あなたは、妖怪や幽霊の存在を、信じていますか?
え? 信じていない? そんなものは存在しない?
そんなものは空想の産物だ?
なら、そんなアナタにぴったりの『物件』が一冊あります。
ジャンルは、YA文学、現代ファンタジー。
キーワードは妖怪、幽霊。
そして、成長物語。
もしこのワードにピンとくるものがあったら、ぜひ一度、一緒にこの物件の下見をしてみませんか?
物件の名前は、『妖怪アパートの幽雅な日常』。
妖怪や幽霊で溢れ返るこのアパートの幽雅な世界を、ぜひ私、ReaJoyライターの勝哉に案内させて下さいませ。
目次
あらすじ・内容紹介
中学一年の春。
突然の事故で、父と母をいっぺんに失ってしまった稲葉夕士(いなばゆうし)。
叔父叔母夫婦の家へ引き取られるものの、迷惑をかけている事の負い目や、年が近い従妹への気遣いなどで、生活に息苦しさを覚えてしまう。
そんな生活からの脱出、そして亡き両親へ顔向けできるようにという思いから、夕士は早くに一人立ちをする事を決意する。
そうして中学三年。
就職率が高い事で有名な『条東商業高校』に合格。
全寮制の高校でもある為、春には家から出て行けるという事で期待に胸をふくらませるが、なんとその合格発表二日後、入寮する筈だった寮が全焼する事件が起こってしまう。
いくつもの不動産をめぐるものの、入居可能な部屋はない。
途方に暮れる夕士。
すると、そんな彼の前に一人の不思議な子供が現れる。
「お兄ちゃん部屋を探しているの?」「あの店へ行ってみなよ。いい部屋がきっとあるよ」
子供の言葉に誘われるがまま、夕士が向かったのは『前田不動産』という名の小さな不動産。
前田不動産店主は、夕士の持つ事情に同情してくれ、一つの空き部屋を紹介してくれる。
『部屋は二畳の板間と六畳の和室。南向き。トイレと風呂は共同だが、賄い付き』
『家賃は、光熱費、水道代、賄い費込みの二万五千円!』
夕士からすれば、なんともありがたい申し出。
けれど、世の中そんなうまい話があるわけもない。何か裏があるのではと疑う夕士に、店主はにやりと笑って言う。
「出るんだ。コレ(オバケ)が」
オバケなんて特別信じてるわけではない。
予想外の返しに若干の疑念はわくものの、前田不動産のありがたい申し出を受け取る事にした夕士は、その空き部屋あがるアパート『寿荘』へ住まう事に。
その先にある、奇想天外な非日常達の存在になど、気づく事もなく――……。
妖怪アパートの幽雅な日常の感想(ネタバレ)
今回お話をさせて頂きます小説は、一度私が別記事で紹介させて頂いた小説『僕とおじいちゃんと魔法の塔』の作者である、『香月日輪(こうづきひのわ)』さんの作品でございます。
香月日輪さんの紹介は、そちらの別記事にてさせて頂いております。
その為、今回はご割愛させて頂きます。
ご了承下さると幸いです。
『僕とおじいちゃんと魔法の塔』あらすじと感想【ヘンテコな不思議との出会いが決まり切った世界を変える!】一、主人公『稲葉夕士』の成長
なによりもまず語りたいのは、主人公『稲葉夕士』について。
この話のキーパーソンであり、語るにおいて、絶対的に外してはならない存在。
なぜなら、この話は、妖怪や幽霊が出てくる現代ファンタジーであると同時に主人公の『成長物語』でもあるからです!
幽霊とか妖怪とかって、見たこともなかったし、いてもいなくてもどうでも良かったよ、別に。
そりゃあ、ガキの頃は信じていたかもしれないけど、そんなに怖いとか思わなかったし、興味もなかった。
そんなことよりも、俺は現実の問題で頭がいっぱいだったんだ。
(本編冒頭引用)
この文からわかる、主人公稲葉夕士という人物像は、
幽霊や妖怪を信じているわけではない(むしろどうでもいい)、
それより目の前の問題をどうにかしなければいけない、
子供の頃に信じていた夢物語を信じる余裕なんてない、
そんな考えを持っている人間であるということ。
これ、なんだかちょっと胸に刺さるところありません?
私達も幼い頃は、妖怪や幽霊というものをまっすぐに信じていませんでしたか。
机の引き出しを開ければ、未来からのロボットが来たり、暗い夜道を歩く時はもしかしたらあの曲がり角から急に血まみれのお化けが出てくるんじゃあないかとか……。
そういうのを信じなくなったのは一体、いつの頃からか。
いや、正確に言うなら、そういうものを信じる心の余裕がなくなってしまったのはいつの頃からか。
だって今でも、もし本当にそういうものがいるならって考えるとワクワクしませんか?
非科学的だって言う人だって、もしそういうのを実際に科学的に分析して、答えを得る事ができるとしたら、その経緯にちょっと興味ひかれたりしませんか?
