「老人には道を譲りましょう」から「老人は若者に席を空けろ」という時代に。
しかし、それよりも悲惨な状態の英国のおっさんたちの悲喜こもごも。
こんな人におすすめ!
- おっさんから元気をもらいたい人
- 人生の負の部分を吹っ飛ばしたい人
- 英国の痛快なおっさんたちが読みたい人
あらすじ・内容紹介
パワハラもセクハラも、主たる原因にされるのは「おっさん」たちだ。
大酒を飲み、ビールでだぶだぶに肥えた腹を抱えて、下品な笑い声を立て、空気を読まなくて。
英国のベビー・ブーマー(日本でいうベビー・ブームに生まれた人たちのこと)と呼ばれる世代が一斉におっさんとなり、人数がとにかく多く、若者は支えきることができない。
そんな英国の状況を「おっさん」と呼ばれる人種に焦点を当てた、英国在住のライター・ブレイディみかこさん。
彼女の周りで暮らす「労働階級」で「ベビー・ブーマー世代」の世間から冷ややかな目で見られている「おっさん」たちの暮らしとは?
加えて、保守党が始めた緊縮財政の後遺症、世界最高とまで言われた「ゆりかごから墓場まで」の英国の崩壊しつつあるNHS(国民保健サービス)の実態まであぶりだす。
英国のおっさんと英国の緊縮財政、保険制度はいったいどこへ向かうのか。
暴かれる英国政府の真実の保険制度に、英国をモデルにした保険制度を採用した日本人にはどう映るのか?
『ワイルドサイドをほっつき歩け』の感想・特徴(ネタバレなし)
リアリティ・バイツ(現実は厳しい)
「リアリティ・バイツ」とは、1994年に公開されたアメリカの青春・恋愛映画。
出演はウィノナ・ライダー、イーサン・ホーク、ジャニーン・ガラファロー。
「リアリティ・バイツ」を直訳すると「現実は噛む」。
それが意訳となって「現実は厳しい」となるのだ。
ブレイディさんと連れ合いさんと友人とその甥は、とあるパブでお酒を飲んでいた。
そこに現れた1人の若い女性。
彼女はテーブルを回り始めた。客から小銭をせびるために。
「スペア・チェンジ」
ブレイディさんの連れ合いと、その友人は小銭を彼女に渡していた。
若い女性はドラッグやお酒を買うために小銭を客からせびっているらしく、ブレイディさんの友人の甥は苦々しく「お金を渡すべきではない」と言った。
実際、若い女性は店員に店を追い出されてから集めたお金でジンを買い、ラッパ飲みしている姿をブレイディさんたちは目撃している。
その時に甥がつぶやいたのがこの、「リアリティ・バイツ」だった。
この世には立ち向かわないといけない現実がたくさんある。
それは自分の内にも外にもだ。
病気を抱えれば自らの「内」の現実に立ち向かい、その病気の治療のために病院にかかれば「医療費」という「外」の現実に立ち向かわないといけない。
本当に、現実は私たちに噛みついてばかり、厳しい顔を向けるばかりだ。
お店でごはんを食べていて、だれかから「小銭を恵んでください」と言われることは日本ではあり得ない。
日本でそういう「厳しい現実」は見えてこない。
その上で見せつけられるのが、英国の「リアリティ・バイツ」である。
ブレイディさんの友人の甥は、路上生活者などのチャリティーなどを熱心にやっているからこそ、自分の叔父がその若い女性に小銭を渡すのが許せなかった。
「俺は現実を知っている」とばかりに、若い女性がジンをラッパ飲みしているのを冷ややかに見ていた。
叔父さんは「別にいいだろ」と言っている。
その甥は「彼女のためにならない」と言っている。
リアリティのある世代の分断である。
ブレイディさんの友人は「その場しのぎの援助でもかまわない」と思っているけれど、甥は「長期的に彼女を助けること」を考えているのだ。
けれど、小銭をすぐに渡してしまったブレイディさんの友人は言う。
「お前らの世代は、何でもそういう風に合理的に片付けようとするけど、人間が生きるって、それだけじゃないからな」
おそらく、年齢的には、私は甥の方と近いし、世代ももしかしたら一緒かもしれない。
でも考え方的には叔父さん(ブレイディさんの友人)の方が近い。
いくら現実が厳しくても、生きていかないといけないのだ。
店を追い出されても、お酒やドラッグを買うためにはお金が必要だ。
もちろん、助長するようなことはしてはいけないけれど、「生きていく」ということは泥臭く、地べたを這うように、辛酸を嘗めるようなこともときには体験することになる。
出来れば辛く、苦しい体験なんかしたくない。
厳しい現実なんか見たくない、知りたくない。
でも、生きている以上そんなことはできない。
リアリティ・バイツに振り回されながらも、合理的になれなくても、それでも生きていかないといけないのだ。
そっと自分に殺される
「ゆりかごから墓場まで」。
第2次世界大戦で英国を勝利に導いた、ウィンストン・チャーチル首相が唱えた、当時世界最高の保険・医療サービスのキャッチフレーズだ。
ちなみに日本の現在の社会保障のモデルも、この「ゆりかごから墓場まで」である。
