目次
あらすじ・内容紹介
クリスマスに浮き立つ世間をよそに、女性を必要としない、あるいは必要とされない男たちがいる。
彼らの嫉妬と妄想はこじれにこじれて狂気を孕み、来たる聖夜をぐちゃくちゃに混乱せしめようと企むのであった。
京都は四条河原町の繁華街にて珍騒動が巻き起こる。
悲しき非モテたちへささげる日本ファンタジーノベル大賞作品。
太陽の塔の感想(ネタバレ)
こじらせた主人公
何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。
なぜなら、私が間違っているはずがないからだ。
街をロマンチックムードに染めるイルミネーションと、ほほえましい恋人たちを祝福する聖なるジングルベル。
胸高鳴る季節がやってきましたが、どうもこの物語には無縁の世界のようです。
主人公の「私」は京都大学農学部を休学中の5回生にてして、女の子と縁のない学生生活を送る非リア充。
作中に登場する友人たちも、揃いもそろって天性のモテなさを発揮する、男の腐臭ただよう連中ばかりです。
森見氏も次のように警告しているのでお気をつけください。
読了したあかつきには、必ずや体臭が人一倍濃くなっているはずである。
読み終わった後で文句を言われても困る。
私の経験から言えば、いったん濃くなった体臭は二度と元には戻らない。
しかし私のヘンタイ性がいかんともしがたく共鳴しておりますので、誰にも求められないままニッチすぎる記事を書き進めてまいります。
この主人公はクリスマスを前にあえなくフラれてしまいましたが、その後も「水尾さん研究」と称して元カノの追跡を続けています。
本人はあくまで研究であると言いはっていますが、まごうことなき犯罪的ストーカー行為でしょう。
このような下衆な悪行がゆるされるはずもなく、ひとりの男性が彼の前に立ちはだかり、水尾さんから離れるようにと忠告します。
しかし、この男もどうも様子がおかしく、彼女に頼まれての行動ではなかったようで、あっさりと馬脚をあらわしていくのでした。
ひとりの女性をめぐった無益な争いはある秘密へとつながり、反クリスマス派の男どもの企みは、みょうちくりんな騒動を巻き起こします。
そんな不思議な世界とバカバカしさが融合する森見氏のデビュー作は、おせっかいにも独り者のさみしさをより際立たる、心胆寒からしめる問題作となっています。
クリスマスファシズムにあらがう男たち
街を怪物が闊歩している‥‥‥、クリスマスという怪物が‥‥‥。
きらめくイルミネーションは無慈悲なほどに眩しく、非モテ達をより深く濃い闇へと追いやっていきます。
そんな怪物の口中から脱すべく、ここにひとりの男が立ち上がりました。
彼の名は飾磨(しかま)。
「私」の友人であり思想的指導者でもある彼は、これまたこじらせた価値観を持っており、あろうことかクリスマスに宣戦布告します。
我々も彼らの大切な一日をめちゃくちゃにしてやることができる。クリスマスイブこそ恋人たちが乱れ狂い、
電飾を求めて列島を驀進し、
無数の罪なき鳥が絞め殺され、
簡易愛の素に夜通し立てこもる不純な二人組が大量発生、
莫大なエネルギーが無駄な幻想に費やされて環境破壊が一段と加速する悪夢の一日と言えるだろう。
彼らが信じ込んでいるものがいかにどうでもいいものか、我々が腹の底から分からせてやる。
クリスマスを敵視する気持ちは痛いほどよくわかるけど、世の中にはやっていい行いと悪い行いがあるもので、ここまでくると憐憫の情がわいてきます。
果たして彼らの企みは成功するのでしょうか。
いやいや失敗したほうが世のため人のため。
こんなに応援できない主人公たちは前例になく、読者のみなさまは固唾を吐き捨てていることでしょうが、どうか彼らの無様な姿をお見届けください。
異界への入り口「太陽の塔」
