皆さんは誰かを傷つけてしまった経験はありますか?
それは意図しなくても傷つけてしまった経験が多数ではないかと思います。
では自分には傷つけたという自覚がない場合はどうでしょうか?
自分にとってはたわいもない、日常会話の一言。
でもそれが相手にとって棘のように刺さって抜けない言葉だったらどうでしょうか?
それを少し経ってから「実は傷ついていたの」と言われ、静かな怒りを向けられていたらどうでしょうか?
「そんなこと知らない」「言った覚えはない」
そう言って逃げてしまいたくなりませんか?
それを許してくれない、むしろしっかり直視しなさいと言わんばかりに心に刺してくるのが今回紹介する辻村深月さんの『噛み合わない会話と、ある過去について』です。
ある過去について
この作品は4編からなる短編集です。
それぞれに主人公とその会話の相手がいます。
彼らを取り巻く環境や過去、彼ら自身には共通点はありません。
ただ一点を除いては。
それはその会話の相手と過去に忘れられない何かがあったということです。
それは自分にとってはすごく良い思い出かもしれないし、反対にすごく悪い思い出かもしれません。
いずれにせよ、その思い出を良いものとしてあるいは悪いものとして自分の中では消そうにも消せず心の中でずっと残してきたわけです。
そしてその主人公たちはそれぞれがその相手と対面して会話を交わしたとき、衝撃を受けます。
そんなことを思っていたの?
あれはあなたの話じゃないの?
違う、私はそんなことしてない。
相手側に共通して存在するのは静かな、それでいて明確な怒りです。
この作品もまた詳しく話すとネタバレになってしまうので、続きはぜひご自身で確かめてみてください!
噛みあわない会話
この作品の読後感を表す言葉を私はずっと探しています。
何かが心に刺さって抜けない、心臓の裏側に冷たい何かをそっと当てられた感覚とでも言うのでしょうか。
棟の奥に空洞が出来て、すぅっと空気が通り抜けていくような寂しさ、とでも言うのでしょうか、そんな感覚に襲われます。
結局私たちは一方向、自分の視点からしか物事を見ることが出来ないんだと突きつけられるんです。
客観的な視点だとか、そんなものは結局意識しないと得ないもの。
私たちは本質的には自己中心なんだと、目をそらすなと、突きつけてくるんです。
「仲のいい男友達、でも本当は恋愛がしたいということを知ってた、私はそれから目を背けてただけ」
「君を嫌ってたなんてそんなことない、私のこの思い出が君じゃないなんてありえない」
「あの日は思い出したくない、でも写真や他の友達の記憶は私の理想の『あの日』に変わってる」
「私はそんなことしてない、そんなつもりなんてなかった」
四者四様、たくさんの感情が溢れて流れていって最後に抜けない棘を残していきます。
過去の出来事は変わらない。変わるわけないし、その出来事は1つしかない、そんなの当たり前です。
でも捉えようによってこんなにも過去って変えられるんです。
時に前向きに使われる言葉だけれど、でもこんなにも誰かを傷つける可能性もはらんでいます。
言った本人は覚えてないかもしれない。
でも言われた側はずっと、ずっと忘れない言葉の怖さを感じました。
人に何かを伝えるって私たちは当たり前にしているけれど、とても難しいことなんだと、分かります。
まとめ
読書をしていると時々思うことがあります。
結局、人は自分のことが可愛くて自分勝手なんだなって。
人間不信とかではなく、少なからず誰にでもあることだと思います。
でもそれは良いことだとされてないからみんな隠して生きている、というだけなんだろうなという結論に至ります。
でも過去は「変わらない」、だから傷つけられたらそれを許す必要なんてないと思います。
あのときは言えなかった怒りを辻村さんは知ってるんだなって、それだけで少しだけ心が軽くなるのではないでしょうか?
主題歌:神様、僕は気づいてしまった/大人になってゆくんだね
神様、僕は気づいてしまった「大人になってゆくんだね」
私たちは少なからずこんな経験をして大人になっていくんでしょう。
ずっと見たいものだけを見て過ごせるのは子どもの時だけで、都合の悪いことから目を背けて生きていくなんて勝手なこと許されないんだなと思います。
でもいつか直視せざるを得ない時が来て、そのとき自分はどんな風に思うのか、そんなことを思ったのでこの曲を選びました。
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辻村深月『噛みあわない会話と、ある過去について』同じ作品ですが違う見方がされていて面白いです!
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