『52ヘルツのクジラたち』あらすじと感想【2021年本屋大賞!親子関係を考え直したい人に】

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町田そのこ著『52ヘルツのクジラたち』は2021年の本屋大賞に輝いたいま話題の小説だ。

負の親子関係、虐待問題について正面から取り上げている。

こんな人におすすめ!

  • 親子の関係に悩んでいる人
  • 子育て真っ最中で育児の悩みがある人
  • 虐待問題や毒親の問題について考えてみたい人

あらすじ・内容紹介

この物語は、主人公・三島貴瑚(きこ)が海辺の田舎町に引っ越してきた場面から始まる。

貴瑚は再婚した母から酷い虐待を受けて育った人間だ。

辛く衝撃的な過去を背負って生きてきた貴瑚はあるとき、同じように母親から愛情を注いでもらえず、虐待を受けている不幸な少年・愛と出会うことになる。

貴瑚は少年に眠れない夜によく聞く「52ヘルツのクジラの声」を聞かせ、少年の心を落ち着かせようとする。

ついた少年の呼び名は”52”だ。

貴瑚は不憫な少年を救いたい一心から行動するものの、”52”を虐待する母親から救い出してくれそうな”52”の親族は見当たらなかった。

そこで、貴瑚は自ら”52”を引き取ろうとし、読者の心を少し明るくさせるような結末で物語は幕を閉じる。

『52ヘルツのクジラたち』の感想・特徴(ネタバレなし)

タイトルのもつ意味

私たちが日常耳にする声や音はすべからく「音波」であり、それぞれに周波数があるが、ヘルツ[Hz]とは周波数の単位だ。

周波数が小さいと低い音、大きいと高い音になる。

たとえば、ヒトの可聴域(聞こえる音の範囲)は20ヘルツ~20000ヘルツとなっている。

一方、クジラの可聴域は、種類にもよるがヒトに比べて低めで、シロナガスクジラの場合5ヘルツ~12000ヘルツらしい。

イルカやクジラなどの高度な水生動物はヒトの言葉と同じように、音でコミュニケーションをとる。

聞いたことのある人は分かると思うが、「ボアー」という感じの低い音だ。

一般的なクジラの場合、15~25ヘルツ程度の低音域の周波数でコミュニケーションをとるようだ。

つまり、表題の「52ヘルツ」はクジラにとって明らかに高い。

「52ヘルツのクジラ」は実在する!?

1990年代、アメリカの海洋研究チームによって、驚くことにこの「52ヘルツ」の音を出すクジラが実際に見つかった。

実在するそのクジラは、いまなお、”正体不明”のクジラとされている。

人間にたとえると、「キーン」というえらく甲高い声でしゃべる奇異な人、といったところだろうか。

声の周波数が高すぎて、他のクジラたちと全くコミュニケーションをとることができない。

このことから、「52ヘルツのクジラ」は”世界で最も孤独なクジラ”と呼ばれているそうだ。

表題『52ヘルツのクジラ「たち」』は、親の愛情を受けられずに育った女性と行きどころを失った少年をそんな孤独なクジラにたとえ、たまたま出会った、生い立ちの似た2人の交流を描いている。

弱い立場に置かれやすい子ども

学校や家庭という閉鎖環境では、弱い立場にある子どもは発信力が低くなりがちだ。

たいていの場合、家庭内の問題は長年にわたり発覚しないのが常で、虐待問題は往々にして見逃されやすい。

児童虐待と言うと、つい暴力的な男性を思い浮かべてしまうが、見逃されがちなのが女性、つまり母親による虐待だ。

これは思われているより、はるかに多く起きている。

一時期、”毒親””毒母”というワードが流行り、関連書籍がベストセラーにまでなった。

ひどい母親による暴力的なしつけや虐待が今になってようやく”発見”され、新たな社会問題として浮上しつつあるのだ。

この問題の背景にはシングルマザーや貧困がわりとよく絡められるが、理由はそれだけに片付けられない。

離婚率の上昇や経済的貧困は近年の問題だが、”毒親””毒母”は離婚がまだ少なく、”一億総中流”の時代からすでに存在していたからだ。

最近になって発覚した「毒親」問題

この手の問題は他の家庭と比較しにくいため、自分の家庭で常態化していることが異常事態だとそもそも気づきにくい。

また、校内いじめと違い、自分の立場や日常生活そのものが危うくなるので、当事者の子どもはカミングアウトを避ける。

つまり、当事者たちが大人になってカミングアウトして蓋を開けてみたら、同じような問題にあえぎ、理解のない一方的な”毒親””毒母”に苦しまされていた人はたくさんいたことが分かった。

日本中で長い間、隠されてきた問題が今になってようやく顕わになったのだ。

この”毒親””毒母”を生んでいる背景は何だろうか?

