もし「タイムマシン」が存在するならば人は何をするのだろうか?
毎日、後悔ばかりの人ならば過去に戻ってやり直しをするだろうし、楽して儲けたい人なら未来で競馬の結果を知り万馬券で一生遊んで暮らすであろう。
この夢のようなタイムマシンという概念を初めて小説にしたのはSF作家、H・Gウェルズ。
彼は、著作『タイムマシン』で80万年後の人類の結末という壮大なテーマを描いた。
今回紹介する『夏への扉』も同じく時間移動モノであるが、80万年もの時間移動はしないし、人類の結末なんて大それた話は出てこない。
あるのは、信頼していた人間の裏切り、飼い猫ピートとの友情、少女リッキィとの別れと再会、という人生における、怒り、悲しみ、喜び、愛といった普遍的なものである。
特に日本では根強いファンが多く、この作品の題名からペンネームをつけた作家がいるほど、影響力が大きい作品なのである。
こんな人におすすめ!
- 時を超えた友情、愛を楽しみたい方
- タイムパラドックスのロジックを楽しみたい方
- 「過去の作家が空想した未来」と「今の世界」を比較したい方
あらすじ・内容紹介
1970年、ロサンゼルス。
6週間戦争で、アメリカはいくつかの都市に核攻撃を受けたものの、戦後復興を成し遂げつつあった。
加えて戦争と国家間の対立は、世界に飛躍的な技術進歩をもたらした。
身体を冷凍させ数十年間眠らせる「冷凍冬眠」はその代表であり「本人は一晩眠っただけだが目覚めるとそこは何十年後の世界」いう未来への片道タイムマシンでもあった。
主人公は優秀な技師である青年ダン。
彼は、家事用ロボット「文化女中器」を開発し、親友のマイルズと会社を立ち上げ、事業も波に乗り始めていた。
会社にはベルという美人秘書も加わり、ダンはベルにプロポーズ。
すべては順調であった。
だがマイルズと経営方針で食い違ったのが破滅のはじまりであった。
実はベルは、裏でマイルズを篭絡し、すべての利益を己のものにしようと企む恐ろしい悪女であったのだ。
2人の裏切りに気づき、怒りに燃えるダン。
だが時すでに遅し、ダンは冷凍冬眠に送られようとしていた。
ダンは飼い猫ピートと、ピートを心の底から大切にしてくれる11歳の少女リッキィの存在だけが気がかりであったが、一晩眠り目覚めたのは西暦2000年の世界。
30年後の世界で、ダンが見た世界、取った選択とは・・・
『夏への扉』の感想・特徴(ネタバレなし)
人間ドラマとタイムパラドックスのロジック
この作品の面白いところは「人間ドラマ」と「タイムパラドックス」がうまく融合し、長編作品としての重厚さを生みだしているところである。
「タイムパラドックス」ものはハインラインを含めたSF作家たちがすでに「小話」的な短編を数多く作っていた。
では長編であるこの作品の魅力は何か?
それは「人間ドラマ」要素である、「ダンが様々な経験を通し目的が変わり成長していく」ことと、「タイムパラドックス」要素である、「西暦2000年の世界で、ある博士との出会いによる、驚くべき展開」である。
実は、ダンは西暦2000年の世界で色々と調べていくうちに奇妙な事に気づいていく。
「1970年で自分が考えていた発明品・文化女中器。それをさらに改良した発明の特許を取った人物の名が、自分と同姓同名の人間であったこと」
もちろんダンが特許を取った記憶はない。
一体これはどういうことなのか?
