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『信長の原理』垣根涼介【必然か偶然か。蟻の法則が本能寺の変を解き明かす】

 

魔王といえども人間である。

人間であるならば、この世の理からは逃れられまい。

織田の世はいずれ終わる。

満ちたる月はただ欠けるときを待つのみなり。

あらすじ

『信長の原理』

この題名をご覧のとおり、戦国の魔王、織田信長を主人公にした作品である。

戦国小説の愛好家であればご存知のごとく、信長の人生は巨匠たちによって書きつくされている。

山岡荘八先生の『織田信長』、司馬遼太郎先生の『国盗り物語』と枚挙にいとまがない。

これらの名作によって信長像は確固たるものになっており、並の作家であれば新たに書こうという気は起きないであろう。

作者である垣根氏はこの聖域に踏み入る為、「2・6・2の蟻の法則」を手にした。

どんな蟻の集団であっても、働く個体と怠ける個体の割合が同じという、誰もが一度は耳にするあの法則である。

この作品では蟻の法則を使って社会学、あるいは心理学の面から信長の行動原理を書くことに挑戦している。

とは言え、多くの読者は戦国ファンであろうと思い、この記事ではあくまで「戦国小説」として紹介させて頂く。

『国盗り物語』の1~2巻は斉藤道三の生涯が書かれている。

信長だけを読みたければ3巻から手にされるといいが、道三とセットになってこその作品である。

注意
以下、ネタバレ注意です。

信長の原理の感想(ネタバレ)

作品の世界観

先にも記したように、歴代の名作によって武将たちのイメージは固まってしまっている。

垣根氏は今回の作品ではそれを崩そうとはせず、登場人物のほとんどは従来どおりの性格として書いている。

信長は怒り出すと止められず、羽柴秀吉は人当たりが良く、柴田勝家は傲慢といった具合である。

それは決して独自性のなさではなく、あくまで「蟻の法則」の優位性を示すため、あえて恣意的な変更をなくしたと思われる。

作者の都合がいいように改変したと捉えられては、たちまち説得力が揺らいでしまうからだ。

この作品では注目すべきは人間心理である。

なぜ佐久間信盛は追放されたのか?

なぜ明智光秀は裏切ったのか?