題名となっている「太陽の塔」は大阪万博に合わせて建設された巨大モニュメントであり、本作では非常に不可思議な役割をになって登場しています。
「常に新鮮だ」そんな優雅な言葉では足りない。つねに異様で、つねに恐ろしく、常に偉大で、つねに何かがおかしい。
世人はすべからく偉大なる太陽の塔の前に膝を屈し「なんじゃこりゃあ!」と何度でも心おきなく叫ぶべし。
異界への入り口はそこにある。
かつては万博公園のとなりにエキスポランドという遊園地がありましたが、子どもたちを睥睨するようにそびえ立つ塔に対面すると、わくわくと浮き立った心にひやっとした風がふきこんだものです。
「私」の元カノである水尾さんもこの塔のあやしき魔力に魅入られ、彼氏のことなどお構いなしに写真撮影やグッズ集めにのめり込んでいくのでした。
こうして水尾さんと太陽の塔をめぐって物語が動き出し、これまでの森見節が一転してミステリアスな展開が始まります。
このように前ぶれもなく摩訶不思議な世界へと連れ込むのは森見氏一流の手法であり、脳がどろりとくずれるような心地いい混乱に襲われ、気づけばすっかり森見ワールドのとりこになっている自分を発見します。
こじらせた友情は一生もの
打倒クリスマスに燃える主人公たちは、つね日ごろから他人の恋路を邪魔するのに余念がありません。
鴨川に座っている男女を焼き払います。
鴨川には恋人たちが一定の距離を置いて並んでいることから、「鴨川等間隔の法則」として知られていますが、彼らはこの幸せの川べりにも嫉妬の目を向けました。
我々はしばしば幸せそうに並ぶ男女の間に強引に割り込み、男女男女男女男女男男男男男女男女男女男女という「哀しみの不規則配列」をつくってみた。
こうして彼らは必要もない心の傷を負っては、みじめにも傷を舐め合う日々を過ごしています。
とはいえ、いつまでも男同士でペロペロペロペロとしているわけにはいかず、いずれは友人たちと離れて社会へ出ていかねばなりません。
しかし、嫉妬と妄想で塗り固められた友情は一生もの。
別々の道を歩むようになってからも、彼らの心を支え続けることでしょう。
「ろくでもない今日が大切な思い出の昨日になる」-326-(イラストレーター、作詞家)
大学卒業から10年も過ぎるとくだらない日々が楽しく思い出され、本作を読みすすめる内に主人公たちが少しうらやましくなっていました。
今はひとりきりで焦っていたとしても、いずれパートナーは現れるものなので、学生のあいだは男くさいクリスマスも悪くはありませんよ。
京都のクリスマス紹介
あまりにもクリスマスらしくない内容になってしまったので、最後はみなさまのお口直しに京都のイルミネーションスポットを紹介いたします。
京都駅に隣接する駅ビルにある室町小路広場には、22メートルの巨大クリスマスツリーがそびえ立ちます。
その台座のデザインは学生の手によるもので、ツリーの装飾と共に毎年変更されています。
また、ツリーの向かいには名物の大階段が空に向かって続いており、そこにも色とりどりのイルミネーションが映し出されるなど、京都に暮らす恋人たちにとってクリスマスデート定番の場所。
作中では「私」たちがサンタクロース狩りを企んでいた場所ですが、このツリーはひとり身の孤独を再確認させる悪しき象徴であり、刃物を手に切り倒そうと試みる者があとを絶ちません。
そうかと思えば恋人ができたあかつきには、とろけんばかりに鼻の下を伸ばして広場に集うのですから、クリスマスというのは人をかどわかす魔物であると言えるでしょう。
恋人がいるクリスマスもどうしてなかなか面倒なものでありますから、この季節になると男だけで過ごしたバカバカしくも気楽な日々に思いをはせる方も多いのではないでしょうか。
嗚呼、純粋にプレゼントを期待していただけの幼き聖夜に戻りたいものです。
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