短編集は基本的に順番に読むのが正解。
けれど今回は、短編集を読む順番という概念を壊しにいく。
軽妙洒脱なミステリたちを、3つのカテゴリに分けてご紹介!
目次
こんな人におすすめ!
- 古典ミステリが好きな人
- 一筋縄ではいかないミステリが好きな人
- 純粋なミステリではもう満足できない人
あらすじ・内容紹介
雪の中に残された足跡は被害者と加害者。
しかし、加害者の足跡は被害者のもとでぷっつりと消えており、加害者が戻って来た足跡はどこにもない。
加害者はいったいどうやって逃げたのか。
下宿屋に部屋を求めた女性がひたすら暗い部屋の中に居続けている理由は……?
駅でベンチに座る、その罪を糾弾され続ける男。彼が待ち続けているものとは……?
自殺した男だけに生前に聞こえていた声の正体は?
下剋上に失敗したギャングの次なる一手とは?
短編の名手であるフレドリック・ブラウンが、名作ミステリ新訳プロジェクトで蘇った!
本格ミステリ風味、ひたすら不気味、止められない悲劇、心をえぐる皮肉。
そして最後に待ち受けるのは、最高で最強の「後ろを見るな」。
どこから読んでも面白い。
どこを読んでも面白い。
一筋縄ではいかないミステリの数々をどうぞご堪能あれ。
『真っ白な嘘』の感想・特徴(ネタバレなし)
謎解き系。きれいに騙されるほど快感が生まれる!
18個の短編のうち、5つがいちばん本格ミステリの風を感じる。
この5つが最も「本格ミステリっぽい」作風だ。
- 「笑う肉屋」
- 「四人の盲人」
- 「闇の女」
- 「出口はこちら」
- 「真っ白な嘘」
どの作品も短いながらも、きちんと起承転結があり、ミステリとしての盛り上がりがある。
もちろん答えもちゃんとラストで示されるので、読み終えた瞬間すっきり、にんまりできる。
各短編はミステリの要素を忠実に踏襲しており、例えば「笑う肉屋」は雪中の足跡もの。
死体までの足跡はきちんと2組あるというのに、加害者の足跡だけ死体のそばでぷっつりとなくなっているという、ミステリとしてはよくある設定だ(しかし、これの結末はよくあるものではないので、覚悟して読むように)。
「闇の女」「出口はこちら」はラストの展開がこれまた秀逸。
タイトルもにんまりしたくなるほど、ぴったりなのだ。
「真っ白な嘘」は疑心暗鬼もののミステリなのだが、事件そのものよりも妻の刻一刻変わっていく心情がとても面白い。
心理トリックまでとはいかないけれど、十分にその心理描写だけで魅せられる作品だ。
謎解き系の系統としては、1つも純なミステリがないことが特徴に挙げられる。
つまり、大枠としてはミステリなのだけれど、純然たるミステリではなくて、どれも創意工夫がされているものばかりなのだ。
その創意工夫の仕方がまた凝っていて、「四人の盲人」なんかは冒頭で読者を上手にミスリードしている。
わずか14ページの物語で読者を誘導し、結末を間違った方へと導こうとするが、ラストでものの見事にひっくり返してくれる。
謎解き系のカタルシスはそこにある。
きれいに騙されるほど、快感が生まれるのだ。
謎が解けないことへの悔しさよりも、私はその答えに唖然としたい派なので、同じようなことを思う人は是非ともこの謎解きカテゴリの短編を続けて読んでみてほしい。
きっと謎が解ける快感と、その謎に対する解答の鮮やかさ、そして用意されている真実にびっくり仰天するだろうから。
不気味・悲劇系。「叫べ、沈黙よ」この矛盾に背筋凍る
次のカテゴリは「不気味・悲劇系」。
この短編集は一応ミステリという大枠に入っているので、「不気味」「悲劇」とくくってはいるけれど、もちろん大本はミステリ。
けれど、このカテゴリに分けたものはミステリの中でもどこか不気味で、人間の弱さ故に招いた悲劇的な結末だったり、後味が悪いものばかり。
ラインナップはこちら。
- 「世界が終わった夜」
- 「叫べ、沈黙よ」
- 「背後から声が」
- 「キャスリーン、おまえの喉をもう一度」
- 「むきにくい小さな林檎」
- 「カイン」
なかでも「叫べ、沈黙よ」は一級品。
お気づきだろう?
