現代社会で生活するうえで、スマホは必須だ。
友人との交流はもちろん、買い物などもスマホに搭載されているアプリで行われたりする。
小学生の子どもがいる家庭では、学校からの連絡などはアプリを通じて両親へ送られるという話も聞いたことがある。
スマホによって生活は格段に便利になった。
しかし本書は、そんなスマホの利用には負の側面があると訴える。
統計を用いた研究結果などから、その全容を明らかにし、スマホとの向き合い方を改めて考えさせてくれる本だ。
こんな人におすすめ!
- 気が付いたら一日中スマホを触っている人
- スマホによる子どもへの影響を知りたい人
- SNSを通じて気分が落ち込んだことがある人
あらすじ・内容紹介
本書は精神科医である著者アンデシュ・ハンセンの素朴な問いから始まる。
この10年間で心の不調を訴える人が増加した原因はスマホによるライフスタイルの変化なのではないか、というものだ。
スマホがいくら便利だからといって、人間という生き物はスマホを操作するために進化したわけではない。
そうであるならば、人間にとってスマホは何かしらの悪影響を及ぼしているのではないか。
本書はまず、人間の進化の歴史と病気の関係性について探っていく。
現代では、鬱などの精神疾患は治療すべきものだが、人類の進化の歴史を踏まえるならば、そのような治療すべきものが、現存しているのは進化の段階で何かしらの役目を担っていたはずだ。
鬱の要因は、強いストレスを長期にわたって蓄積すること。
言い換えれば、周囲に危険が多く、それが長く存在すると人は鬱になり、活発な行動を控えるようになる。
まだ人間が野生のなかで生きていた時代だった頃を想像してみよう。
危険な状態にあるならば、活発な活動は控えたほうがいいのだから、生き延びるうえで鬱というのはある意味では合理的なものだったのだ。
では、SNSなどを通じたコミュニケーションがストレスになっているとすればどうだろう。
いつでも手に取れる道具がストレスの原因であるということは、ストレスそのものが常に身近に存在するということだ。
答えは言うまでもない。
これは一例に過ぎないが、本書は人間の進化の歴史、スマホによるライフスタイルや社会の変化を往復しながら、スマホによる悪影響を探っていく。
『スマホ脳』の感想・特徴
人間を操るスマホのシステム
現代社会において、スマホは多くの人に必要とされている。
しかし「必要とされる」より前、どうして人はスマホを手に取るようになったのか。
端的にいえば、スマホが人々にとって魅力的だったからというのが答えだろう。
一方で次のような見方もできる。
スマホは人間が「魅力的だ」と感じるように造られた。
そして「魅力的だ」と感じるようにドーパミンやエンドルフィンなどの脳内の伝達物質の仕組みまで分析したうえで、造られているとしたらどうだろう。
ドーパミンは報酬物質と呼ばれるほど、人間の脳や行動において大きな役割を果たしている。
そのうえで本書は次のようにいう。
スマホもドーパミン量を増やす。それが、チャットの通知が届くとスマホをみたい衝動にかられる理由だ。スマホは、報酬システムの基礎的なメカニズムの数々をダイレクトにハッキングしているのだ
スマホが人間を操っているというのは過言ではないと思う。
詳しいことは本書に譲るが、このように脳科学とテクノロジーが手を取り合う試みは他にもジェイン・マクゴニガル『幸せな未来は「ゲーム」が創る』のなかでも紹介されている。
ゲームは、脳内報酬系などを如何に刺激するかを特化して研究し、応用するメディアであるという特性を持っています
もちろん、なにかに熱中すること自体は決して悪いものではない。
しかし、問題は、その熱中が個人の「面白い!」という能動的な姿勢からではなく、脳科学を駆使したうえで、熱中するように仕向けられているものだとすれば、人類は今、恐ろしい未来の入り口まで立っているのかもしれない。
「自信」を破壊するスマホ
今の子どもたちは不幸だと思うときがある。
まだスマホが普及していなかった頃、小学生や中学生の時期において徒競走や勉強、対戦ゲームであっても、クラスのなかで一番を獲得するのは自分への自信に繋がったものだ。
しかし現代はスマホを通じ、世界中と繋がってしまうことが出来るため、クラスで一番になったとしても「上には上がいる」という感覚がどうしても付きまとってしまうのではないかと思わずにはいられない。
そしてこの予感はどうやら大きく外れていなかったらしい。
著者は次のように指摘する。
今の子供や若者は、クラスメートがアップする写真に連続砲撃を受けるだけではない。インスタグラマーが完璧に修正してアップした画像を見せられる。そのせいで、「よい人生とはこうあるべきだ」という基準が手の届かない位置に設定されてしまい、その結果、自分は最下層にいると感じる
フェイスブックとツイッターのユーザーの3分の2が「自分なんかダメだ」と感じている。何をやってもダメだ――だって、自分より賢い人や成功している人がいるという情報を常に差し出されるのだから
この話は若者に限ったことではないと思う。
書店に置かれている夥しい量の自己啓発本がその証拠だ。
自信がないから、自己を啓発する。
もちろん、経済的な不安が人々を自己啓発に駆り立てている側面はあるだろう。
しかし、その不安をスマホが増幅させている可能性は決して少なくないと思う。
原因は「個人」か、スマホか、あるいは…
さて、特定のメディアの悪影響を警告する言説には注意しなくてはならないことがある。
例えば、スマホに多く触れている人は、鬱や睡眠障害になりやすい、という言説があったとしても、鬱や睡眠障害の傾向があった人が、結果的にスマホを多く触れているのではないか、という可能性も考えられるからだ。
つまり、結果と原因が逆になっているという場合が想定されるのだ。
本書の優れている点は、そのようなところにも注意を払っているところだ。
それでは、若者の精神状態が悪化した原因はスマホにあるということだろうか。必ずしもそうとは限らない。もともと孤独で不安な若者がスクリーンに長い時間を費やしているのかもしれない
このように、悪いのは「個人」なのか、スマホなのか、という点について本書は至るところに細かな注意が払われている。
本書で行われている検討が充分なものかは読者に委ねるしかないが、ここで本書の内容を面白くする事実を提示してみよう。
本書では、精神状態の悪化の急増とスマホとの関連性を検討しているものの、精神状態への診断が変化していったことについては触れられていない。
本書にも名前が登場する「アメリカ精神医学会」には、精神障害の診断マニュアルがある。
『精神障害の診断・統計マニュアル』というものだ。
現代ではDSM―5と呼ばれている。
このDSM―5による基準についてアレン・フランセスの著書『<正常>を疑え』のなかでは、精神障害とする範囲が広すぎる、という批判を行っている。
もちろん、このような基準の話によって『スマホ脳』の主張がすべて無意味になるわけでは当然ない。
一方で、DSM―5のように心の不調の基準が大きく変化したことは事実として知っておくべきだろう。
それだけでも『スマホ脳』の読み方は変わり、面白さも増すと思う。
まとめ
将来が見通せない現代では、誰もが必死になって情報収集を行う。
スマホの登場、SNSの活性化によって、それらは容易くなった。
しかし、より良く生きたいと思い、情報収集などでスマホに多くの時間を費やすことが逆に不幸を生んでいるという可能性を示唆したのが本書だと思う。
『スマホ脳』は、スマホによる様々な問題と改善点をおしえてくれる。
しかし、スマホが当たり前になったからこそ、このような問題提起の本は、読者ひとり一人に改めて自分にとって本当に幸せなことは何かを考えさせてくれる。
その答えは、スマホでいくら検索しても出てこないが、本書がヒントを与えてくれるのは間違いないだろう。
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