この小説を初めて読んだとき、私は21歳だった。
「結婚」や「仕事」に悩む大人の女性の気持ちを理解するにはあまりに若く、傲慢だった。
あれからずいぶん時が流れた。
三十路の手前になり、ふと本棚で目に付いたこの本。
何となく読み始めて気が付く。
なんだこれ、めちゃくちゃ刺さる。
社会人だからこそ悩む、女性の恋。
社会人だからこそ買える、女性の服。
今恋をしている女性もそうでない女性も、きっと新しい洋服を纏って外に出たくなる。
目次
こんな人におすすめ!
- 恋人の気持ちがわからなくなった人
- 自分のワードローブに飽きてきた人
- これまでとは違う自分になりたい人
あらすじ・内容紹介
渋谷の喧騒を抜けた先にある、セレクト・ショップ、「Closet」。
店主はカナメという、長身で無口なセンスのいい女性。
その店の試着室は広々として、居心地がいい。
ここには様々な女性が訪れる。
恋に、仕事に、人生に。
カナメは彼女たちの物語にそっと寄り添い、最高の1着を勧めるのだった。
高校時代から続く恋人との関係に悩むメイコはネイルサロンで働く27歳。
彼女はある不満を募らせていて……
(「あなたといたい、とひとりで平気、をいったりきたり。」)
15歳差の彼と11年間不倫を続けるクミ。
いつまでも若々しくいようと決意していたが……?
(「悪い女ほど、清楚な洋服がよく似合う。」)
9歳年下の後輩に恋をしたチヒロ。
彼と出会いクローゼットのほとんどを入れ替えた。
しかしある日突然……
(「可愛くなりたいって思うのは、ひとりぼっちじゃないってこと。」)
後輩の結婚式の祝辞を任された独身のアユミ。
しかし彼女は憂鬱だった。
理由は過去の恋愛にあって……?
(「ドレスコードは、花嫁未満の、わき役以上で。」)
マサコは「普通」な自分が嫌いで、写真家の恋人にふさわしい「個性的」な女になりたかった。
そこでカナメにある「お願い」をするが……?
(「好きは、片思い。似合うは、両想い」)
すべての女性を応援したくなる、全5作品の短編集。
『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』の感想・特徴(ネタバレなし)
甘くて、ほろ苦い。大人女子の恋愛モチベを高める1冊
三十五歳になって、こんな気持ちになるなんて思わなかった。涙をこぼすような恋愛は、もうしないと思っていた。感情は、年を取らないのかもしれない。対処の仕方が大人になっていくだけで。
おすすめポイントの1つ目は、20代後半から30代後半にかけての大人女性たちの恋愛観を真正面から描いていることだ。
社会経験を積み大人になってくると、別れの辛さも味わった分、どうしたって恋愛にどっぷりハマることに臆病になってしまう。
けれど、それでも懲りずに私たちは誰かを愛する。
この本に出てくる5人の主人公たちも同じで、誰もが自分にとっての幸せを手探りで探している。
高校時代からの恋人とマンネリ中のメイコ、11年間不倫中のクミ、9歳年下の後輩に恋したチヒロ、後輩の結婚式の祝辞を頼まれたアユミ、写真家の恋人との関係に悩むマサコ。
誰だってはじめから不幸になろうと思って人を好きになる人はいない(例外はあるけども)。
自分の隣にいる誰かを本気で愛したことがあるからこそ、彼女たちは傷つき、悩み、怒り、泣き、喜ぶ。
この鍋は、この冬何回目の鍋だろうか。そう考えると、メイコは切ない気持ちになった。悲しいとも情けないとも違う、なんとも言えない切なさ。日本の二十七歳女子の中で、わたしの年間ポン酢摂取量は、群を抜いているはずだ。良太郎と結婚しても、このまま鍋を食べ続けるのだろうか
思わず仲の良い女友だちの恋愛相談を聞く感覚で「ほんとわかる~」「いやアンタそれは流石にマズいって」と頷き、つっこみたくなってしまう、ストーリーテリングの上手さ。
