古代日本を舞台とした、児童界の本格ファンタジー作家『荻原規子』。
代表作は『勾玉三部作』。
日本神話などを基に描かれたファンタジー小説です。
そしてその世界観の続きとなる、源氏と平家の争いの時代を舞台に描かれる『風神秘抄』。
今回書評させて頂きます書籍は、この『風神秘抄』の続編となる作品です。
しかし、単品でもすごく楽しめる1冊のため、ぜひとも読んでもらいたい小説だったりもします。
特に歴史好きな方には。
だってこの物語の主役は、実在するあの有名人物なのですから。
『児童書』というジャンルの概念を覆した、本格長編ファンタジー作家の1冊。
どうか、ただの児童書とあまく見ずに読んで頂きたいです。
あらすじ・内容紹介
時は永暦元年(一一六〇年)、三月。
その年、その月。当時十四歳だった少年の『源頼朝』は、父『源義朝』が起こした平治の乱の罪を背負う形で、流刑地である伊豆へと流された。
豪族達にねたまれ、命を狙われる日々に、生きる希望もなにもかもを失ってしまう頼朝。
そんなある日、彼のもとに驚きの人物が姿を現す。
それはかつて頼朝の命を不思議な方法でつなぎとめた笛の名手であり、元源氏の武士であった『草十郎』だった。
頼朝の乳母だと名乗る、謎の尼僧と共にやってた彼は『藤九郎盛長』と偽名を使い、頼朝の従者となる。
彼は言う「お命をお守りしにきたんです。今ある、目に見える危険から」
己を守りに来たというのはどういうことか。
すでに立場のある身ではない流罪人である自分を、なぜ草十郎は守ろうとするのか。
その疑問を胸に抱えたまま、頼朝は当時『北条時政』の領土であった狩野川の中州『蛭が小島』へと流刑地を移動させられる。
そこは、土地神が活発で、人を喰うといわれる『大蛇』までもが存在する場所だった。
しかし彼は気づいてはいなかった。
これが己自身の、そして草十郎とその妻『糸世』の運命を大きく左右する出来事の始まりである事に気づかずに……。
あまねく神竜住まう国の感想(ネタバレ)
源頼朝は、後に源氏の家を再興させるだけではなく、平家との争いにも打ち勝ち、鎌倉幕府まで開いたことで有名となる人物です。
日本史の勉学をする上では、語らずしていることができない人物でしょう。
この作品は、そんな源頼朝の少年期を主役においた、歴史ファンタジー小説。
こまごまとした登場人物には創作上作られた者もいますが、それだけではない、実在した人物達も登場します。
あらすじで名をあげた『藤九郎盛長』や『北条時政』は、その良い例です。
『藤九郎盛長』に関しましては、現時点では草十郎が名乗った偽名ではありますが、史実に実在する人物の名であり、物語と同じく『蛭が小島』に向かう頼朝の従者として彼の傍で仕えた人物です。
後の鎌倉幕府の御家人『安達盛長』でもあります。
他にも伊豆武士団の頭目である『狩野茂光』や、曽我のかたき討ちで有名な『河津三郎』、後の北条政子となる北条家の娘『真奈』だったりと、ところどころに史実が詰め込まれているのです。
もちろん、草十郎や糸世は創作上の登場人物です。
彼らは『風神秘抄』にてメインの立場を務めた二人であり、『かつて不思議な力で頼朝の命を救った』という話はそちらの本で語られている内容だったりします。
実は前作の『風神秘抄』、そしてこの物語の世界観の始まりである『勾玉三部作』も合わせ、今までのシリーズの主役は全員創作上の人物達なのです。
つまり、歴史の登場人物が主役とされたのは、今作がシリーズ初。
実在する人物を用いて歴史ファンタジーとは、いかにして話が進められるのか。
あらすじを読んだ時点でわくわくが止まりませんでした。
そんなこの物語の一番の美点は、頼朝少年の成長でありましょう。
頼朝が流刑にあうことや後の平家との争いなるものは、きっと誰もが知る史実のはず。
けれど流刑の間にどのような出来事があり、そこから生まれた絆があり、そして後に続くのか……、その点を考えてみた人ははたしてどれほどいるのでしょうか。
この物語は、そんな誰もが知る史実の隙間を抜き取り、ファンタジーとして描き切った作品なのです。
そして、そんな物語の中で、頼朝少年は少しずつその心を成長させていきます。
お家同士の争いに負け立場を無くした事で絶望した心だけを持っていた少年。
その少年が、草十郎や糸世などの、登場人物達と過ごす内に次第に変化を見せ、そして己の身の内にある後悔の念や因縁と、しかと向き合い始めるのです。
それはきっと、これが『小説』、しかも『ファンタジー』と呼ばれるジャンルであったから描き出すことができたものではないのかと、そう思いました。
通常の歴史小説ならば、出来事を重点的に描き、その上で主役である人物がどのような行動、偉策を取ったのか、という点に重きが置かれる傾向があると思われます。
そもそも、人一人の人生は酷く長いもの。
小説一冊でまとめるにはとてもじゃありませんが、文量が足りない筈。
その為、心理描写はあれど、深い成長までをじっくりと描き出される歴史小説は、なかなかあるものではないと思います。
けどこの本で描き出すのは、その長い人生のたった一部のシーン。
それならば、じっくりと心の成長を描き出すことも可能なのではないのでしょうか?