一方、スウェーデンでは「胎内から天国まで」を提唱している。
英国はなんと、医療費がタダ。つまり無料なのだ。
その仕組みをNHS(国民保健サービス)という(処方には一定のお金が必要だったりもするらしいが)。
正直「病院にかかるのが無料」と言われると、誰だって「英国って豊かな国なんだな」と思う。
私も「日本でもそうなればいいのに」と一旦は思ってしまった。
けれど、真のNHSの姿を知ったとき、いかに日本の意匠制度が恵まれたものなのかと実感することになる。
保険料を3割払ったとしても、癌の疑いのある患者を9週間も待たせる日本の病院はどこにもない。
診察の予約を取るために、早朝から病院に並ぶ光景なんか日本で見たことがない。
インターネットで調べながら患者を診察する医者は日本にいない。
医療費が無料ということは、国費(つまり税金も含む)で賄っているということで、その国費はどうやって捻出しているのだろう。
ベビー・ブーマー(ベビーブームで生まれた人のことで、日本では団塊の世代の人がこう呼ばれる)がどんどん年老いていき、そしてその人数は多く、その世代を支える若者の数はどんどん減っていく。
公的にすべての医療費を賄うには確実に無理がくるという未来が、だれも予想できなかったのだろうか。
ブレイディさんの連れ合いがひどい頭痛に悩まされたとき、NHSを利用しようにも一旦は予約確定の電話に出られず、さらに診察の日は延びていった。
100%自費で、すぐに診察を受けられる病院もある。100%自費で。
医療費にお金を回せない人は、死ねということだろうか。
医療に格差があってはいけない。
そう思うけれど、「医療費は無料」という概念が根付いている英国人は、NHSの制度を賛美している部分があるらしい。
「Kiling Me Softiy」
直訳すれば、「そっと私に殺される」。
NHS制度(=私)に殺さるということか。
それとも、NHS制度を信じきって、賛美ばかりしている自分に殺されるということか。
多少保険料を負担しても、多少待ち時間があっても、高度な医療がすぐに受けられる日本の制度に、感謝しかない。
緊縮政策の後遺症
2010年に保守党のボリス・ジョンソンが政権を握ってから、緊縮政策が始まった。
財政再建が掲げられて、2015年までに年300億ポンド(約4兆円)の歳出削減の目標を打ち出した。
日本でも2019年の10月から消費税増税がされたけど、英国の場合は「銀行新税」なるものが導入された。
大学の補助金の削減、地方自治体への交付金7・1%カット。
そしてNHSは実質1・3%も予算が増えているのに、効率性や生産性の向上で200億ポンド(今のレートで約2900億円!)も節減されている。
保守党が行った緊縮政策は様々なことに影響を与えたとブレイディさんは語る。
政府がきっちり財政支出をして、若者たちに巨額のローンを抱えさせず、個人請負業やインターンという無給の仕事をさせたりしないように働き方を改革し、世界中の民間投資家が英国の住宅を買い漁って手頃な家賃で住めるよう公営住宅をたくさん建てるなどの、政治、経済的な取り組みで若者を生きやすくしていれば、下の世代が高齢者世代を経済負担と考えて忌み嫌ったり、「いい時代にいいセックスをしていい音楽を聴いた人たち」という妬み濁った眼で見ることもなくなるのである。
団塊の世代が一斉に定年を迎える日本も、ブレイディさんの言っていることを笑って見ていられないのが現実だ(まさに、リアリティ・バイツである)。
もしかして今の日本の若者が老人たちに席を譲らないのは、そういった「いい時代に生きて、遊ぶだけ遊んで、今は働かず年金暮らし」という考えを持ち、「濁った眼」で見ているからかもしれない。
英国政府が打ち出した緊縮政策の後遺症は、じわじわとボディーブローのように効いている。
国は、弱きを助けなくてはいけない。
それはどこの国も一緒、英国も日本も一緒だ。
弱きを助け、強きを挫くでは今はダメなのだ。
弱きを強きも、平等に、等しく助け合えるようにならなければ老いも若きも世代は分断されたままだ。
緊縮政策の後遺症が残る英国。
それを笑ってはいられない日本。
みんながみんな笑って暮らせる国にしていくためには、いったい何を大切にしていけばいいのだろう。
まとめ
ビートルズ、ハリーポッター、パブ、アフタヌーンティー、ロイヤルファミリー。
格式高く、豊穣な英国は終わってしまったのか。
じゃあまた始めればいいんだ。
ブレイディさんの連れ合いはこう言っている。
「まぁなー、でも死ぬこたあねえだろ。俺ら、サッチャーの時代も生きてたし」
厳しい時代を生き抜いてきたベビー・ブーマーの人たちが「大丈夫」と言えばきっと大丈夫なのだろう。
新しい英国を是非とも、手を取り合ってつくっていってほしい。
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