途中でやめた本の中に挾んだままだった
空気を読むことに忙しくて 今まで忘れてたよ ♫ 栞
クリープハイプというバンドの楽曲、栞の1フレーズだ。
初めてこの楽曲の歌詞を見たとき、美しさに恍惚としたし、痒いところに手が届く表現に興奮した。
本が好きな人は高確率でこの楽曲に惹かれる。尾崎世界観は読書好きが高じて、ニュース番組で本を紹介するコーナーや雑誌での本の書評、帯コメント、解説まで書いている。
好きな人と好きなものを話す時間が気持ちいいように、読書家の尾崎世界観がつくる、本がテーマの曲を聴いている時間は気持ちが良い。
原田宗典の”十九、二十”を読んだのはちょうど19歳の頃だった。クリープハイプが”二十九、三十”という楽曲をリリースしたからだ。
どこで話していたのかは忘れてしまったけれど、元ネタは小説の名前をもじったものと知ってすぐに本屋に駆け込んだ。
当時、僕は専門学生で就活真っ只中にいた。明快だった性格とインターンのおかげで初めての就活をかなり早い段階で終えて、その勢いもあってかイイ感じだった女の子とも付き合い始めた。
「夢が叶った!」そんなことを綴ったツイートには過去最高のいいねがついた。
コインゲームでフィーバーが起こったときのようだった。ちょっとこれはどうにも止まらないなぁとニヤけた口が塞がらない。
“十九、二十”は有頂天な僕とは真逆の物語だった。爽やかよりも虚しさが残る話だったけれど、その虚しさ、恐ろしさの欠片は僕にも刺さった。19歳と20歳の間は決定的な何かがあると思っていたのに、実際は何もない。ただ1歳年を重ねただけ。あの虚無感の正体は一体なんだろう。念願叶った夢だって叶えてしまえば過去でしかない。
嘘をつけば嫌われる 本音を言えば笑われる
ちょうど良い所は埋まってて 今更帰る場所もない
現実を見て項垂れる 理想を聞いて呆れかえる
何と無く残ってみたものの やっぱりもう居場所はない ♫二十九、三十
楽曲の”二十九、三十”も明るくハッピーな曲ではない。読後と同じ、やるせなさは残ったままだ。しかし今までのクリープハイプにはない、確かな希望が紡がれていた。
高校生の頃、上手く言葉に出来ない気持ちを代弁して昇華してくれていたバンドは、時が経って聴く人に勇気を与えるバンドに。
前に進み続ける彼らをみて、頑張ろうと思った。最終面接の前、履き慣れてなくて上手く靴紐が縛れなかった革靴をカパカパさせながら爆音でこの曲を聴いたことを思い出した。最後のフレーズ〈前に進め〉を何度も反芻させて。
尾崎世界観は2冊のエッセイと共作を含む2冊の小説を執筆している。これがもちろん面白い。どの作品にも共通するのは「そんな表現の仕方があったのか」と気付かされることだ。
読み流そうとしても引っかかり、思わず手を止める。立ち止まってよく噛み砕いて、やっと言葉の意味を飲み込める。
言葉と意味がすぐには分からないのは、名作のキャッチコピーを読んでいるときと同じだ。
あの気持ち良い違和感が病み付きになる。それは楽曲の歌詞にも通じている。
この気持ちもいつか 手軽に持ち運べる文庫になって
懐かしくなるから それまでは待って地面に水をやる ♫栞
重過ぎて持てないなら無理して持ち運んだりしなくて良いというメッセージな気もするし、時間が解決してくれるという意味な気もする。
桜散る桜散るひらひら舞う文字が綺麗
サビのフレーズの部分は本が読み終わってしまう寂しさに良く似ている。桜は散る。今日という日が、母のへその緒から地続きだったように、読み始めればいつかは終わりが訪れる。
そういえば地元の桜(河津桜)が満開だということを、同級生が勤めている美容室で聞いた。
桜は散るから美しい、ということに気が付いたのは一人暮らしを始めた頃だった。
海沿いの街で育ったのが僕の誇りで、酔ってしまえば地元のことを「もういいよ」と言われるまで話した。
そんな僕の地元は高齢化し若者も減っている。通っていた幼稚園は閉鎖されてしまった。
桜で言えば、ほとんど散ってしまっている状態だろうか。僕の育った街はどうなるんだろう。
住んでいた過去も簡単なあらすじになって140文字くらいでスッキリまとめられてしまう。辞典のように重たいこの気持ちは現時点では上手く持ち運べそうになかった。
短い春の前には、厳しい冬が訪れる。長くて寒い夜を一人ぼっちで過ごさなきゃいけない日もある。
クリープハイプは尾崎世界観以外のメンバーが全員辞めてしまったこともあるし、信頼していたレーベルに勝手にベストアルバムを出されたこともあった。良いことばかりじゃなかったクリープハイプだからこそ信頼できるし、共感できる。苦しい日も悲しい日も越えた先には、泣きたくなるほど嬉しい日々があることを証明してくれた。
人生に確変はない。本を読み飛ばしては面白くない。日常はずっと地続きだから、誠実に向き合っていくしかない。そう気がついた日は、母のへその緒からずいぶんと遠くまで来たなと感じて自分を誇らしく思った。もしかしたら春のせいで気が大きくなっているだけなのかもしれないけど。
うつむいてるくらいがちょうどいい ♫栞
栞の最後のフレーズが気に入っている。
上手くいかない日だってある。不器用な僕はむしろそういう日が方が圧倒的に多い。スマホの画面を明るくし過ぎると無駄に電池を使うのと同じで、無理して笑えば余計に疲れる。
俯いてるくらいが丁度良い。散った桜は地面に咲くから。そう書いている途中、本を読むときの姿勢を思い出してヤラれたなと嬉しくなった。
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町屋良平『1R1分34秒』尾崎世界観が好きな作家。デビュー作と同じボクシングを題材にした物語は原点回帰とも言え、新しい季節にピッタリではないでしょうか。
