優れた純文学作品を書いた新人作家に与えられる栄誉ある文学賞・芥川龍之介賞。通称、芥川賞。
ここ数年の受賞作品をまとめてみました。
読んでみたい本はありますか?
目次
第162回芥川賞(2019年下半期)
古川真人 「背高泡立草」
草は刈らねばならない。そこに埋もれているのは、納屋だけではないから。
記憶と歴史が結びついた、著者新境地。
大村奈美は、母の実家・吉川家の納屋の草刈りをするために、母、伯母、従姉妹とともに福岡から長崎の島に向かう。
吉川家には<古か家>と<新しい方の家>があるが、祖母が亡くなり、いずれも空き家になっていた。
奈美は二つの家に関して、伯父や祖母の姉に話を聞く。
吉川家は<新しい方の家>が建っている場所で戦前は酒屋をしていたが、戦中に統制が厳しくなって廃業し、満州に行く同じ集落の者から家を買って移り住んだという。それが<古か家>だった。
島にはいつの時代も、海の向こうに出ていく者や、海からやってくる者があった。
江戸時代には捕鯨が盛んで蝦夷でも漁をした者がおり、戦後には故郷の朝鮮に帰ろうとして船が難破し島の漁師に救助された人々がいた。
時代が下って、カヌーに乗って鹿児島からやってきたという少年が現れたこともあった。
草に埋もれた納屋を見ながら奈美は、吉川の者たちと二つの家に流れた時間、これから流れるだろう時間を思うのだった。
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第161回芥川賞(2019年上半期)
今村夏子 「むらさきのスカートの女」
近所に住む「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性のことが、気になって仕方のない〈わたし〉は、彼女と「ともだち」になるために、自分と同じ職場で働きだすように誘導し……。
『こちらあみ子』『あひる』『星の子』『父と私の桜尾通り商店街』と、唯一無二の視点で描かれる世界観によって、作品を発表するごとに熱狂的な読者が増え続けている著者の最新作。
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第160回芥川賞(2018年下半期)
上田岳弘 「ニムロッド」
第160回芥川賞受賞!『ニムロッド』あらすじと感想【わたしたちは交換可能になってしまうのか】それでも君はまだ、人間でい続けることができるのか。
あらゆるものが情報化する不穏な社会をどう生きるか。
新時代の仮想通貨小説!
仮想通貨をネット空間で「採掘」する僕・中本哲史。
中絶と離婚のトラウマを抱えた外資系証券会社勤務の恋人・田久保紀子。
小説家への夢に挫折した同僚・ニムロッドこと荷室仁。……
やがて僕たちは、個であることをやめ、全能になって世界に溶ける。「すべては取り換え可能であった」という答えを残して。 ……
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町屋良平 「1R 1分34秒」
なんでおまえはボクシングやってんの?
デビュー戦を初回KOで飾ってから三敗一分。
当たったかもしれないパンチ、これをしておけば勝てたかもしれない練習。
考えすぎてばかりいる、21歳プロボクサーのぼくは、自分の弱さに、その人生に厭きていた……。
長年のトレーナーにも見捨てられ、先輩の現役ボクサーで駆け出しトレーナーの変わり者、ウメキチとの練習の日々が、ぼくを、その心身を、世界を変えていく――
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第159回芥川賞(2018年上半期)
高橋弘希 「送り火」
春休み、東京から山間の町に引っ越した中学3年生の少年・歩。
新しい中学校は、クラスの人数も少なく、来年には統合されてしまうのだ。
クラスの中心にいる晃は、花札を使って物事を決め、いつも負けてみんなのコーラを買ってくるのは稔の役割だ。
転校を繰り返した歩は、この土地でも、場所に馴染み、学級に溶け込み、小さな集団に属することができた、と信じていた。
夏休み、歩は家族でねぶた祭りを見に行った。晃からは、河へ火を流す地元の習わしにも誘われる。
「河へ火を流す、急流の中を、集落の若衆が三艘の葦船を引いていく。葦船の帆柱には、火が灯されている」
しかし、晃との約束の場所にいたのは、数人のクラスメートと、見知らぬ作業着の男だった。
やがて始まる、上級生からの伝統といういじめの遊戯。
歩にはもう、目の前の光景が暴力にも見えない。
黄色い眩暈の中で、ただよく分からない人間たちが蠢き、よく分からない遊戯に熱狂し、辺りが血液で汚れていく。
豊かな自然の中で、すくすくと成長していくはずだった少年たちは、暴力の果てに何を見たのか――
「圧倒的な文章力がある」「完成度の高い作品」と高く評価された中篇小説。
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第158回芥川賞(2017年下半期)
石井遊佳 「百年泥」
川底に沈殿した混沌
芥川賞を受賞した石井遊佳『百年泥』の語り部は、多重債務返済のため、南インドのチェンナイで日本語教師として働く女性。彼女が現地に暮らしてほどなく100年に一度の洪水が襲い、アダイヤール川が氾濫して川底にあった100年分の泥が流出する。
洪水後、大河にかかる橋の端から端までつもった泥の山は強烈な異臭を放つが、集まってきた地元の人々は、そこから行方不明者や故人を引きずり出し、何事もなかったように会話をはじめる。
他にも、ウイスキーボトルや人魚のミイラや大阪万博の記念コインなど雑多な品々も出てきて、そのたびに語り部の記憶とともに、教え子の過去やインドの因習の内実まで明らかになっていく。
空には、天使のような翼をつけて移動する者たちまで登場する。
過去と現在、生者と死者、現実と幻想……一世紀もの時間をかけて溜まった泥の中ではすべて溶けあって存在し、時にこうして揃って現れては混沌とした世界を現出する。
インドという舞台を活かしたマジックリアリズムといえばそのとおりだが、読後の私は、これは仏教的な思想を反映した物語と感じた。
冗舌な文体が醸し出すあっけらかんとした混沌は、彼我の違いを超えて流れていく私たちの人生、あるいは命を描いた結果なのだろう。
それはまさに川の流れに違いなく、その底に沈殿した泥には現在に隠れた過去も、生者と交わった死者も、達成されなかった希望も眠っている。
鴨長明が「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と書いた川の底には、どんな泥が溜まっていただろうか。
ついそんなことまで想わせる快作。
評者:長薗安浩
(週刊朝日 掲載)
若竹千佐子 「おらおらでひとりいぐも」
74歳、ひとり暮らしの桃子さん。
おらの今は、こわいものなし。
結婚を3日後に控えた24歳の秋、東京オリンピックのファンファーレに押し出されるように、故郷を飛び出した桃子さん。
身ひとつで上野駅に降り立ってから50年――住み込みのアルバイト、周造との出会いと結婚、二児の誕生と成長、そして夫の死。
「この先一人でどやって暮らす。こまったぁどうすんべぇ」
40年来住み慣れた都市近郊の新興住宅で、ひとり茶をすすり、ねずみの音に耳をすませるうちに、桃子さんの内から外から、声がジャズのセッションのように湧きあがる。
捨てた故郷、疎遠になった息子と娘、そして亡き夫への愛。震えるような悲しみの果てに、桃子さんが辿り着いたものとは――
青春小説の対極、玄冬小説の誕生!
*玄冬小説とは……歳をとるのも悪くない、と思えるような小説のこと。
新たな老いの境地を描いた感動作。第54回文藝賞受賞作。
主婦から小説家へーー63歳、史上最年長受賞。
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