でも、毎日生きるのに精いっぱいで、日々の仕事や勉学などに追われる中、次第にそういう物を信じる心の余裕は失われていってしまう。
夕士はそんな私達の姿を、まるで鏡のように写しとった存在に私には見えました。
だからこそ、妖怪アパートで、文字通り目からうろこが落ちてしまうような毎日を過ごし、彼にとって常識や普通だと思っていたその世界観を壊されていくさまを見ると、非常に爽快に感じてしまうのです。
そうして、その爽快さに目を奪われた瞬間こそ、私達がすでにこの世界の魅力に引きずり込まれてしまっている瞬間なのです。
二、住まうのはお化けだけじゃない! ブレない大人達の存在
妖怪アパートに住まうのは、幽霊だけじゃあありません。
ちゃんと、人間だっています。
けど、この人間達がまた奇っ怪! 本編内の夕士の言葉を借りるなら、『アンタら、本当に人間か!?』と訴えたくなるような、そんな人々ばかりなのです。
年齢不詳な見た目の超有名作家の詩人、
まるでヤのつくその道の人のような画家、
得体の知れないものばかりを売っている骨董屋、
妖怪の病院でバイトをしている女子高生!?
いやもう、どうすればそんな人生送れるの、職業に就けるの!? というかやっぱり、アンタ本当に人間なの!? という人達ばかり。
けど、常人とは違う生き方をしている彼らだからこそ吐き出せる言葉がある――
そして、そんな彼らの生き様から生まれた言葉は、やはりこれまた、現実で凝り固まった夕士の心に真摯に刺さるのです。
「君の人生は長く、世界は果てしなく広い。肩の力を抜いていこう」
(一巻本文台詞引用)
これは、龍さんという住人から、夕士がかけられた言葉です。
龍さんは住人達の中で、一番に謎が多い人です。
霊能者と呼ばれる立場の人で、妖怪や幽霊すらも畏縮させる力がある、超人的な存在です。
でも、見た目は二十代の青年で、お酒を片手にどんちゃん騒ぎする住人達にオタオタしたり、のせられて漫才みたいな会話なんかもしてしまったり、力があるというだけで、中身はとても天然な性格の、他の人達となんら変わりない人間的な住人なのです。
そんな龍さんが口にしたこの言葉。
人生というものを、そして世界というものを、広く広大に、それでいて穏やかな物差しで見ているようなこの言葉は、きっと霊能力者として様々な世界を見て来た、龍さんだったからこそ口に出来た言葉なのです。
龍さんに関しては、シリーズ全巻を通して多くは語られません。
ですが、時折口にする仕事の話を聞くに、その内容は決していいものばかりではない。
心が抉られるように辛い現場の話だってある。
けれど、だからといって龍さんがその性格をこじらせたり、くすぶったりする事はありません。
天然で優しいその姿のままでいるのです。
これは他の住人達にも言える事です。
彼らは皆、少々特殊な生き方を選んでいて、その上で色々な経験をして色々見て来た。
その経験が彼らを今の彼らたらしめており、おかげでちょっとやそっとのことでは動じない彼らを作り上げているのです。
いや、妖怪と一緒に暮らせている時点で大分、アレ、なんですけどね!?
子供という存在にとって、大人という生き物は指針だと、そう私は思っています。
特に両親という大人は、頼れる存在であり、自分の進める道を教えてくれる存在であり、時には叱って、甘やかしたりなんかもしてくれて、自分の絶対的な味方、安心できる存在なのです。
けど、夕士は、その存在を早くに失ってしまった。
高校生と言えどもまだ片足は子供の部分につかったままの十代です。
その状態のまま同年代の誰よりも早くに大人にならなくては、と焦っています。
そんな夕士にとって、アパートの住人達は両親が示してくれる筈だった指針を見せてくれる大人達なのです。
夕士にとっては、彼らが自分の指針であり、絶対的な味方で安心できる存在なのです。
ようやく出会えた大人という存在に、囲まれ、もまれたりなんかして、どんどんと心ほぐれていく夕士の姿を見ると、私なんかは思わず涙ぐんでしまいます。
アパートで過ごす日常は、心がホッとする触れ合いから、胸を抉ってくるような痛くて苦しいものまで、様々なものがあります。
けどその中でも夕士が道を違わずに、自分の強い気持ちで日々過ごせるのは、きっと彼らのような大人が傍にいてくれるからなんだと、そう思います。
まとめ
妖怪アパートの下見、いかがでしたでしょうか。
もし興味を持ってくださる方がいましたら、今記事の案内人として、とても嬉しい限りです。
この本は、私にYA文学というジャンルがある事を教えてくれた一冊だったりします。
その為、ひどく思い出深い一冊となっています。
少し昔の本ですので、もしかしたら少々熱血臭い、熱くて恥ずかしい、というような気持ちにもさせられる一冊かもしれません。
そもそも、ティーンズになってまで(もしかしたらこの記事を読んで下さってる方には、もっと上の方々もいるかもしれませんね)妖怪だ幽霊だなんて騒ぐのが恥ずかしい、そんな思いもあるかもしれません。
けれど、そこはあくまで、空想の産物。
物語のいいところは、これが空想だとはっきりしているところです。
空想のものを、「そんなものはいない」「ただのホラ話だ」と言ったところで、「そりゃあそうだ」「当然だろう?」と返すしかないじゃあないですか。
あくまで空想だから楽しめる世界もある。
現実では恥ずかしい言葉だって、小説や漫画の一文だったら簡単に受け入れられたりするでしょう?
