『文豪たちの友情』あらすじと感想【儚くも美しい友情】

『文豪たちの友情』書影画像

切っても切れない仲、腐れ縁、静かに育まれた友情。

濃厚な、文豪たちの人間関係。

こんな人におすすめ!

  • 文豪同士の熱い友情が知りたい人
  • 文豪に意外な交友関係が知りたい人
  • 「熱い友情」のエピソードが読みたい人

あらすじ・内容紹介

仲が良すぎて男色(男性同士の恋愛)を疑われた佐藤春夫(さとう はるお)と堀口大學(ほりぐち だいがく)。

お互いに90歳ほどまで生き、最後の最後まで本当に仲が良かった志賀直哉(しが なおや)と武者小路実篤(むしゃのこうじ さねあつ)。

夏目漱石(なつめ そうせき)を「畏友」と呼び、遠慮なく互いの作品について批評しあった正岡子規(まさおか しき)。

借金を繰り返す石川啄木(いしかわ たくぼく)を決して見捨てなかった金田一京助(きんだいち きょうすけ)。

どんなに熱い友情で結ばれていても病には勝てず、友を置いて逝ってしまう人たち。

いがみ合い、憎しみ合い、切りたくても切れない縁で結ばれた人たち。

「友情」という目には見えないものスポットを当て、知られざる文豪同士の繋がりにフォーカスを合わせる。

こんな人との繋がりやあんな人との繋がり、意外と知られていない文豪同士の絆が、静かな感動を呼ぶ1冊。

『文豪たちの友情』の感想・特徴(ネタバレなし)

漱石と子規と言葉と

夏目漱石のことを正岡子規は「畏友」と呼んだ。

意味は「尊敬する友人」のこと。

漱石と子規の友情はどこまでも美しい。

お互いが言葉を扱うことを得意(もしくは生業)としていたからこそ、遠慮なくお互いの文章について批評し合った。

褒めもしたし、悪いところは率直に言い合った。

そういうものが本当の「友情」ではないだろうか。

嬉しいことや楽しいことを共有するのは当たり前だけど、お互いの悪いところまで素直に指摘し、それでもケンカにならない。

2人の友情は「文章」というものを通じて、非常に親密で、その親密さは子規が病に倒れ、漱石が日本を離れてロンドンへ行っても変わらなかった。

手紙という通信手段しかなかった当時、日本とロンドンという海を隔てた場所に離れ離れになってしまったという事実だけがとても切ない。

子規は漱石がロンドンへ留学中に亡くなってしまう。

手紙のやり取りだけはしていたけれど、親友のそばにおれず、親友の死に目にも立ち会えなかった漱石のことを思うと胸が詰まる思いである。

著者の石井さんがこの2人のことを締めくくった言葉がまた一段と美しい。

言葉でつながり、言葉で見送る。

文豪と呼ばれる人たちなのだから、言葉の扱いが上手なのはだれもが知っている。

けれど、互いを最後の最後まで「言葉」というもので励まし合い、支え合った2人の友情には涙せずにいられない。

短い友情だったけれど、それは濃厚で密な関係だった。

割と複雑、でも単純な人間関係

佐藤春夫は室生犀星(むろう さいせい)と友人だし、その室生犀星は萩原朔太郎(はぎわら さくたろう)と友人で、萩原朔太郎は佐藤春夫と友人だった堀口大學と友人で……。

文豪たちの友人関係は、非常に密接で複雑だ。

それは「文壇」という世界が狭かったせいなのか。

それとも、言葉を扱う職業同士、自然と集まってきてしまうのか。

現代は、人間関係の複雑さが悩みの種になったり、自己啓発の本にも「シンプルな人付き合い」などが叫ばれていたりする。

でも文豪たちは、その真っ向から逆をいっていておもしろい。

線で繋いでいけば、相当に大きな紙に文豪同士の相関図が出来上がるだろう。

「人付き合いはシンプルに」という概念はなかったにしろ、自分の友人が別の友人と繋がり、またその友人は自分と繋がり……というのは、どういう気持ちなのだろう。

「この人は僕の友達なんだ!」という嫉妬はしなかったのだろうか。

それを裏付ける証拠はないけれど、ただ1人1人の友人をとても大切にしていたという記録は残っている。

室生犀星が孤独に亡くなった親友・萩原朔太郎に向けた詩が胸を打つ。

はらがへる。

死んだきみにはらがへる

いくら供えても

一向供物はへらない

酒をぶっかけても

きみはおこらない

けうも僕の腹はへる

だが、きみのはらはへらない

死者に向けた善美な詩。

こんな詩を書いてもらえる萩原朔太郎は幸せ者だ。

ケンカしたり、でもやっぱり自然とその人のところへ寄って行ってしまったり、文豪たちの関係は複雑でもり、実は「言葉で繋がる同士」ひどく単純でもあったのかもしれない。

己の文学性を極めつつ、そこで出会った人たちを拒否しない(作品は嫌いだと

否定はしていたみたいだけど……)。

「類は友を呼ぶ」。

まさにこのことわざのような人間模様を、文豪たちは繰り広げていたのだ。

女癖が悪いのか、ただの女好きなのか

谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう)は佐藤春夫に妻を譲渡した有名な事件がある(「細君譲渡事件」)。

あらましを読む限り、この妻の方の意思というか、意見というものが書かれていなくて、なんとなく女性の立場の弱さがうかがえる。

中原中也(なかはら ちゅうや)は同居していた長谷川泰子(はせがわ やすこ)が友人の小林秀雄(こばやし ひでお)の元へ去ってしまうとき、その引っ越しの手伝いを自らもした。

そして一緒に荷物を届けに行く。

いや、いったいどんな気持ちでそんなことしたんだ、中也よ。

太宰治(だざいおさむ)が心中した相手は妻ではなく愛人。

奥さん、いったいどんな心境でこの事件のことを聞いたのだろうか……。

文豪は生活も奔放なら、恋愛事情も奔放。

先のとおり、妻を友人にあげてしまったり(ちゃんと書面にそのことを記してあったらしい。どこで几帳面になってんだ)、出ていく女の荷造りをしたり。

あけすけな恋愛模様に一瞬ひいてしまうかもしれないけれど、ちょっと見方を変えれば素直なんだなと思うこともできる(うがった見方をしなければ)。

素直ゆえに恋愛に対する感情の起伏も激しく、中也は泰子が出ていく心境について、

私は恰度、その女に退屈してゐたではあつたし、といふよりもその女は男に何の夢想も仕事もさせないたちの女なので、大変困惑してゐた時なので、私は女が去って行くのを内心喜びもしたしだつたが、いよいよ去ると決まった日以来、もう猛烈に悲しくなつた

結局悲しいんかい!と突っ込みをいれたくなる文章を書いている。

谷崎も妻を譲渡すると言っておきながら「やっぱりやだ!」と一度言っているあたり、結局文豪は女性もとい恋愛に対してわがままということか……。

文豪は友情とともに、恋愛事情もとってもおもしろく興味深い。

まとめ

隣人の顔すら知らない現代の希薄な人間関係。

その真逆をいく明治、大正、昭和のこてこてな文豪縮図は、現代の私たちから見るとむせ返るほどの親密だ。

うらやましいとは思わない。

人付き合いが苦手な人にとっては、きっとその時代は地獄のように感じるから。

だけども、少し楽しそうに感じてしまうのはなぜだろう。

仲が良くても悪くても、同じ「文学」を志す同士。

どこか心根で繋がっていたのかもしれない。

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