結論から言うと、”毒親””毒母”は、たいがい”毒親””毒母”に育てられたのだ。

メカニズムは単純で、育児の方法論が得てして親から子へ、またその子へと受け継がれていくためだ。

”正”の連鎖、”負”の連鎖

「良い親子のためのしつけ教室」などなかった昔ならなおさらで、ごく普通は”自分の育った家庭”という狭い環境の中で育児やしつけのやり方を学ぶ。

子どもは本来まっさらであるから、理解のある優しい親のもとには優しい子が育ち、悪質な親のもとには悪い子が育つ。

逆に、素行が悪い子でも良い教育を受ければ矯正され、元々いい子でも悪い環境に放り込まれれば悪く染まる。

だからこそ、親はこぞって良い学校に入れたがるわけだ。

育児をしていれば、子どもが騒いだり、かんしゃくを起こすことは日常茶飯事だが、そのようなとっさの場面ほど子供の頃に親にされた記憶を引っ張り出して、手持ちの経験でしのいでしまう。

虐待の記憶を引っ張り出す母親は「私もそうやって育てられた」と言い訳をするが、それが正解であることはまずない。

典型的な”毒親””毒母”は、得てして古い価値観に縛られた、その場しのぎの不正解の教育を半世紀以上(ひょっとするともっと長い間)にわたり繰り返しているのだ。

この作品はそうした現代の闇に光を投げかけている。

共感を得た理由

作品の描写は凄惨で目を背けたくなるようなシーンの連続だが、これほど共感を得たのはどうしてだろうか?

やはり、この作品がいま多くの人に求められる”現実に限りなく近いファンタジー”だったからだろう。

同じく親子問題を扱った映画『シン・エヴァンゲリオン』が大ヒットしたのも同様の理由と思われる。

文学や映画と違い、現実には家庭内で大きな悲しみや問題を抱えていても、それを周囲の人から共感してもらったり、自分事として捉えてもらえることは非常に稀だ。

血縁関係があればともかく、見ず知らずの他人に自らの境遇を救ってもらうことはないだろう。

つまり、日本中にいるであろう”52ヘルツのクジラたち”は、それぞれ”単独のクジラ”として、誰にも聞かれることのない苦しみの喘ぎ声をたった今も上げている。

この極めて現代的な社会問題を真っ向から取り上げたところが、この作品が高く評価されている所以だ。

そのうえでこの作品の難を挙げれば、リアリティが薄く、ストーリー先行で登場人物に感情移入しづらいところがある。

とはいえ、重いテーマを扱う受賞作品にしては読みやすく平易な文体で、サクサク読み進められるだろう。

”地獄”から抜け出すために

本作には上述したような胸が痛くなるような過激な描写だけでなく、ハッと気づかせてくれる表現がある。

以下の文はその例だ。

呪いになってしまうと、あとはもう蝕まれていくだけだ。だから、抜け出す方法を考えようよ。

大人になるまで抜け出せない地獄。

周囲の大人たちが誰も気づいてくれず、手を差し伸べてくれない状況は子どもにとってとても息苦しいだろう。

そんな状況に日々置かれているからこそ、私たちは毎日のように目も当てられないような悲しいニュースを目にすることになる。

そして、大の大人の起こす事件さえ、当人の幼少期の生育環境や負の経験に端を発していることは少なくない。

まさに”呪いになって蝕まれる”ケースだが、どこか遠い国の物語ではなく、ごく身近に存在することをこの作品は自覚させてくれる。

読者に希望を与える結末

『52ヘルツのクジラたち』に救いがあるのは、希望を与える結末があることだ。

注意
以下ネタバレ注意。

貴瑚はラストで少年にこう告げる。

あんたのことを考えて、あんたのことで怒って、泣いて、そしたら死んだと思っていた何かが、ゆっくり息を吹き返してたんだ。わたしはあんたを救おうとしてたんじゃない。あんたと関わることで、救われてたんだ。

過去にトラウマを抱えた貴瑚にとっても、少年との出会いは僥倖だった。

過去との華麗な訣別によって、凄惨なシーンに耐えてきた読者にもカタルシスが訪れる。

その優しく温かい作者の目線こそが、この作品が高く支持された理由なのかもしれない。

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まとめ

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