深く構える事はない。
恥ずかしさだって、一種の感想です。
その恥ずかしさで、隠す事無く一喜一憂してしまえるのが、空想の産物の楽しいところです。
この物件、原作の小説は6年前に完結しておりますが、昨年(2018年)にはアニメ化もしておりますし、月刊少年漫画シリウスにて漫画も連載、今年一月には舞台も公演、と実はまだまだ、人気の衰えを感じさせない物件でもあります。
原作は終わっているのに、まだまだ賑わっているなんて……。
こんな物件、そうそうありませんよ!?
現実じゃあ味わえない、楽しい空想の産物で溢れた物件。
この妖怪アパートで、幽雅な日常を過ごしてみたい方は、ぜひとも本の中へ踏み入ってみてください。
一度踏み入れた事がある方も、ぜひもう一度読んで見て下さい。
再度足を踏み入れた時、また新しい発見や世界が転がっているかもしれません。
おすすめ物件ですよ。
主題歌:ユニバース/夏代孝明(self cover)
ユニバース (英:universe)
宇宙、世界、全人類、万物、という意味を持つ英単語。
とても広大的な意味の名前がつけられたこの楽曲を歌うのは、夏代孝明(なつしろたかあき)。
ニコニコ動画発の男性歌い手、そしてシンガーソングライターです。
この楽曲は、一言で感想を述べると『少年漫画のOP』。
眩しくって、熱くって、パワーで溢れていて、まるで宇宙そのものが今ここで爆誕するんじゃあないかと思ってしまうような、そんな勢いに溢れている楽曲です。
夏代孝明という歌い手の、表現力の豊かさもまた、そんな勢いの一要因だと思われます。
この楽曲の彼の歌声は、目の前の闇を振り払うかのような力強い歌声で、それでいて聴いてるものの心を優しく包み込んでくれるかのような穏やかさもそこには含まれていて、聴いてる者の耳の中にまっすぐに飛び込んでくるのです。
そして、そんな声で歌われるのは、まっすぐで、けれど少し不思議でそれ故惹かれてしまう言葉の歌詞。
『僕たちはきっと矛盾だらけの生命体』
(作詞:夏代孝明)
1番のサビと最後の大サビで歌われるこの歌詞。
私はこの楽曲の中で、この歌詞が一番大好きで、今回主題歌として選曲した理由も、この歌詞にあります。
妖怪アパートの幽雅な日常は、稲葉夕士という一人の人間の成長を強く書いた物語です。
今回紹介した巻の中でも夕士はいくつもの成長を遂げますが、その後もシリーズ全巻を通して、彼はどんどんと新たな成長をとげていきます。
その結果、以前はこう思っていたという事が、新しい価値観へと変貌したりする事があります。
以前の主人公と比べれば時折矛盾するような面もあるかもしれません。
でも、成長というもの、はつまりそういう事なんじゃあないかとも、私は思うのです。
新しいものを知るという事は、それだけ自分の中にあるもの、知識や経験などが増えるという事。
その上で、自分という人間が最後にどのようなものを選ぶかによって、そこから生まれる成長の形は変わるのだと思います。
価値観を変えて新しいものを手にする事は当然大きな変化です。
けど、それをしないでブレずに強くあろうとする事もまた成長の仕方の一つだと思います。
そんな『成長』の二文字を、自分なりの色んな形で見つけていく夕士の姿。
そこにイメージを被せ、そして今後の成長への始まりの巻となる、『妖怪アパートの幽雅な日常①』の主題歌にこの曲を選曲致しました。
夏代さんは2番目のサビでだけ、この部分の言葉を『矛盾』から『希望』に変えています。
その意図は深く語られておりませんが、私はこの矛盾と希望の根本は同じものなのではないかと、解釈をしています。
だって、矛盾する事が自身を成長させる希望になるかもしれない――、この世は、そんな可能性を含んだ『果てしなく広い世界』なんです。
そしてそんな世界に住む『私達の人生は長く』まだまだ続いていきます。
よければ、この曲と共に、空想の産物を楽しんではみませんか?
……ちなみに。
今回紹介したのは、夏代さんが歌われているバージョンのものですが、元はボカロ曲として作ったのがこちらの楽曲の最初だったりします。
その為、ご本人が歌ったものとは別に、ボカロ版のものもまた各動画サイトにてMVを公開していたりします。
そちらの方も聴いてhttps://www.youtube.com/watch?v=DoDCr–yMNYみて下さると、夏代さんのファンとしてはとても嬉しく思います。
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