。
奇しくも、彼女が小学校へ上がったころと重なったのが、不幸のはじまりです。

その時のことを、彼女は「生まれてこのかた、家によぶんなお金がないってことが毎日わかるような貧乏」だったと振り返っています。

働いても、働いても、なにも変わらない。
どれだけ一生懸命に働いたって、なんにもならない。

彼女のお父さんは、悪魔のような人だったのでしょうか。

いいえ。むしろまじめすぎるほどまじめで、父親の鑑とでも言えるほど、優しい人だったとコジマ自ら語っています。

彼女のお父さんとお母さんは、段々夫婦仲が険悪になっていき、言い争うようになっていったんですね。

そのうち、お母さんの方が、お父さんに暴力をふるうようになりました。

寡黙なお父さんは大切なことを口に出そうとせず、黙り込んだままです。
そのことがお母さんにとっては歯がゆかったのですね。

そして、決定的な事件が起こります。

(お母さんの)投げた茶碗がお父さんのおでこに当たって、
(略)おでこが切れて血がじゃあっとでたのよ。
そのお茶碗、わたしので、薄緑色のへちまの絵が描いてあるやつだったんだけど、それが(略)当たって落ちたときにわたしの目のまえまで転がってきて、
なんとちゃんとしたかたちで立ったんだよね。わたしそれよく覚えてるの。-p110
お父さんは(投げつけられても)それでもじっとしてるの。
なんにも言わないの。
そのあと、お母さんが泣いたまんま、よれよれのままふらっとでていっちゃったから、なにかいやな予感がして、お父さん待ってて、って言ってあわててあとを追ってったの。

コジマは、そこで名前を呼んでも返事をせず、ただぼうっとしたままのお母さんを発見することになります。

追いつめられたコジマは、太陽の光を三十秒間瞬きをしないで見ることができたら、願い事がひとつだけ叶う」というおまじないを、涙を流しながら試みるんですね。
(危険なので真似をしてはいけません)

おねがいします、お母さんをどうか戻してください」。
何十秒たったかも分からないほど、彼女はずっと目を見開いていました。

そのせいか分かりませんが、お母さんはぽつりと口を開いたのですね。
こんなはずじゃなかったのにな
ほんとに、なにもないわ」と。

「だって、働いても働いてもだめなんだもの。」

本当の貧乏の最中に感じたことだから、本当の実感。お金に苦労のしたことのない人が、「愛があれば貧乏でも平気です」と言うのとは、訳が違う

コジマの言葉は無数の針のように、心を容赦なく突き刺します。

再婚して急にお金持ちになって、大切なことがなんにも分かっていない、「いやらしい顔」をするようになったお母さん。

かつて、お父さんと夫婦だったことすら忘れ去ろうとしています。
コジマはそのことが許せないのですね。

借金を抱えながらも、文句を言わず、ひたすら働いてきた彼女のお父さん。
彼のことを忘れないために、彼女は顔の汚れしるしと呼んでいます)をずっと付け続けていくことを決断するのです。

ねえ、神様っていると思う?
(略)ぜんぶのことをわかっている神様。見せかけや嘘や悪をちゃんと見抜いて、ちゃんとわたしたちのことをわかってくれている神様のことよ」ーp116

コジマは、過去の壮絶な経験から「どんなにひどいことをされていても、きっと神様がほんとうのことを分かってくれている」と思い込むのですね。

壮絶な状況を生き抜いてきたからこそ、極端な価値観になってしまうのは仕方ないといえば仕方ないのですが、どうも私は、素直に「はい」と言えません。

「僕」が見つけ出した「世界」

斜視のままの自分を受け入れて、一生暴力におびえながら生きてゆくか。

もしくは、斜視を治して、新しい自分として生きていく

彼は判断を迫られることになります。

斜視を治療する」こととはつまり、「コジマと接点がなくなる」ということです。彼女は彼の目のことが好きで、その目にシンパシーを見たから、手紙を送ったのですね。

最後に「僕」が決断するまで、どうかじっと堪えながら読んでください。私は、「彼の決断は、間違っていない」と断言します。

気がつくと僕は秋のなかにつっ立っていた。光にも、土にも、においにも、まるで知らないあいだに音もなく降った雨がなにもかもをまんべんなく濡らすように、途端に冷たい秋がみちているのだった。」ーp180

小説の終盤の描写とこの一文が対応します。どうか覚えておいてください。

この物語を正確に把握するには、哲学的な知識が必要になってきます。

論文を書くことができるほどのスケールなので、ここでは触れる程度にしておきました。

もっと詳しく知りたい方は、「六つの星星」という対話集が出ていますので、そちらでご確認ください。

主題歌:BIGMAMA/かくれんぼ

善悪で割り切れない世界から想像したのが、BIGMAMA(ビッグママ)の「かくれんぼ」です。

元々は「亡くなった男性が、幽霊となって女性のもとへ現れる」というテーマの曲ですが、何度も自殺を図ろうとする男性(Vo.の金井さん)を何とかして励ます仲間(メンバー)というpvが鮮烈だったので、この曲を採用しました。

人間(ぼくら)って不器用な生き物でしょう?
上手に笑えるようになれるかな
「さよなら」でいいから聴かせてよ
隠れてないかいないで出ておいで
もういいかい?
どんな深い闇に飲まれて
地の果てで吐き出されていても
必ず見つけ出せるよ
何度でも救ってみせるよ

そこが家の犬小屋だろうと
そこが月の裏側だろうと
必ず見つけ出せるよ
何度でも救ってみせるよ

pvが素晴らしいので、こちらもぜひご覧ください。

おまけ この本を読み終えたあなたに、ぜひ読んでもらいたい本

胸が張り裂けそうで苦しい。
早く、ここから抜け出したい。どこにいても息がつまる。
自分の居場所もない。
この世界に自分はいらない。
いなくても、世界は普通に廻ってゆくのだから。

あなたがもし、そう思っているのならば、この本は一生付き合える心強い味方になるでしょう。

その他の本でメッセージ性があるものを挙げるのならば、村上しいこさんの「死にたい、ですか」や天祢涼さんの「希望が死んだ夜に」。

もしくは、取り扱っている主題は違いますが、映画化した中脇初枝さんの「きみはいい子」。

ここで挙げたどの作品も非常に素晴らしいので、ぜひ一読してみてはいかがでしょうか。読んで損はしませんよ。

作者:川上未映子

川上未映子(かわかみ・みえこ)

1976年8月29日、大阪府生まれ。
2007年、デビュー小説「わたくし率 イン歯ー または世界」が第137回芥川賞候補に。
同年、第1回早稲田大学坪内賞奨励賞を受賞
2008年、「乳と卵」で第138回芥川賞を受賞
2010年、本書「ヘヴン」で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞第20回紫式部文学賞を受賞。2013年、詩集「水瓶」で第43回高見順賞、短編集「愛の夢とか」で第49回谷崎潤一郎賞を受賞。

近書に「きみは赤ちゃん」「あこがれ」「ウィステリアと三人の女たち」などがある。

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