肌寒くなってきましたね。
もうすぐクリスマスです。
仲間や大切な人と過ごす人、一人でゆっくり過ごす人。
さまざまな過ごし方があるでしょう。
そこで、今回ご紹介するのは、長野まゆみさんの『聖月夜』です。
幼き頃の記憶を思い起こさせる、どこか懐かしくて、胸が温まるお話です。
大切な方にプレゼントしても喜ばれそうですね。
擬古文を多用した、唯一無二の作風
長野さんの作風の特徴として、「擬古調」で語られる文章というのがあります。
例えば、ビロードを「天鵞絨」と書いていたり、紅玉と書いて、「ルビィ」と読ませたりしているのですね。
江戸川乱歩や泉鏡花などが分かりやすいです。
あちこちに、然るべき門は見えるが、それも場末で古土塀、やぶれ垣の、入曲つて長く続く屋敷町を、雨もよひの陰気な暮方、その県の令に事(つか)ふる相応の支那の官人が一人、従者を従へて通り懸つた。-雨ばけ/泉鏡花
もう一つの特徴として、彼女の小説には「少年」がよく登場します。
少女が出てくるお話は稀です。
それが、彼女独自の世界観を引き立てる大きな役割を果たしています。
また、宮沢賢治から強い影響を受けたため、星(天体)や鉱物、あるいは、水や植物と絡んだ物語を書くことに長けた作家でもあります。
その唯一無二の作風から、根強い人気があります。
あらすじ・内容紹介
この小説は短編集です。
それぞれ、
- 星降る夜のクリスマス
- 仔犬の気持ち
- 少年アリス 三月うさぎのお茶会へ行く
- クリスマスの朝に
という4編からなっています。
彼は、タッシュという犬を連れています。
人でひしめく聖夜の百貨店の前で、彼は一人、お母さんに置き去りにされてしまいます。
仕方なく母親が帰ってくるのを待つミランですが、そこに、ダッフルコートを着込んだ少年が現れます。
彼はミランの目の前で、ある小さなお菓子を食べます。
それが欲しくなったミランは、遊園地(ルナ・パアク)の引換券を彼に手渡しますが…。
最後の一行がとても可憐なお話です。
フランドル種の小さな黒い仔犬、のちにタッシュと名付けられるその犬が、初めてミランの家にやってきたときのことを描いた話です。
先ほどではほんの少ししか登場しなかった、お父さんや、彼の兄であるフォコンが出てきます。
ミランより少し気の強いフォコン。
彼と仔犬との間で、少しいざこざが起きます。
果たして、ミランとフォコンは仲直りができるのでしょうか…
実は彼、長野さんのデビュー作の小説に出てくるんですね。
本のタイトルもそのまま「少年アリス」です。(改造版も出ています)
睡蓮の開く音がする月夜だった。アリスは部屋の燈(あかり)を消して月光の射す、織り模様のついた敷布の上に創り上げたばかりの石膏の卵を置いて眺めていた。
先にデビュー作を読んでおいた方が、登場人物の把握がしやすくて分かりやすいですが、未読であったとしても十分に楽しめます。
アリスが、※ピケの黒うさぎと※ピンク・セルロイドうさぎ、フェルト帽の男たちと奇妙なお茶会を営むお話です。
燃えやすく、かつてはおもちゃや文房具などに用いられた。
彼の友人、蜜蜂をはじめ、犬の耳丸も出てきます。
不思議の国のアリス、鏡の国のアリスを一通り読み返しておくと、一層お話を楽しめるかもしれません。
アリスはテーブルの上をぐるりと見回したけれど、お茶のほかにはなにもありゃしない。
「ワインなんて、ぜんぜんないわ」
アリスがそういってやると、ウカレウサギ(三月ウサギ)ときたら、「ぜんぜんなんてものは、そりゃないさ」
「ないものをおあがりだなんて、ずいぶん失礼ね」アリスはかんかんだ。
「招(よ)ばれもしないのにちゃっかりすわりこむなんて、そっちこそ失礼だね」
「あなたのお茶会とは知らなかったわ。三人分よりもよっぽど大ぜい分あるじゃない」ー不思議の国のアリス(ルイス・キャロル作、矢川澄子訳・金子國義絵)
主人公は珍しく女の子です。
彼女の名前はマティ。
長くて、少しねじれた三つ編みをした彼女。
クリスマスなのに、少し憂鬱そうです。
それもそのはず、シルヴェスタという名の黒うさぎがいるせいで、彼女はお母さんからあまり良く思われていないのです。
シルヴェスタはうさぎなのにサラダ菜とバターロールが大好きな、風変わりなうさぎで、はたからみると仔犬にしか見えません。
それに加え、彼女には弟のフランシスがいます。
彼も相当な厄介者です。
そんな「ユウウツ」なクリスマスを送っている彼女に、ある人物が現れます。
ささやかでとても愛しい、奇跡のような物語です。
彼女がお気に入りにしている歌がこちらです。
「ふたりはともだち」というタイトルの曲ですね。
ふたりはともだち。でも、どうしてって聞かないで
理由なんてないんだもの
だってそうでしょう
主題歌:BUMP OF CHICKEN/魔法の料理〜君から君へ〜
BUMP OF CHICKENさんの「魔法の料理~君から君へ~」です。
NHKの「みんなのうた」に採用された一曲ですね。
選曲するにあたって、長野さんのあとがきを参考にしました。
子供時代の長野さんは、あまり欲しいものを買ってもらえるような境遇ではなかったようです。
リボンの騎士のグッズが欲しいがために、自分で懸賞に応募したり(!!)、おこづかいを貯めて、せっせと文房具店に通っては、紙せっけんや鉛筆、練り消しゴムなどを友達と交換したりしていました。
私も似たようなことをした経験があるので、少し嬉しくなりましたね。
かつて存在した、クリスマスを回想している一文がありますので、それを引用します。
豆ランプを巻きつけたミニツリー。色とりどりの点滅に心をときめかせ、幸せな気分にひたった。
そんなささやかな思いを味わうことはもうないだろう。
消え去ったかけがえのない悦びの重みが、今、心にこたえる。
そんな、もう戻れない過去の思い出話が、藤原さんの過去を語ったこの曲と重なりました。
(彼が飼っている猫の名前が「黒蜜糖」です。黒蜜糖とは、野ばらに登場する少年の名前です。
彼にはある秘密があるのですが、藤原さんは、それを分かった上で名前を付けたのではないのでしょうか。)
ちなみに、彼は「綺羅星波止場」という短編集にも、「夏至祭」という小説にも、相方の銀色と共に登場します。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。只今からお待ちかねの小品、銀色と黒蜜糖を上演いたします。」ー野ばら
最後に、私がいちばん好きな一節を。
君の願いはちゃんと叶うよ 怖くてもよく見て欲しい
これから失くす宝物がくれたものが今 宝物
あなたが記憶している、忘れられない一番の「宝物」とは、一体何ですか?
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クリスマスソングを掛けながら、じんわりと胸が温まるお話を読んでみるのも素敵ですよ。
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