原田マハ。
今、最も勢いがある作家の1人ではないだろうか。
2021年には『キネマの神様』や『総理の夫』が映画公開されるうえに、文学賞も受賞した『楽園のカンヴァス』や『リーチ先生』など、キュレーター経験を存分に生かされたアート小説も一定のファンがついているように思う。
だが意外にも、彼女はデビュー間もない頃、恋愛小説や働く女性を主人公にしたワーキング小説などを書いていた。
そんな彼女の小説デビュー作である『カフーを待ちわびて』は、第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、映画化もされている作品である。
沖縄の離島の温かく、うちなーんちゅ時間が流れる穏やかな恋愛小説を紹介したい。
目次
こんな人におすすめ!
- 沖縄地方が好きな人
- 原田マハ作品が好きな人
- 穏やかな恋愛小説を好む人
あらすじ・内容紹介
裏に住むユタのおばあから、「ウラヌシ(お知らせ)のお告げがあった」と伝えられた友寄明青(ともよせ あきお)。
その晩に幸(さち)と名乗る女性からの手紙を受け取る。
遠久島(とおくじま)の飛泡神社(ひほうじんじゃ)で、あなたの絵馬を拝見しました。(中略)
あの絵馬に書いてあったあなたの言葉が本当ならば、私をあなたのお嫁さんにしてくださいますか。
あなたにお目にかかりたく、近々お訪ねしようと決心しています。
明青が住む沖縄・与那喜島(よなきじま)にハイリゾート建設計画を持ち込んだ幼馴染・照屋俊一(てるや しゅんいち)に連れられ、彼がリゾート建設に係わったという北陸の孤島・遠久島に行った時、明青は神社の絵馬にこう書いた。
嫁に来ないか。幸せにします。
与那喜島 友寄明青
幸の手紙は、この絵馬への返事だった。
そして、手紙のとおり、明青の前に現れた幸。
美人で人当たりが良く、沖縄特有の風習や言葉にも馴染む幸は、あっという間に島の有名人に。
そして、共に暮らす明青にも優しい変化が訪れる。
明青は幸に、本当に嫁に来てほしいと思っていた矢先、幼馴染・新垣渡(あらがき わたる)から、幸についてのある事実を知らされる。
『カフーを待ちわびて』の感想・特徴(ネタバレなし)
主人公・友寄明青とウラヌシを告げるユタのおばあ
本書の主人公・友寄明青。
与那喜島で雑貨店・友寄商店を営む、35才の独身男性だ。
父は幼い頃、漁に出て亡くなり、母は明青を置いて出ていったきり帰ってこない。
同居していた祖母は7年前に亡くなったため、1人になった。
その代わりだが、友寄商店の裏に住むユタのおばあは、家族みたいな存在である。
おばあは島にいる唯一の巫女(ユタ)である。本当はとっくに引退したいらしいのだが、後継者もなく、八十六になったいまでも現役だ。毎日誰かの相談に乗ったり、御願(ウグヮン)かけを引き受けたりしている。
おばあは巫女であるが、神社にいる巫女とは様相が異なる。
沖縄にはいまも各地にユタが存在し、地域の要になっている。代々、ユタをやっている家系もあるが、ユタになる人は『サーダカンマリ』といって、生まれつき霊感が備わっている。(中略)
「医者半分、ユタ半分」というくらいで、病気になっても夫婦喧嘩をしても、頼りにされる存在だ。
ユタは沖縄に住む人々の生活に密着した存在なのだ。
ただし、普通の人は神託が聞き取れるわけでないので、いい加減なユタもいるという。
しかし、このおばあは、少なくとも明青にとっては、いい加減なユタではない。
このおばあは本物の神人(カミンチュ)だ、と明青は信じていた。血縁関係があるわけではないが、あらゆる意味で明青には特別な存在である。
(中略)そして、何よりその霊感はほとんど神がかっていた。
遠い昔、子供ながらにおばあのウラヌシ(お知らせ)が的中することに心底畏れをなしたものだ。
出稼ぎで漁に行っていた父の事故死、そして弟の死産のあと、ふいにいなくなってしまった母に告げた言葉。
ことあるごとにウラヌシ(お知らせ)を告げられたので、明青はそのつどおっかなびっくりだった。
ことあるごとに明青へウラヌシを告げてきたおばあ。
「幸」の来訪を告げたウラヌシにも、明青には何か予感めいたものを感じ取ったのではないだろうか。
進む与那喜島のハイリゾート建設計画と反対する明青
昔ながらの伝統が色濃く残る与那喜島だが、明青の幼馴染の俊一は、この島にハイリゾート建設計画を持ち込んでいた。
島は長らく陥っている財政難で、ほとんど救いようのない状態に追い込まれていた。(中略)悪化する一方の財政に村が頭を抱えているところへ、俊一の会社がリゾート計画を持ち込んだ。(中略)俊一の持ち込んだ計画はよく練られていた。豪華な施設を建設するばかりではない。(中略)村にとっては財源が増えるほか、地元の雇用促進、観光の活性化など、悪いことはひとつなかった。先の村議会では、ほぼ全会一致でリゾート開発事業の誘致が決定された。
しかし、明青とおばあはその計画に反対している。
自分たちは移住しなければいけない地域に住んでおり、おばあの高齢を理由に移住が難しいと主張しているが、本当の理由は違う。
というより、明青も俊一によって気づかされた。
リゾート建設計画に反対する理由は、自分を置いていなくなった母をずっと待っているからなのだ。
時々、語られる母との思い出。
自分があの時こうしていれば、母は出ていかなかったのではと、明青は後悔がずっと残っているのだ。
おばあがいるとはいえ、35才まで独身でいるのも、毎日変わらない日常を過ごすのも、明青は母の面影を追っていたのかもしれない。
それゆえ、明青の前に突如現れた幸は、母に代わる存在なのかもしれない。
「幸」はカフーなのか
島の方言『果報(カフー)』には、『いい報せ』と『幸せ』のふたつの意味がある。
カフーと同じ意味の名前を持つ「幸」。
突然、明青の前に現れて、共同生活を始める。
しかも幸は、
驚くほど色白だ。
まるで太陽の光を、生まれてから一度も浴びたことがないように白い。(中略)胸の鼓動が再びおさえきれないほど高まった。
…でーじ、美らさんだ。
幸は美人なだけでなく、気難しいおばあも興味を引く存在だ。
島独自の風習について、幸はおばあに何でも根気強く聞くのだ。
その様子は、島に馴染もうとする幸の積極的な姿勢が伺える。
また、幸とおばあのやり取りは、本土の人間が見た与那喜島を説明しているかのようで、読者はより、与那喜島の生活を身近に感じられるのだ。
幸との生活やおばあとのやり取りを見て、本当に嫁に来てほしいと願うようになった明青。
しかし、幸の身の上や過去が語られている場面は驚くほど少ない。
彼女は一体何者なのか?
幸は明青にとって、カフーなのか?
この先は読んでのお楽しみである。
まとめ
沖縄の離島に流れる温かい空気、密な人間関係、土着の信仰、明青と幸の揺れる心、リゾート建設計画、すべてが丁寧な描写で書かれており、一つ欠けても物語は成り立たないと感じた。
本書はジャンルでいうと、恋愛小説に分類されると思うが、男女の情熱的な愛というよりは、沖縄の風が包み込むような温かい穏やかな恋愛模様という雰囲気を持っている。
この穏やかさが読者に心地良さをもたらしているように思う。
最後になるが、スピンオフ小説として『花々』という本も出されている。
『カフーを待ちわびて』を気に入った方、続編が気になる方は、そちらもあわせて読んで欲しい。
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