「叫べ」「沈黙よ」。
沈黙していたら叫ぶことはできない。沈黙は叫ぶことができない。
矛盾するタイトルのこの物語は、ひときわ不気味、そしてひときわミステリらしいラストが待っている。
物語はこうである。
ある男が駅のベンチに座っており、駅員は彼の罪を、男の存在を尋ねてくる乗客に糾弾しつづけている。
しかし、男は耳が聞こえていないという。
いや、本当に聞こえていないかはだれも分からない。
男が駅を立ち去るときにとった行動が、背筋を凍らせる。
そして、そのタイトルの矛盾の意味も分かってくる。
読み終えても一瞬「どういうこと?」と、頭の中で処理しきれないかもしれない。
ほんの数ページの物語だというのに。
でもよく注意して結末へ向かう文章を読んでみてほしい。
ほどけるように明かされるこの真実に、読者は震えるしかない。
映像にしたら一瞬、絵にしても1コマにもならないほどの場面。
しかし、文字だけで紡がれたこの瞬間の空気が凍り付くシーンがよく練られて書かれている。
硬質な文章ではないのに、硬くこわばる物語。
このカテゴリは基本的に暗い物語が多いので、読むと気持ちも暗くなるかもしれない。
が、しかし、それ以上に文章でしか魅せることができない緊張感があるので、「このあとどうなるんだろう」とハラハラしたいならこのカテゴリをつづけて読むことをおすすめする。
ホラーが好きな人にも絶対に満足してもらえるはずだ。
皮肉系。若者の政治への無関心さを皮肉る「町を求む」
最後のカテゴリは「皮肉系」。
皮肉な結末だったり、読み手への皮肉だったり。
山椒のように辛味の効いた物語たち。
こちらがその皮肉たっぷりの作品群。
- 「メリーゴーラウンド」
- 「町を求む」
- 「歴史上最も偉大な詩」
- 「アリスティードの鼻」
- 「危ないやつら」
- 「ライリーの死」
皮肉というのは「遠まわしに意地わるく弱点などをつくこと」(広辞苑より)。
日常生活ではもちろん、歓迎されない。
しかし、皮肉の効いた物語というのは読んでいてどこか笑えてくるし、おそらく皮肉られている対象が個人(自分)ではないから安心して読めるのだ(実際に正面きって皮肉られたら、腹しか立たないだろう)。
ところであなたは、選挙権が与えられてからきちんとその権利を行使しているだろうか。
え?もしかして1回も選挙に行ったことがない?
だとしたら、「町を求む」のような展開になっても文句は言えないだろう。
「町を求む」は下剋上に失敗したギャングの物語。
ギャングは次なる支配するための町を品定めするのだが、それはもう、本当に現代の日本を皮肉っていて怖い(著者はアメリカ人だというのに)。
ギャングが求めているのは、己の町のお役所仕事にも、己の国の政治にも全く興味がない住人のいる町。
ギャングの最後の言葉がまたスパイスが効いている。
友よ、それこそおれが求めている町だ。近いうちに会おう。
作品が書かれたのは1940年代とずいぶん昔のことだというのに、今の日本の若者の政治への無関心さを完全に皮肉っているようで恐ろしい。
「投票へ行かない選挙に文句は言えないだろう?」
「よく考えてもいない政治への文句をお前は言えるのか?」
そんな著者の言葉が聞こえてきそうである。
どの物語も痛いところをつかれており、冷や汗をかきながらこのカテゴリを読んでみる。
しかし、こうも皮肉を真っ向から書かれると、自分(読者)に言われているであろうことなのに、他人事のように思えてしまうから不思議だ。
「遠まわしに意地わるく」なはずが、「真っ正面から正直に」皮肉を言われているというのに。
まとめ
さて、3つのカテゴリを読んだあなたに最後に待っているのが、「後ろを見るな」である。
大丈夫、これで最後だから。
とびっきりの「ミステリ」と「不気味」と「皮肉」をあなたへ。
この記事を読んだあなたにおすすめ!
書き手にコメントを届ける