毎晩壁をノックする、いないはずの隣人。
針に襲われる女子大生。
肝試しに行き、神隠しに遭った少女。
嘘か誠か。
民俗学から切り込む不思議なミステリー。
こんな人におすすめ!
- ライト文芸が好きな人
- 超常現象を理論的に説明して欲しい人
- 幽霊や神隠し、不思議なお話が好きな人
あらすじ・内容紹介
深町尚哉(ふかまち なおや)は春から青和(せいわ)大学の1年生になった。
「他人の嘘を聞き分けることができる」という秘密を抱え、人付き合いを避け、当たり障りのない人間関係を続けようとする尚哉が、「民俗学Ⅱ」の講義を取ったのは本当にたまたまだった。
「民俗学Ⅱ」を受け持つのは、甘いマスク、仕立ての良いスーツを着こなした、不思議な色の瞳を持つ准教授・高槻彰良(たかつき あきら)だ。
その道では有名らしく、テレビ出演もしている高槻の講義は、高槻のその容姿から女子にも人気であるのは言うまでもなく、しかし、内容は彼の容姿には関係なしにとても興味深い内容で注目を集めていた。
ある日、尚哉は提出したレポートについて高槻から呼び出しをくらう。
内容が悪かったのか?
それとも高槻が最初の講義で話していた、「怪異を集めている」ということに関係があるのか?
高槻の研究室へ出向いた尚哉は、自らが体験したことについての質問を受けるうちに、高槻の怪異を集めるフィールドワークへとバイトと称して巻き込まれていく…。
『准教授・高槻彰良の推察 民俗学かく語りき』の感想・特徴(ネタバレなし)
民俗学と高槻准教授
民俗学とは、主に民間伝承を調べる学問のことを指すけれど、その間口はかなり広く、地方に伝わる昔話からネット怪談、都市伝説にまでその領域は及ぶ。
つまり、民俗学と一口に言っても、研究する分野があるぶんだけその道の専門家がいるということになる。
この物語の主人公・深町尚哉が取った「民俗学Ⅱ」の担当准教授・高槻彰良は現代で語られている怪談や都市伝説が専門だ。
都市伝説と言えば古いものだと口裂け女や人面犬、最も有名な都市伝説は「トイレの花子さん」じゃないだろうか。
私も怖いもの見たさでネット怪談を見に行ったり、暮れになると妹と「今年の検索してはいけないワード」などを調べては、きゃっきゃっしていたのだけど、まさかそれが研究対象になり、学問として成立していることに驚いた。
ただ、調べてどうするのだろうとも思う。
ネット怪談は流行りがあり、都市伝説も世相を映すものが多い。
もう5年ほど前になるだろうか。
携帯電話がまだスマホではなく、ガラケーが主流だった時代に「きさらぎ駅」という奇妙な駅のことについて掲示板へ投稿があった。
これの真相は投稿主の携帯電話の電池切れで投稿が途絶えた、ということで大騒ぎになり、今でも様々な憶測を呼んでいる都市伝説だ。
こういうものを研究している高槻の印象は、一読して「変人」としか言いようがなかった。
尚哉のレポートの内容に興味を持ち、自らの研究室に呼び出し、そしてバイトと称してフィールドワークに付き合わせる。
そして、依頼人に会うと、困っている依頼人をよそに興奮を高め、尚也に諫められる。
あぁ本当に!心底羨ましい!そんな素晴らしい部屋に住んでいるなんて、今すぐ僕と替わってほしいぐらいです!事故物件、幽霊騒動、なんて知的好奇心を刺激してくれる部屋でしょうね!桂木さん、どうかぜひ僕にその部屋の怪異を調査させてください!そうですね、まずは部屋の中を見せてもらっていいですか?ああ、わくわくするなあ、出るかな幽霊!楽しみだなあ!