ダンは、様々な事をきっかけに、復讐や金儲けよりも大切な事に気づいていき、そのことが運命を変えていくのである。
もうお気づきの方もいるかもしれない。
実は本書は不朽の名作映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の原型となった作品なのだ。
特に「タイムパラドックス」部分のロジックは非常に影響を受けていると感じられた。
描かれた未来の技術・社会
「どのような未来を描くか?」
これはSFの命題であり、19世紀のSF元祖であるウェルズ、ヴェルヌ時代から続いてきたSF作品の系譜ともいえよう。
本書の舞台は1970年。
作品が書かれた1956年から数えると「14年後の未来」であった。
その1970年のさらに30年後の西暦2000年の世界も出てくるため、書かれた時代の50年も先を描いていたのである。
では、『夏への扉』で描かれた西暦2000年の世界を紹介してみたいと思う。
加えて現実の2020年の今、それが実現したかどうかも考えてみよう。
「未来技術」
空中文字
主人公ダンが病院のベットで寝ている時、「ただいままいります」の文字が宙に浮かぶと同時に看護婦がやってくる。
○ホログラフの文字は実現。
害のないタバコ
病院の医師がダンを落ち着かせるためにタバコを勧める。
ダンは1970年ではスモーカーだったものの30年の冷凍冬眠でタバコが不要な体に。
ちなみに医師曰く「このタバコに全く害はない」とのこと。
△電子タバコの普及で実現したが、電子タバコが完全に無害とはいえない。
映画は無くなり映動(グラビー)という体験型の娯楽
△3D映画の普及。ただし映画は無くなっていない。
薄すぎすぎる新聞
新聞のあまりの薄さに戸惑うダンだが、触れた途端、紙が広がり読めるようになる。
○電子書籍そのもの。スマホ・パソコンの概念。
勤勉ビーバー17A型
人語は理解しないが簡単な命令で様々な家事をしてくれる万能家事ロボット。
○ルンバをはじめとしたスマホと連携した家事道具等。
むしろ現実の人工知能の進歩は『夏への扉』よりも上。
※この万能家事ロボットの原型を作ったのは1970年のダンであり、物語の軸となっていく。
「未来社会」
新聞に載っている記事の一部であるが、こちらも技術以上に面白い。
ハインラインが予言した50年後の「未来社会」といえる。
月世界定期便が流星回避のため空中に待機。宇宙ステーションが損傷
△宇宙ステーションは実現。月世界定期便はまだだがそろそろ実現可能か?
白人四人、ケープタウンで黒人のリンチにあう。暴動鎮圧を提訴
○1956年は白人が黒人に殴られるなど考えられなかった。
つまりそれほど、一部白人の黒人や有色人種への差別は徹底しており、ありえないことと考えられていたのである。
人種問題は未だに解決していない。
人工授精母性団体、賃上げ要求のための組織を結成し、未登録者の非合法化
×現代にこのような事が行われたら大問題であるが、自由化が行き過ぎたら実現してしまうかもしれない未来かもしれない。
しかも未登録者の非合法化というのがあまりにもリアルすぎるためゾッとする。
ロス市警の武器が光線銃
△「ロス警察が光線銃を装備」というのは聞いたことないが、米軍は光線銃を持っているとかいないとか。
「未来文化」
またダンは目覚めた2000年の世界で、人々の会話に戸惑う。
これは、30年の間に会話や話し方が変わってしまったためであるが、40年前のスラングが現代人に通じないのと同じであろう。
「ザギンでシースーを食べよう」
「シャバいね」
「マンモスうれぴー」等々。
今の時代、果たしてどれだけの人間が理解できるであろうか?
この様に、ハインラインは、「技術」「社会」「文化」を通して未来を描いた。
しかも14年後と50年後の2段階の未来を、だ。
ハインラインがSF作家の大御所という証であるといえよう。
作品が書かれた時代
今でこそSFは一般化されたジャンルであるが、作品が出された1956年は、日本では一部の限られたマニアが読むものとされ「SFを出す出版社は潰れる」と言われたほど一般受けしないジャンルであった。
日本でも戦前から海野十三などのSF作家はいたものの、どちらかと言えば「子ども向けの空想話」という評価が多く科学的御伽噺扱いでもあった。
加えて手塚治虫、藤子不二雄等、漫画家たちが奮闘していたものの、これもやはり漫画であるため「子供向け」扱いを受けていた。
星新一、筒井康隆、小松左京、半村良等の社会性を含んだSF小説が世に浸透するにはもう少し時間を待たねばならなかった。
一方アメリカはこの時期SF黄金期。
文壇での地位は日本と同じく低かったものの、本書の作者であるロバート・A・ハインラインやアーサー・C・クラーク、アイザック・アシモフなどの怪物級の大物たちが続々と傑作を生み続けていた。
彼らの作品が日本のSF作家、漫画家たちへ多大な影響を与えたのは言うまでもない。
まとめ
「現在」「過去」「未来」を行き来するタイムトラベルモノ。
日本では「小説」以上に「マンガ」「アニメ」「ゲーム」で好まれるジャンルであり、例をあげればキリがないほどだ。
かの「ドラえもん」も元々は、のび太の子孫セワシが「借金が多すぎて貧乏なため、先祖であるのび太にしっかりしてもらう」ためドラえもんを現代に送り込むという設定がある。
映画「ターミネーター」もロボットの敵である人類軍のリーダー・ジョンコナーの存在を消すため、現代に暗殺者を送り込んでくるという、時間ロジック的には「ドラえもん」と同じなのである。
「ダメなご先祖をしっかりさせるため」と「人類の救世主の抹殺」とではスケールが違うかもしれないが。
ただロジックとしての「現在」「過去」「未来」の組み立て方は、本書が完成された形式をつくってくれたのは間違いない。
身近な人間のタイムトラベルモノの原点である『夏への扉』。
ぜひとも読んでみてほしい。
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