『震雷の人』あらすじと感想【亡き人のため、兄妹は戦禍に身を投じる】

『震雷の人』書影画像

平穏な暮らしをしていたにもかかわらず、突然世の中が変わってしまう。

私たちは新型コロナウイルスの出現により、まさにそのことを実感した。

歴史を紐解くと、新型コロナウイルスのような感染症の出現は、幾度となく人々に脅威を抱かせた。

また、自然災害や戦争・内乱も同様だ。

今回紹介する、千葉ともこさんの『震雷の人』は、まさに内乱の勃発により、激動の波に飲み込まれる2人の兄妹とその友人の物語である。

デビュー作である本作で、第27回松本清張賞(2020年)を受賞した著者が綴る歴史物語を少し語りたいと思う。

こんな人におすすめ!

  • 中国史に苦手意識がある人
  • 大河ドラマのような小説を読みたい人
  • 文学賞を受賞した作品に興味がある人

あらすじ・内容紹介

平宝14載(西暦755年)11月。時は唐王朝の時代。

首都長安から約2000唐里(約800km)東北に位置する平原群で、群兵の大隊長を務める張永(ちょうえい)は、妹・采春(さいしゅん)と親友・顔季明(がんきめい)の結婚を待ち望んでいた。

顔季明は張家にはもったいないほど、格式の高い家柄の出であるが、上下関係に頓着しない性格でウマが合った。

また、采春は当時としては行き遅れの19歳だが、負けん気が強いうえに、当時の女としては珍しく武芸に秀でていたため、縁談がなかなかなかった。

この善き縁談を控え、双方着々と準備を進めていた。

ところが、結納を翌日に控えた日、安禄山(あんろくざん)が兵を挙げ、叛乱を起こし、平原には息子の安慶諸(あんけいしょ)が攻め込んできた。

この日を境に、季明、張永、采春は戦いへ身を投じることとなる。

当初は劣勢と思われていた叛乱軍だったが、常山など周りの群が叛乱軍に奪われた。

このとき、季明は安禄山に囚われ、殺されてしまう。

その報を聞いた采春は仇を討つべく、安禄山が建国した燕国首都・洛陽へと単身向かう。

『震雷の人』の感想・特徴(ネタバレなし)

安史の乱とは?

本書はいわゆる安史の乱が舞台となっている。

安史の乱とは、唐王朝皇帝・玄宗の寵妃・楊貴妃と従兄・楊国忠と対立した安禄山が、楊氏排除を掲げて起こした9年にも及ぶ大規模な叛乱である。

本書はその中でも、叛乱が起きてからの2年間が描かれている。

叛乱の規模が大きかったこともあり、死者も1,300万人から3,600万人ともいわれている。

本書では、安禄山や安慶諸のように現代まで名が残っているものも登場するが、張永や采春のように歴史に名は刻まれていなくても、戦いに身を投じた者たち、そして安禄山らが制圧した都市で戦火に巻き込まれた人間も多く登場する。

そんな名もなき戦士たちや、当時生き残っていた人々の視点で、安史の乱が語られている。

顔季明が語る理想の文官

安史の乱で命を落とした顔季明。

彼はまだ齢16であったが、顔家が高官を多数輩出する家のため、彼自身も文官を目指していた。

生前、張永・采春兄妹に将来自分がなりたい理想の文官像をこのように語っている。

「私はずっと考えていたのだ。武力も律令も、人を動かすといえるのか?」

「人を強いて動かすのだから、間違いではないと思うけど。季明は、違うと?」

采春の問いに、季明が深く頷く。

「強いられて動くのではなく、人が自らの意思で動かえば意味がない。真に人の身体が動くときとは、心が動いたときだと私は思う。ゆえに、まずは人の心を動かさねば。心が動けば、身体が動く。人の身体が動けば、世が動く。しかし、そもそも人の心は何で動く?(中略)私は字だと思っている。字とはただの容ではなく、言葉も字を口にしただけの単なる音ではない。活きて、人の芯である心を打つ。ゆえに、私は文官になりたい」

武力と律令が人民を支配していた唐の時代に、「文字」で人の心、ひいては世の中を動かすという季明の主張は、異色に見える。

だがもしかすると人々は、武力のない平和な世界を願っていたのかもしれない。

武芸に秀でている張永も采春も、季明が文官になったら、「文字」でもって、平和をもたらしてくれると信じていたかもしれない。

それほど、力強い文官の理想像だったのだろうと思われる。

それゆえ、張永にとっては親友、采春にとっては婚約者を、安史の乱、つまり武力による叛乱で失ったことは、事実以上の悲しみや怒りがあったのかもしれない

季明の仇を討つ采春と、季明の意志を継ぐ張永

季明の死去を聞くや否や、采春は安禄山がいる洛陽に単身で向かう。

武術に秀でているとはいえ、平原を出たことがない采春は、世間知らずな面が次々と出てくる。

行き当たりばったりな旅路でも、旅一座にまぎれ、安禄山に近い人物に徐々に近づき、安禄山暗殺を企てる。

采春がそこまで動く理由は1つ。

平和を望んだ季明の仇を討つため。

一方、妹とは異なり、平原に残った張永も、巡り巡って、新皇帝がいる霊武の地へ向かうこととなる。

「おれは、季明の元で世を動かすのだと大望を抱きました。ですが、安禄山は、季明の命を奪った。季明の遺志を継ぐことができるのは、この己にほかなりません。ゆえに、戦禍で人々を苦しめた元凶と戦いたいのです。

唯一の肉親、母を残して平原を発つことに躊躇いもあった張永だが、季明の遺志を継ぎたい思いが勝ったのだ。

張永と采春、2人がとった行動は異なるが、季明を失ったことの大きさ、そして、季明の望んだ戦乱のない平和を望む想いは重なっていると思った。

しかし、この兄妹は思わぬ場所で再会することとなる。

それは読んでのお楽しみ。

まとめ

まるで大河ドラマを見ているようだった。

また、張永や采春を始めとした市井の人間の視点で、安史の乱が語られているのも新鮮に映った。

今や教科書や書籍でしか知ることがない安史の乱だが、その時を生きていた人々の息遣いを感じた。

平穏に生きていた日々や、慶事の喜びがある一方、叛乱が起きたことで失った多くのものは、胸に差し迫るようであった。

映像で見たいと思わせられるそんな作品である。

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