こんな具合に依頼人と対峙してしまうので、高槻を諫める常識人が必要なのだ。
それに尚哉が選ばれたわけだが、私はここを読んでドン引きした。
困っているのを助けてもらえるのはありがたいが、この様子からまともな人間なんて思えない。
怖い。
なんなんだ。
第1話から読者に「この人は変人」というレッテルを貼られ、尚哉もおそらく「この人ダメだ……」と思ったことだろう。
高度な民俗学の知識を持ち、優秀な頭脳で調査をしているのに、調査対象に対するこの幼稚で子供のようなはしゃぎようには呆れてしまうかもしれない。
高槻という人間を知ることのできる第1話「いないはずの隣人」は、尚哉と高槻の出会いが書かれる。
どんなに態度が子供でも、彼の魅力でもある、
ゴールデンレトリバーのような笑み
はきっとあなたを魅了するはずだ。
尚哉の秘密と孤独
尚哉は子供の頃のとある出来事がきっかけで、他人の言葉から嘘を聞き分ける能力を授かってしまう。
この能力は尚也を孤独にした。
周囲に能力を隠したとしても、尚哉は聞こえてくる言葉が嘘か誠かが分かってしまう。
それは、自分に向けられた言葉も同じである。
「ずっと友達だよ」
「今日は仕事で遅くなる」
「これからも一緒にいようね」
ちまたにあふれる「嘘」は尚哉を苦しめ、世界から隔絶した。
あなたは想像できるだろうか。
昨日の友達がやさしくかけてくれた言葉が全部嘘だと知っている。
仲のいい両親が実は仮面夫婦だったと知っている。
尚哉は全部嘘だと知ってしまった上で生きていかないといけない苦しみを。
嘘をつかずに生きていければいい。それなら何も問題はない。
でも、人間は嘘をつく生き物だ。たいして意識もせず、何気なく嘘の言葉を吐く。
嘘を聞き分けることができない私たちですら、人間は嘘をつく生き物だと知っている。
けれど、常にそのことを自覚せざるを得ない尚哉の独りぼっちな感覚。
でも尚哉は本当は、
本当はたぶん、ずっと話したかった。
誰かに聞いてほしかくてたまらなかったのだ。
ちゃんと聞いてくれる誰かに。信じてほしかった。
と思っていた。
尚哉は自分の能力を人に打ち明けることはもちろんできなかったし、話したところで信じてくれる人なんていないと思っていた。
そりゃそうだ。
私だって、「あなたの言葉は嘘ですね」なんて言われたら顔が引きつる。
そんな尚哉に、手が差し伸べられる様子が描かれる第2話「針を吐く娘」は、奇怪な怪異との出会いから尚哉は「必要な嘘」を知る。
怪異を肯定するか否定するか
高槻は怪異を集めている。
テレビ出演もしている高槻には怪異の調査の依頼が来て、実際に調査をすると、実際の怪異の正体は……!?というのがこの本のミソである。
「そうそう本物の幽霊や本物の呪いがあってたまるか!」と思うのだけれど、この世には論理でも科学でも説明できないものが山ほどある。
でもそれらをすべて「怪異」として認めてしまうのも抵抗がある。
この本は実際の怪異の正体を「実はね」とネタばらししつつも、尚哉と高槻が実際に奇妙な、説明のつかない体験をしているという危ういバランスの小説でもあるのだ。
実際の怪異ってこんなもん?
けど、尚哉と高槻が体験した奇妙な出来事は?
と、読み進めるとループに入ってしまって悩ましい。
高槻は怪異を肯定している。
しかし、尚哉は肯定もしなければ、否定もしない。
自分が体験した奇妙な出来事について追及しない。
一方で高槻は、自分の体験したことの真相を知りたい。
そんな2人が出会って、お互いの怪異と向き合うという相乗効果が楽しい。
高槻が民俗学の根幹をこんな風に言っている。
不思議な話が生まれる背景には、そのまま語るには陰惨すぎる現実の事件があることが多い。
人は、そういう嫌な事件を伝説や物語に作り替えることで安心するんだ。
人の不幸は蜜の味とは言ったものだけれど、悲惨な話をみんな大好き怖い話に変えて、自分とは切り離して考えるのは人間の常套手段だと思う。
それを言われた尚哉も、
現実では辛すぎても、虚構ならば耐えられる。
自分達とは切り離された、ただの物語だと思って楽しむことさえできるのだ。
そうして、この世にはたくさんの伝説が、物語があふれていく。
多くの人は、その奥に隠された真実に目を向けることなどない。
と、高槻の言葉に納得する。
尚哉は自身の身に起きたことについては追及しようとも思っていなかった。
その身に起きたことがあまりにも奇妙過ぎて、きっとどう追及すればいいのか分からなかったと思うし、真実に目を向けるには難しく、辛いことだ。
聞きたく。
見たくない。
知りたくない。
高槻はどうしてそんなにも、自分に身に起こったことの正体を知りたいのだろう?
でも私は、高槻の次の言葉にハッとした。
知らないより、知った方がいいと思う。
真実から目を背けて生きるくらいなら、そんな目は潰してしまった方がいいと思うから。
辛く悲しい事実が待っているかもしれない。
でも、高槻に手を差し伸べられた尚哉が救われたように、私も高槻の言葉に気づかされた。
目を背けることなく、真っ直ぐ前を見据えること。
真実がたとえ残酷な結末をもたらしたとしても、そこには光がある気がする。
尚哉と高槻の関係が変化する第3話「神隠しの家」は、きっとあなたにも救いをもたらしてくれるに違いない。
まとめ
軽い気持ちで読みだしたら最後。
きっと高槻のキャラクターに翻弄され、いつの間にか読み終わっていることだろう。
怪異の正体はあっけないものかもしれないけれど、人間の業の深さと嘘が故の特性の恐ろしさも感じられる。
もしかしたら、今までついた自分の「嘘」を振り返ることになるかもしれない本だ。
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