それになにより、何度も言っていますが、この小説は『ファンタジー小説』。
本当の源頼朝がどのような経緯に心の動きを辿ったのかは定かではありませんが、これは一つのファンタジーなんだ、と思えば、この本の中の出来事もまた一つの歴史としてあり得るような気がしてませんか。
読み終えた今、はっきりと言えます。
勾玉三部作、風神秘抄。
これらの世界線を受け継ぐ歴史ファンタジー作品であると同時に、源頼朝という人間の『もしかしたらあったかもしれない心模様』を描き出した歴史小説なのです。
まとめ
風神秘抄を私が読んだのは、今から約十年ほど前のことです。
当時はこの続編は存在しておらず、風神秘抄も風神秘抄として話が完結していた為、これで終わりだとそう心の中で思っていました。
が、その考えが覆されたのがつい先日のこと。
なんと、風神秘抄の続きが図書館に置いてあるじゃないか!
最初は風神秘抄の続きだとは思いもしませんでした。
なぜなら、風神秘抄、そしてその前シリーズの勾玉三部作は、その全てが漢字四文字のタイトルをつけられているからです。
『空色勾玉』、『白鳥異伝』、『薄紅天女』、そして『風神秘抄』。
けどこの本はそれまでのタイトルを覆す長文のタイトル。
故に全く気付かず、「あ、荻原さんの知らない本がある」ぐらいの感覚で手に取ったのです。
主人公の件についても含めて、全くもってシリーズ内のこれまでを全て覆していく一冊でした。
もし、こういう驚きも狙ってこのタイトルをつけていたというならば舌を巻くしかありません。
十年ぶりに風神秘抄も読み返してみようかな、という気持ちになりました。
でもあの本、凄く分厚いんですよね……。
本当に児童書かと疑うほどです。
さすがは、児童書の長編の概念を覆した作家様の作品だけあります。
どこかでまとまった時間を取らないと。
前後はしてしまいますが、いつか風神秘抄の書評も書いてみたいです。
その時はまたどうか、読んで下さると幸いです。
主題歌:菅田将暉/まちがいさがし
この作品を読み終わった後、ふいに頭の中に思い出されたのはこの一曲でした。
まちがいさがしの間違いの方に
生まれてきたような気でいたけど
まちがいさがしの正解の方じゃ
きっと出会えなかったと思う(作詞:米津玄師)
『灰色と青』で菅田将暉とタッグを組んだ米津玄師が、彼の為に制作した一曲。
美しいピアノの伴奏と共に出だしを彩るこの歌詞を思い出した時、物語の一番最初の頃の頼朝の姿を私は思い出しました。
流罪人となり、安心して過ごせる場所も、信頼を置ける従者もほとんどなくしてしまった頼朝。
生きることに希望を見いだせず、その上、後継ぎとして軟弱で父に失望させてしまっていたことや、戦の中で自分を守る為に死んでいった郎党達への深い悔やみによって、次第に彼は自分の存在そのものを否定するようになってしまいます。
それは正しく、『間違いの方に生まれてきたような』というこの歌詞そのものの描写。
だけども草十郎や糸世、そして他の周囲の人々との関わりの中で、彼は次第にその考えを持つ自分自身にケリをつけていきます。
それは多分、今このような立場でなければ彼自身の中に生まれることのなかった結果でしょう。
彼は確かに間違った形として自分は生まれてしまったかもしれない。
でもだからこそ出会えたものがあり、生まれたものがある。
そんな彼自身の成長面に注目をし、この曲を主題歌に選曲致しました。
今月頭(2019/6/3)に、YouTubeにてMVを公開されたばかりでもありますので、ぜひ一度、聴いて観てください。
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