今回は島本理生さんの『よだかの片思い』をご紹介します。
「ファーストラヴ」で直木賞を受賞したことが記憶に新しいのではないでしょうか。
顔にコンプレックスのある女性が、住む世界が全く違う男性に出会って、戸惑いながらも成長してゆく話…というのではありません。
いつの間にか主人公のアイコが持つ魅力に感化されて、読んでいるこちらが元気になってくるようなパワーを貰える。
そんな一冊です。
目次
あらすじ・内容紹介
生まれつき顔に大きな青アザがある前田アイコ。
彼女はそのせいで、容姿に自信を持てませんでした。
ある日、友人の紹介で「顔にコンプレックスのある女性をテーマにした本を作りたい」という話を受け、取材を受けます。それをまとめた本が売れ、なんと映画化することが決まりました。
彼女はそのことに内心憤慨しながらも、映画監督に会うことを決意します。
その人こそ初恋の相手となる、飛坂さんでした。
全く別世界の人間のような彼に、アイコは驚き戸惑いながらも、彼のことを知りたいと、暴走したり、妄想したり、はしゃいだり、巻き込まれたりすることになりますが…。
よだかの片想いの感想(ネタバレ)
すれちがう「心」
自身も気づかなかった「自分自身の魅力」に気付いてゆくアイコですが、そのせいでひとりでに傷ついて、ぐちゃぐちゃになってしまいそうになることも…。
どこか割り切らず、なよなよと上っ面だけ甘い言葉をかけては、自身のことになると途端に距離を置く飛坂さん。
気を使ってあげないと動かない彼に対し、アイコは少し疲れているようです。
彼女が「ずるい」と言い放ったのも頷けますね。(私だったら七面倒くさいので、褒めてもらったことには感謝しつつも、さっさと別れを切り出しますが。)
両親との関係が希薄な彼に対し、アイコはこれ以上はないというほど大切にされています。
お母さんの「アイコは、本当に良い意味で、普通に育ったの」という言葉に表れていますね。
「恋愛して、いっぱい泣いたり笑ったり、そうやって細かい傷をたくさん作って、本当に強くなればいいと思うの。ただ、この子の真っすぐにものを見るところだけは、失われないでいてほしい。」
もしかしたら、飛坂さんは自分のことをそれほど愛していないのかもしれない。
それでも理解しようと懸命に頑張るアイコの、一途で健気な片思い。
叶わないということが分かっていても、思わず応援したくなります。
最後に飛坂さんが、アイコのアザのことを、散々馬鹿にされ続けた「琵琶湖」ではなく、満天に広がる「夜空」に例えたシーン。
結末がどうであれ、一番心に残っている場面です。
アイコの「ユーモア」
「真面目」「真面目」と言われるアイコですが、無意識に面白いことを言ったりする、ユーモアに溢れた人でもあります。
(本人はそれを冗談とは一ミリも思っていないので、憤慨することになりますが。)
私が、うあー、と声を上げると、彼女も真似して、きゃー、とふざけて叫びながら、くるくると椅子ごと回った。ETこと原田君はもはや何も言わずにパソコンを打っていた。
飛坂さんのことをどう思っているかに対して、
「たとえるなら、アポロ11号で人類初の月面着陸に成功したアームストロング船長です」
「今のが分かりづらければ、不仲の薩長を同盟へ導いた時の坂本竜馬とか」
聞いた相手が驚いて、「!?」と表現するしかないような言葉を、真顔でぶつけるような人なのです。
(恐らく、「歴史を変えるような偉業を成し遂げた人です!」とでも言おうとしたのでしょうね…。)
アイコは「自分のことを飛坂さんが気にかけたのは、青アザのせいだ」と思っていますが、私は彼女の人柄に魅かれたのだろうと推測しています。
ミュウ先輩との関係
そんな彼女と飛坂さんとの懸け橋となってくれるのが、「ミュウ先輩」こと、筧奈緒美さんです。
彼女のあだ名の理由。
それは、いつも「ミュウミュウ」のバッグにパソコンを入れて持ち歩いているからです。
飛坂さんと衝突せずに付き合えるのは、彼女ぐらいですね。
アイコに対しては、良きお姉さんと言った関係性です。
アイコがせっぱつまった時、要所要所で励ましてくれる、そんな存在ですね。
もう一人の友人であるまりえは、アイコのアザのことも理解しつつも、親身になっているように見せかけて、内心小馬鹿にしているような印象を受けます。
アイコはまじめすぎるので、その点に気付いていないような気がしますが、飛坂さんと関わるきっかけを与えてくれただけ、まだ良しとしましょう。
そんなミュウ先輩にも、大きな分岐点となる出来事が起こります。
「よだかの星」との関係
この小説の元ネタとなったのが、宮沢賢治の「よだかの星」です。(RADWIMPSの「螢」を当てはめた選曲が素晴らしいので、ぜひご一聴ください。)
醜い姿であるがゆえに周りから嫌われ、鷹に改名まで迫られたよだかが、空の星々に相手にされないままたった独りで空を昇り、最期には青く輝く星になってしまうという、理不尽かつ、究極の献身を描いた作品です。
オスカー・ワイルドの「幸福な王子」に近い崇高な精神が、そこには感じられます。
小説内では129ページにて、取り上げられていますね。
アイコと飛坂さんとの価値観の違いが分かる一節です。
(略)僕はもう虫をたべないで餓えて死のう。いやその前に鷹が僕を殺すだろう。
いや、その前に、僕は遠くの空の向うに行ってしまおう。)-「新編銀河鉄道の夜」宮沢賢治(新潮社)より「よだかの星」p35
青空文庫で読むことが可能です。(本と同じように縦読みができる、「えあ草紙」で開きます。)
文庫版では滝井朝世さんがあとがきを書いてくださっています。
非常に分かりやすいので、ぜひ一読ください。
真面目で可愛い原田君
ETこと原田君は真面目で、唯一アイコのことをアザがあるなし関係なしに、「真正面から」向き合ってくれる存在です。
ETというのはもちろんあだ名で、彼の首が長く、肌が白いことから来ています。
アイコだけを大切に愛するところから、飛坂さんとは正反対の人物であることがうかがえますね。
頼りなさそうに見えますが、あだ名を付けられても堂々としていて、頼もしい一面を見せます。
どんなことでも思ったまま、正直に話すのが彼のいい所です。
容姿では完璧に飛坂さんに負けていますが、彼でも成し遂げることができなかったことを原田君は自然に行います。
ミントアイスを食べているアイコを、お世辞無しで「可愛い」と褒めることです。
「軽薄そうに聞こえたなら誤解ですよ。僕が言っている女の人っていうのは、女性一般ではなくて、先輩個人のことで」
アイコが贈った坂本竜馬のキーホルダーを、周りに馬鹿にされても「大切なものなんで、返してください」と言えるだけの強さを持っています。
アイコは飛坂さんよりも、自分のことをずっと大切にしてくれる原田君と結ばれるべきだと思うのは、私だけでしょうか。
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