この物語には、人生にしっくりこないものを抱えている五人が登場する。
彼らや彼女たちがそれぞれの人生と向き合い、成長していく様と、どうか出会ってみてほしい。
すべてのページを読み終えたとき、そこには清々しさと、何かを「頑張ってみよう」と思える前向きな心を感じられるはずだ。
こんな人におすすめ!
- 何か新しいことを始めたい人
- 心あたたまる物語が読みたい人
- しっくりこない毎日を送っている人
あらすじ・内容紹介
二十一歳の藤木朋香(ふじき ともか)は、総合スーパー・エデンの婦人服売り場に勤めている。
田んぼに囲まれた田舎を早く出たくて東京の短大を受験して、とくにやりたいことがあるわけではなかったが、卒業してからは唯一内定の出たエデンで働いている。
だが友人には「アパレル関係に勤めている」と伝えており、夢や希望もないままに退屈な毎日を送っていた。
家具メーカーの経理部に勤める、三十五歳の浦瀬諒(うらせ りょう)。
彼は、仕事の手を抜こうとする上司と、やる気のない後輩に囲まれて仕事をする毎日を送っていた。
実家暮らしでアクセサリーを作っている恋人の比奈とも、しっくりこないものを感じて距離を置かれてしまう。
雑誌編集者だった崎谷夏美(さきたに なつみ)、ニートの菅田浩弥(すだ ひろや)、定年退職をして居場所をなくした権野正雄(ごんの まさお)。
五人はそれぞれ、コミュニティハウスにある図書室の司書・小町と出会い、灰色だった毎日を色鮮やかに塗り替えていく。
『お探し物は図書室まで』の感想・特徴(ネタバレなし)
さまざまな人を見守る司書・小町の存在
物語に登場する五人が出会うのは、コミュニティハウスの中にある小さな図書室にいる司書の小町さゆりという女性だ。
初めて小町を目にした人は、誰もがその体の大きさや存在感に驚くことになる。
「何をお探し?」その声に捕らえられた。抑揚のない言い方なのに、くるむような温かみがあって、私は去りかけた足を止めた。にこりともしない小町さんから発せられるその言葉は、どっしりとした不思議な存在感があった。
転職に有効なスキルを身につけるためにパソコン教室に訪れた朋香は「パソコンの使い方が載っている本を」と小さな声で訊ねるのだが、「今はどんな仕事をしているの?」と小町に問われ、「たいした仕事じゃないです。総合スーパーで婦人服売ってるだけ」と答える。
だがそれに対して、小町はこう返すのだ。
「自分の仕事が……スーパーの販売員がたいした仕事じゃないって、ほんとうに、そう思う?」
ぐっと言葉をつまらせ、「誰にでもできる仕事だし」と答える朋香に、小町はこう続けるのだ。
「でもあなたは、ちゃんと就職活動して採用されて、毎月働いて、自分で自分を食わせているんでしょう。立派なもんだよ」
このくだりに、思わず胸がつまった。
たまたま内定がもらえた職場に勤め、夢や希望もないままに自分をくすぶらせている人も多いだろう。
そんな人にとって、この言葉は何よりも強く支えてくれるのではないだろうか。
小町は朋香にパソコン関連の書籍とともに、絵本の『ぐりとぐら』を差し出す。そして、「付録だから」と羊毛フェルトで作ったフライパンの小物を手渡すのだ。
やがて朋香は借りた本を読み、ふと思いついて部屋を片付け、『ぐりとぐら』に登場するカステラを作ろうと奮闘する。
そしてそれをきっかけに、菓子パンやインスタントラーメンばかりの食生活から、手作りのお弁当を用意するまでに変わっていく。
図書室に訪れるさまざまな人に道を与え、その先へと進ませてくれる小町の姿に、「こんな図書室に訪れてみたい」と思う読者も多いだろう。
「いつか」を「明日」にするために
さまざまな人びとの話を聞き、それぞれに相応しい本を差し出すのは確かに司書である小町のおかげなのだが、最終的に動くかどうかはその人次第だ。
自分を動かすことをできるのは、「自分だけだ」ということを教えてくれるのが二章に登場する諒の物語だ。
家具メーカーの経理部に勤める諒には、「アンティークの雑貨屋をやりたい」という夢があった。
だが、無能な上司とやる気のない後輩に囲まれ鬱屈を抱えた毎日を送るなか、次第に夢を抱いていた日々からは遠ざかってしまう。
年下の恋人の比奈と「いつか、一緒に店をやりたいね」という話をすることもごくたまにはあるが、その「いつか」は、定年後であったり、宝くじが当たったらという夢物語に過ぎない。
比奈に誘われてコミュニティハウスで小規模な講習会に参加した際、シーグラスのアクセサリーを作っている比奈から「ネットショップをやってみたい」という話を初めて知る。
