「また会えるよ」
この言葉の切なさをあなたは知らない。
彼女の秘密を知ったときに始まるもうひとつの物語。
ぼくの初めてはきみの終わり。
わたしの終わりはきみの初めて。
ふたりはけっして語り合えない思い出をつくるためにデートする。
はじめに
今回はバレンタイン企画として恋愛小説「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」を選びました。
2016年に福士蒼汰さん、小松奈々さん共演の映画が公開されているので、そちらをご覧になった方も多いのではないでしょうか。
この記事では書評とあわせて、二人が楽しんだデートコースを写真をまじえて紹介していきます。
これは京カップルの定番プランになっているので、春から京都での新生活をはじめる人の予習になりますよ。
また他県にお住まい方々も、聖地巡礼の参考にして頂ければと思います。
出会い
京都市内を南北に走る京阪電車。
その車中でなにやら逡巡している彼は南山高寿(みなみやま たかとし)。
大学でマンガ学科を専攻する内気男子です。
そんな彼が気にかけている女性は、美容専門学校へ通っている福寿愛美(ふくじゅ えみ)。
ぼくは━━「発症した」。
たまたま同じ車両に乗り合わせただけなのに、彼女の姿が頭から離れないことに戸惑っているようです。
ちょっとかわいいなと気になっていたら、いつの間にかその想いがどんどん膨らんでいく。
誰しもが一度は経験したことがありますね。
僕だって二十年生きてきたから、これがなんであるかはすぐにわかった。
エーリッヒ・フロムは「恋とは落ちるものではなく自ら踏み込むものである」と説いていますが、情熱のままに落ちゆく恋もまた若き日にはいいものです。
ところが彼はこの感情をこころよく歓迎できていません。
━━勘弁してくれ。
ただ指をくわえて見ているしかないのなら、いっそ出会いたくなかったとの思いでしょうか。
同じ大学やバイト先の人であればよかったのにと残念がっていますが、いやいやそれは言い訳というものです。
いつでも会えるとの油断から、だらだらと発展しないことはよくありますよね。
そうこうしている内にホームへと降り去っていく愛美。
しびれを切らした運命の女神がチャンスを取り上げようとしたとき、彼はようやく焦りを覚えてそのあとを追いかけます。
「あのっ」
一歩ふみ出すと不思議なもので、今度は立ち止まるほうが難しいもの。
思いがけない行動をとっている興奮に背中をおされ、その勢いのままに彼女を呼び止めることに成功しました。
経験のない彼がしどろもどろになりながら話しかけると、彼女は微妙な表情を見せながらも耳をかたむけてくれています。
「話したい、です」
手ごたえのなさに気後れしながらも、ここで引いてはいけないとの想いがこもった一言。
たどたどしくも自分の意思をつらぬいた彼は、暖かな春のにおいに包まれながら返事を待ちます。
「はい」
━━ここに誰も経験したことのない恋が始まりました。
彼女の涙
二人は近くの宝ヶ池公園を歩きながら会話を始めます。
高寿はここで改めて彼女の魅力に気付きました。
癒し系の見た目も、身につけているもののセンスも、気配りのできているところも、声も、しぐさから自然と出る愛嬌までも、全部に「完璧」というラベルが貼られていた。
正直なところ、女性読者はあざとさを感じたのではないでしょうか。
ここまで読んだかぎりでは、ありきたりな恋愛小説の展開ですね。
しかしお待ちください。
それであれば発行部数が160万部を超え、映画化までいたることは当然ありえません。
どうかこのプロローグを乗り越えて読み進めて頂きたいと切に願います。
さて桜咲く川辺を歩く二人はというと、ぎこちなさを見せながらも決して悪い雰囲気ではないようです。
「この人だっていう直感が自分の中にあって、もう、行くしかないって思った。じゃないと、無理だったと思う」
声をかけた理由をぽつぽつと語るに彼に、そっと優しくほほえみ返す彼女。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、別れぎわに「また会える?」と高寿が尋ねたとき、彼女はぽろぽろぽろっと涙をこぼしながら抱き着きます。
「ちょっとね……、悲しいことが………、あってねっ」
そうつぶやくとそっと体を離し、表情を整えてからこう答えます。
「また会えるよ」
………いかがでしょうか?
初見では「清楚な見た目とちがって大胆な女の子だな」ぐらいの感想しか持てませんが、ラストを知ってからふと思い返したとき、なんでもない約束がまったく違うものに見えてきます。
映画でもこの場面が始まったと同時に、あちこちの客席からすすり泣く声が聞こえてきたほどです。
いったいどこに感動ポイントがあるのか?
それは作品の核心に関わる問題であるため、本編を読むまでのお楽しみにしておきましょう。
初デートは京都の定番コース
運命的というには謎の残る出会いを果たした二人ですが、とにもかくにも遊びに行く約束を交わしました。
ここにいたるまでの友人の助けもまた青春エピソードですが、ここでは残念ながら省かせて頂きます。
さて最初のデートに選ばれたのは、京都は鴨川に架かる三条大橋を西に渡り、河原町通りを挟んだ先にある繁華街です。
この辺りは名所とは少し離れた位置になりますので、観光ではあまり立ち寄らない場所かもしれませんね。
どちらかと言えば地元の人間が買い物や、それこそ恋人との時間を楽しむエリアになっています。
デートの下見
高寿はデート当日の二時間前に河原町通り周辺の下見をしています。
学生であれば「デートの下見なんてダサい」といきってしまう(関西弁で調子にのる、かっこつける)ものですが、京都は細い道が入り組んでいるので迷ってしまうことが多々あります。
また、主な足となる市バスや鉄道も複数の路線があるので、下調べせずに臨むのは無謀というものです。
時間がなければGoogle Mapのストリートビューでもいいので、実際の景色を頭に叩き込んでおきましょう。
ここテストに出ますよ!