蟻の法則が武将たちに血を通わせ、生々しくもどこか親近感のある人間ドラマとなっているのである。

作者の歴史的見解

過去とは決して変えられない事実であるにも関わらず、歴史は時代によって変わっていくものである。

近年の研究成果によって戦国時代の常識にも変化が表れている。

長篠の合戦においても武田騎馬隊は存在しなかった、信長の三段打ちは創作であるといった説が有力となり、戦国ファンの夢は打ち砕かれたことであろう。

歴史小説は採用した説によって作品の出来が大きく変わるので、作家は時代検証に難渋するものだろうと思われる。

ここでは「桶狭間の戦い」として知られる合戦について、作者である垣根氏の立場を紹介したい。

これまでは今川義元の上洛途中にある尾張が攻められ、織田軍2千に対して今川軍2万5千の圧倒的な兵力差があったが、信長が奇襲によって勝利したというのが定説であった。

このような定説に対して次のような見解に立っている。

今川義元に上洛志向はなかった。

永禄三年(1560)織田軍が鳴海城、大高城を包囲した為、今川義元は大軍を率いて救援に向かったとされる。

攻められている自軍の城を守ることを「後詰め」と言い、これを怠ると部下からの信頼を失う為、義元としては当然の判断である。

後詰めとしては多すぎる兵力なので、勢いのままに織田領を侵略する意図はあったのかもしれない。

しかし他国への外交戦略の資料は発見されておらず、道中の国を全て武力制圧するとは考えられない為、義元に上洛の意思はなかったとするのが妥当である。

織田軍と今川軍の兵力に大差はなかった。

義元は駿河、遠江、三河の大領主であり、信長は尾張半国の小領主に過ぎなかったことから、その実力差は如何ともしがたいものであったとされていた。

しかし米の生産量から国力を示す「石高」で比較すると、駿遠三の3国を合わせても70万石ほどしかなく、尾張の国は全土で50万石強なのである。

従って信長が半国しか統治していなかったとしても、織田軍は実動部隊だけで2千はあり、各地の守備兵を合わせると総勢1万ほどであったと推測される。

対する今川軍も義元のいる本陣は5千ほどであり、さらに悪天候もあって動けた兵は3千ほどに過ぎず、相対した兵力にはそれほど差がなかったと考えられる。

これらの説を採用したことにより、過去の名作とはまた違った合戦の描写に成功しており、ここに「垣根信長」のオリジナリティが見られている。

ただし、最大のウリである「蟻の法則」はここには活かされておらず、信長はこの合戦の後に法則を確信していくことになる。

信長と蟻の法則

信長は蟻の中で動きが良い個体と悪い個体の比率に注目しており、その法則が兵士の戦いぶりにも見られることを発見した。

自ら進んで槍働きをしている者は十に二つ。

残る六は、それに引き摺られて我も負けじ武器を振るう者。

さらに余った二は恐怖に及び腰になりながら、やたらと腕を動かしておるだけだ。

つまりは集団の2割が大部分の利益を生むとする「パレートの法則」の亜種である、「2・6・2の法則」である。

これに気づいてからは少数精鋭の馬廻衆を結成し、全員が奮戦する部隊に鍛え上げだが、いざ実戦となるとその成果に愕然とすることになった。

訓練ではすべての兵士が良い動きをしていたにも関わらず、敵を前にした途端に8割の動きが鈍り、まさに蟻の法則の通りになったのである。

この法則が示唆したところは3つあった。

全員が優秀である集団は形成できない

※成績上位の者だけを集めても、その中でやはり見劣りする者が現れ始める。

より優秀な者が集団に入ると、上位2割から外れた者は能力を落としていく。

※元々は80点の働きができていた者でも、自分より優秀な者がいると70点、60点と働きが悪くなっていく。

劣等な者だけの集団であっても、次第に上位2割の者が育っていく。

※成績下位の者だけを集めても、しばらくすると優劣が出始め、その中の上位者は十分な能力を獲得していく。

例外として戦闘が劣勢になれば、全員が死に物狂いで力を出すが、その様な戦い方をしていれば命がいくつあっても足りるものではない。

そう悟ってからはさすが信長といったところか、それまでの苦労に未練を残すことなく少数精鋭主義を捨て、以降の合戦においては常に大軍でもって戦ったのである。

また蟻の法則は兵士だけに表れるものではなく、有能な武将たちであってもその理から逃れられず、出世競争における様々な思惑に飲み込まれていく。

そして法則に従って裏切り者が出る事実に思い当たり、信長は疑心暗鬼の闇にからめ取られ、自ら破滅への道を歩んでいくのであった。

終幕にて知る「信長の原理」の真実を、あなたはどう解釈するだろうか?

まとめ

この作品は「蟻の法則」を取り入れたことによって、織田軍団の人事を心理面から説くことに成功しており、垣根氏独自の戦国小説として完成している。

しかし大筋は歴史の定説どおりに進んでいるので、法則が関係してこない場面ではややマンネリ感があり、もう少し思い切った仮説もほしかったところである。

とは言え「秀吉陰謀説」などに走ってしまうと法則の存在感が薄れていくので、作者としてはジレンマを抱えながらの執筆であったのかもしれない。

また法則の力強さを強調するためとは言え、稀代の天才たちが為す術もなく流されていくのには、多くの戦国ファンは首をかしげる所であるだろう。

その辺りは次回作があれば秀吉、または家康目線からの新展開を期待させて頂く。

戦国小説としても読みごたえ十分であるが、歴史から普遍的なマネジメントや組織論を学び取り、それをビジネスに活かしたいといった人にもおすすめの作品である。

歴史小説が読みづらいといった方は横山光輝氏のマンガ版『織田信長』をご覧あれ。

主題歌:中島みゆき/地上の星

今回の主題歌選びは、今までにないほど難渋した。

戦国の世と現代の歌とでは世界観があまりにも異なっているので、かの動乱の時代にふさわしい楽曲はすぐには思いつくものではない。

歴史小説は登場人物の感情にまでフォーカスすることは少なく、心よりも頭で読んでいくものなので、魂の叫びである歌とは対極にある芸術なのだから。

しばらく悩んだ末、まずは信長たちの心情について想いを馳せ、知識を感情に変換していく作業から始めた。

魔王信長だけでなく、戦国武将はみな冷酷非情な人間として書かれる傾向にあるが、果たしてそうなのであろうか?

戦国時代より800年ほど遡る平安時代においては、男女ともに恋人を想い涙する詩が詠まれたりと、古くから我々と同様の人間味があったと知られている。

だとすれば武将たちにも同じような心の仕組みが備わっているはずであるが、戦に次ぐ戦の日々の中で傷つき荒んでいってしまったのではないだろうか。

特に信長の人生は壮絶そのものであり、幼少期から実母や弟に命を狙われ、家臣達からは理解されず、長じてからも裏切られ続けていれば、人間らしい思いやりや温もりなど失ってしまっても無理はない。

誰ひとりとして信じられず、ただ強く大きくなることだけを目指し、足元にある幸せに気付くことができなかった男たち。

そんな悲しみを歌った楽曲として中島みゆきさんの『地上の星』を選んだ

名だたるものを追って 輝くものを追って

人は氷ばかり掴む

つばめよ高い空から 教えてよ地上の星を

つばめよ地上の星は 今何処にあるのだろう

我々もまた今日を生きることに必死になり、その疲れを癒すため一時期の快楽を求め、「幸せとは何か」と問うことすら忘れているのではないだろうか。

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