そうして比奈が講師に鉱石について訊ねている間、時間をつぶすために訪れた図書室で、諒は小町と出会うのだ。
小町が差し出したのはお店の経営等に関する本と、『英国王立園芸協会とたのしむ 植物のふしぎ』。
それから、羊毛フェルトで作られたキジトラ猫のマスコットだった。
コミュニティハウスを出る直前、諒は「羽鳥コミハ通信」というフリーペーパーを偶然目にする。
コミハというのはコミュニティハウスの略で、館の利用者向けに無料で用意されているようだった。
その中に、司書の小町がオススメだという書店の名前を見つける。
店の名前は、キャッツ・ナウ・ブックス。
猫の本を集めた、猫のいる本屋さんが紹介されていた。
週末、諒は三軒茶屋にあるというキャッツ・ナウ・ブックスを一人で訪れる。
そして店主の安原(やすはら)という男性と話し、やがて夢へのきっかけを手にするのだ。
再びコミュニティハウスを訪れて小町に会い、彼女に手渡されたキジトラのマスコットを見せながら感謝の言葉を伝えるのだが、それに対して小町はこう返す。
「もう動き出してるじゃないの」僕は息をのんだ。小町さんは穏やかに続ける。
「私が行けと言ったわけじゃない。あなたがあの店に気がついたんだよ。自分で決めて自分の足で、安原さんに会いに行ったんでしょう。すでに始まってるよ」
たとえ目の前に夢へのきっかけが転がっていたとしても、何もしなければそれまでなのだ。
それを拾い上げて磨きあげ、夢への道を現実のものにするのには、まず自分自身で動き出さなければならない。
そのことを、教えてくれるエピソードだ。
夢をあきらめないということ
夢という言葉を聞いたとき、どんな反応を示すだろうか。
素直に応援する人もいれば、なかには「夢を追いかける」ことをからかうような人間もいるかもしれない。
だが、夢を持っている人間だけが手にするものがある。
それを読者に届けてくれるのが、四章の『浩弥』という短編だ。
主人公は、菅田浩弥という三十歳の男性だ。
漫画が好きで高校卒業後にデザイン学校に通ったものの、やりたかったようなイラストの仕事に就くことができず、現在は実家でニートの生活をしている。
母親に頼まれた用事でコミュニティハウスに足を運び、そこで藤子不二雄の漫画『21エモン』に登場する、モンガーというキャラクターの羊毛フェルトを偶然目にするのだ。
それを作ったのが司書の小町だと知り、彼女の元を訪れる。
小町は驚くほどに漫画に詳しく、話がはずんだ。
「漫画家ってホントにすごいですよね。俺も、絵を描くの楽しいなあって思って専門学校にも行ったんですけど。イラストを仕事にするなんて、俺には無理だなってわかって」
そう口にする浩弥に、小町はこう伝える。
「無理だって、どうしてそう思う?」
そして、ある言葉とともに小さな飛行機の形をした羊毛フェルトを手渡すのだ。
後日、浩弥は高校三年生の時の同窓会に向かう。
いつもならまず参加しないタイプのイベントだが、今回だけはどうしても参加しなければいけない理由があった。
卒業式の日にタイムカプセルを埋めており、「三十歳の同窓会で開けよう」ということになっていたため、何が何でも自分の書いたハガキサイズの紙を回収する必要があったのだ。
無事に自分の紙を回収することはできたのだが、その時に再会したのがクラスメイトの征太郎(せいたろう)だ。
征太郎はおとなしくて本ばかり読んでいるようなタイプで、小説を書いては文芸誌に応募していた。
征太郎が自分の紙を大切そうに開くと、丁寧な字で「作家になる」とだけ書かれており、それを覗きこんだクラスメイトの男子生徒が、「まだ小説とか書いてんの?」とからかうような声をあげた。
デビューしたのかと聞かれ、「まだだけど。でも、ずっと書いてるよ」という征太郎に、次のような声が浴びせられる。
へえ、すっげえ。この年になっても夢追い続けてんの
誰かが、夢を追いかけることを馬鹿にしようとする人もいる。胸がざわつくエピソードだ。
浩弥と征太郎は二次会の会食には参加せず、二人だけで帰路を進んでいく。
何があっても書こうとする征太郎の姿に、浩弥は少しずつ変わっていく。
夢を追いかけようとする人を嗤う人間も確かに存在するが、それ以上に夢を持って動いていく人を応援する人たちもいるのだと信じられる物語だった。
まとめ
今いる場所が辛いと感じている人や、新しいことを始めたいと考えている人、夢を諦めきれない人、すべての人の背中を押す物語だ。
優しさとあたたかさと笑顔に包まれるこの物語と、どうか出会ってみてほしい。
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