下見をする高寿は見慣れたはずの町並みに驚きを見せていますが、彼女ができると誰しもがこの感覚に襲われるのではないでしょうか。
今までは気にもとめていなかったオシャレな雑貨屋やカフェ、女子向けのショップなどが次々と目に入り、まるで知らない場所のように見えてくる現象です。
面白い場所を目にしたら彼女に見せることを考え、おいしいものを食べたら彼女にも食べさせたいと願っている。
高寿もまた関西ウォーカーを片手にきょどきょどしながら店内をのぞきこみ、場違いな雰囲気に逃げ出しそうになっていたことでしょうね。
待ち合わせ
高寿は待ち合わせ場所の京阪三条駅へ向かい、駅地下にある「クネクネした三本柱」で愛美と待合せます。
地元の私もこの場所は知りませんでしたが、実際に行ってみると本当にありました。
これは「鴨川ピラー」という東海道の終着点である三条大橋を称えたモニュメントでした。
地上へ出ると人が多くて待ち合わせには不向きなので、改札を出てすぐの目立つ場所としてここは最適かもしれません。
作者の七月隆文さんは京都の大学に通っていただけあり、このようなディティールが現実感を演出しています。
デートの始まり
時間通りに合流した二人は映画館へ向かって歩き出します。
道中では鴨川の流れや北部の山並みなど、京都らしい風景を眺めながら歩けるので、緊張の中でも自然と会話が弾むものです。
そんな古き良き街並みの中にも新しさがあるのが京都の魅力であり、愛美は橋のたもとにあるスターバックスコーヒーを見つけました。
ここには帰りに立ち寄るので、後ほど紹介することにしましょう。
河原町通りを渡って三条商店街に入ると新旧様々な店が二人を迎えます。
いきなりラーメン横綱の看板が目に留まりますが、別店舗では黄色のとても目立つ色をしています。
しかし京都の中心部では景観を守るため、マクドナルドやローソンでさえも地味な配色が義務付けられています。
現地にお越しの際はそのあたりにも注目されると面白いかもしれませんね。
少し話が逸れたので二人の足取りに戻りましょう。
ここで愛美が気になった店舗がこちらの扇屋さん。
学生には敷居の高い雰囲気が漂っているので、二人はショーウィンドウを覗くだけにしていましたが、工房体験も受け付けているので気軽に入れますよ。
京都特有の「一見さんおことわり」は過去のもので、最近は観光客向けに商売をするため、どこの店も広く門戸を開いています。
映画と食べ歩き
いよいよ今回のデートのメインとなる映画館へ到着です。
作中では劇場名は記されていませんでしたが、場所的にMOVIX京都で間違いありません。
15年ほど前までは昔ながらの映画館も残っていましたが、すべてこの大型施設に飲み込まれてしまいました。
京都は古都としてのイメージが強いかもしれませんが、案外と時代の流れを受け入れるのも特徴のひとつ。
古くから中国の文化を取り入れたり、近代においては明治維新の中心地になったりと、変化には慣れっこの京都人です。
さて無事に映画を楽しんだ二人は作品の批評で盛り上がっています。
「僕は超一流のスタッフが『今から俺たちが全力でお前ら客を楽しませてやる!』って宣言に見えた」
「あ、そういう見方するんだ。さすがだね」
「さすがって何が」
「うん、さすがさすが」
いい感じの流れで映画館の向かいにある唐揚げ屋さんに並びます。
これも店舗名は出てきませんでしたが、実際にあるお店はこちら。
全国展開している「金のとりから」ですね。
ところが愛美の口には合わなかったようで、隣のピザ屋さん(移転したようです)でお口直しをすることにしました。
「あの唐揚げが締めだと納得できない。わたしの中で終わったことにならない」
この発言と先ほどの映画批評への感想について、高寿は面白い子だなと微笑ましく思っていますが、秘密を知ったときに愛美のかくされた真意に気づきます。
この物語にはこういった仕掛けがたくさん隠されているので、読むたびに新しい発見と感動を味わえる再読必須の作品です。
デート帰りの告白
順調に進んでいるデートの帰り道、二人は道中で見かけたスタバに立ち寄りました。
ここは全国屈指のオシャレ店舗となっていて、店内から鴨川を一望できるだけでなく、テラス席は京都名物の川床となっています。
川床とは鴨川に向かってせり出した屋外席であり、川沿いの高級料亭に備わった夏の風物詩です。
学生はもちろん社会人でもなかなか体験する機会はありませんが、スタバではドリンク代のみで利用できるので、お得に京都気分を味わえますよ。
※川床は5月~9月のみの実施となっていますのでお気をつけください。
このように席から鴨川が見えるのを口実に、高寿は自然な流れで河原に出ることに成功しました。
この河原は恋人たちが一定の距離を置いて並ぶ「鴨川等間隔の法則」が有名であり、胸に秘めている想いを伝えるのに最高のシチュエーションだからですね。
ふっと浮かんだ。言うなら、今じゃないのか?
でも最初のデートで?━━躊躇う。
いきなりに思われて引かれないか?━━怯える。
なかなか切り出せない高寿。
恋人と呼べる存在のいなかった彼にとって、20年の人生で一番の勇気をふり絞る瞬間です。
この後のやりとりを書いてしまうのは勿体ない。
あまりにも勿体ない。
ある人は過去の記憶に想いを馳せながら、ある人はいずれくる日に期待を寄せながら、高寿と愛美の大切な時間を見守ってあげてください。
余談になりますが、この場所は私が以前に紹介した小説『太陽の塔』でも登場しています。
本作とは違ってモテない男たちの嫉妬の対象として登場していますので、ぜひ読み比べてみてください。
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