誰かの恋バナからこっそり元気をお裾分けしてもらえたような読後感。
これが1つ目のおすすめポイントだ。
「洋服」は明日の自分の背中を押してくれるもの
おすすめポイント2つ目は、「Closet」の洋服を通し女性たちが勇気や発見を貰っていることだ。
店主のカナメは、すらっとした長身にセンスのよい着こなしが似合う三十代の女性。
ここに取り揃えられているのは、流行に左右されず、カラダをきつく締めあげることもない、肌ざわりがよく着心地もふんわりとした上質な衣服たちだ。
カナメさんは、洋服とはただ着られればいいだけのものではないことを教えてくれる。
泣きそうな心を引きずって試着室に籠った女性に、カナメは心を晴らすための似合いの1着を提案する。
アユミは、自分のコンプレックスだったいかり肩や、薄い胸、骨張った脚が、ぜんぶ長所に変わって見えることにびっくりした。ここまで大胆に露出すると、骨格の美しさが際立つのだ。このドレスは甘さと辛さの両方を持っている
わたしは白いカプリパンツに、自分を無理に合わせようとしていた。「わたしに似合うパンツ」ではなく、「白いパンツに似合うわたし」に固執していたのだ
様々な悩みを抱えた女性たちがClosetを訪問し、カナメの接客と洋服に心を癒され活力を手に入れ、日常に戻る。
この流れがなんとも心地よく勇気を貰える。
また、洋服ひとつ、着こなしひとつの表現をとっても、カナメさんの言葉から洋服を本当に愛していることが伝わってくる。
それは作者である尾形さんの他者を見つめる眼差しでも同じだ。
最後はその部分に触れて、文章を締めたい。
女性の生き方を肯定する作者の優しい眼差し
最後のおすすめポイントは、女性の生き方を肯定してくれる尾形さんの優しい文章表現だ。
恋愛、仕事、結婚、育児。
年齢を重ねれば重ねるほど、女性の人生にはイベントが増え、自分がそれに参加するにせよ、しないにせよ、周囲はやたらと共通の話題としてそれらをあげる。
けれど、それは本当に自分が望んでいることなのだろうか。
最終話でマサコが恋人の同僚のファッションを真似しようとして気づいた以下の引用は、物語全体のテーマを問いかけている気がした。
「個性」とは、「人とは違う何か」だと思い込んでいた。人と違うのが「個性」ではなく、自分らしいのが「個性」なんだ。正しいことは、退屈なだけじゃないのかも。誰かに嫉妬して、必死で真似をしても、ちっともかわいくなんかなれない
誰かが着ていたから、勧められたから、有名人が使っていたから。
そのような理由で即物的に欲しがった洋服たちが、クローゼットにはいくつ眠っているだろう。
それよりも、本当に今の自分にふさわしい洋服だけを身に着け、会いたい人に会いに行く。
そういう生き方のほうが、限りなく充実している気がする。
この試着室で着替える女の子たちは、何を考えてこの鏡と向き合っているのか。誰を思いながら、この試着室で新しい服に着替えるのだろう
自分を美しくみせる洋服をわたしも買いにいきたい。
そんな風に感じる作品だった。
まとめ
以上、おすすめポイントをご紹介してきた。
服を買う時、もしも試着室で思い出す誰かがいるのなら、それは恋なのかもしれない(オフィスカジュアルを意識しすぎて取引先の色ボケおじさんを思い出したそこのアナタ、どんまい)。
新しい服をおろして、誰かに会ったり、行きたかった場所に出かけたりする瞬間、あなたの人生はすこしだけ生まれ変わる。
そういう瞬間が積み重なって、人を形作ってゆく。
背伸びせず、今の自分が本当に必要としている、お気に入りの1着を買いに行こうと私も思った。
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