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『愛なき世界』三浦しをん【誰か助けてください。『草』に恋人を奪われました。植物の神秘に触れる純愛小説 】

注意
この記事はネタバレを含みます。読むときは十分にご注意ください。
この本の評価
読みやすさ
(4.5)
面白さ
(4.5)
装丁の美しさ
(5.0)
植物の魅力
(5.0)
総合評価
(5.0)

突然ですが、みなさんは植物をじっくり観察したことはありますか?

ものを言わない植物は、ただそこにあるだけで、気持ちを和ませてくれます。

今回ご紹介するのは「愛なき世界」。

植物たちの密やかで、神秘的な世界が見えてくる、とても繊細な恋愛小説です。

息を飲むほど美しい装丁

読むのもいいですが、視覚的にも楽しませてくれるのが本の良さです。

その中でも、私が特に目を引いた単行本は、この3冊です。

  • 愛なき世界
  • フーガはユーガ
  • かがみの孤城

私はこれを、美しい装丁の本三部作と呼んでいます。

そのなかでも、この「愛なき世界」の美しさは、群を抜いているのです。

イラストは青井秋さんという方が手掛けているのですが、その精密な植物画は、たとえ植物に関心を持たない方でも、魅了すること間違いなしです。

あらすじ

洋食屋見習いの藤丸陽太は、ミスをするたびに店主の円谷のおじさんに「バッキャロウ!」と叱咤される日々を送っていました。

そんなある日のこと、半ば強引に店主から配達を任された彼は、まるで見た目が殺し屋のようなお客さんの出前を受けることになります。

恐る恐る後をついていくと、そこはT大の研究所でした。

彼の名前は松田賢三郎。なんと、大学教授だったのです。

そこで研究者を目指している女性、本村紗英に出会います。

彼女に惚れこんだ藤丸は、うっかり口を滑らせて、告白してしまいます。

しかし、彼女は異性に興味を持たないどころか、シロイヌナズナというに愛情を注ぐ、変人でした。

それでも藤丸は彼女を諦めきれません。

果たして、彼の想いは伝わるのでしょうか。

個性的すぎる登場人物

イモを我が子のようにこよなく愛するのは、退職間近の教授、諸岡です。加藤研究室のお隣、諸岡研究室の研究科長を務めています。

彼が研究しているのは、ジャガイモやタロイモの茎や蔓です。あまりにもイモが好きすぎるあまり、「私のタロが、タロが……」「枯れてしまったんですよ……。」と、日当たりが悪くて弱ってしまったタロイモを心配してしまうほどに、イモに愛情を注ぎこんでいます。

その他にも、講堂の敷地を勝手に借りて、サツマイモを栽培したり、その収穫を生徒らに任せるなど、やることなすことが、どこかしら教授離れをしています。

松田研究所の担当教授である松田は、その顔色の悪さと、いつも眉間に皺を寄せているお陰で、殺し屋やヤクザに例えられるようなおっかない姿をしています。

緑の指で植物を丁寧に取り扱う姿を見る限り、人柄は悪くなく、むしろ優しそうです。

彼がこのような外見になってしまったのは、研究生時代に起こった、悲惨な事件がきっかけでした。

彼が研究する「腐生植物」とも密接に関わっています。

院生の加藤は、サボテンのトゲを研究対象にしています。

彼もまた緑の指の持ち主で、サボテンをたくさん育成しているのですね。最近では温室で、シダ植物まで育て始めたようです。

温室いっぱいにサボテンを繁茂させて、諸岡教授のタロイモを弱らせた張本人でもあります。

増えすぎたサボテンは、藤丸にあげることになりました。

本作のヒロイン、本村は研究対象である「シロイヌナズナ」にをしてしまって、異性のことがまったく見えなくなってしまった研究生です。

ナズナの実を取り、そのなかの種を一粒一粒目で確認しながら、四重変異体の種を見つけ出すことに必死です。

作業に集中しすぎて、昼食時に誤って撒いてしまったゴマの種を「コンタミ(混入)!」と叫びながら、精一杯かき集める姿に、研究の苦労がうかがえます。

そんな彼女も、自らが犯した重大なミスに気付いてしまいます。

キーワードとなるヒントは三つ

  • 1,デカパイ
  • 2,アホ
  • 3,アッホー

(念のために言っておきますが、下ネタでも罵倒でもありません

円服亭の店主、円谷正一ぶっきらぼうで、藤丸が失敗した時には「バッキャロウ!」と叱ることが、しょっちゅうあります。

それでも、藤丸が昼食を抜いてしまって、貧血で倒れそうになった時には、食材の余りでチャーハンを作ってよそったりする優しい昔ながらの親方です。

大将と藤丸が作る料理には、美味しそうな描写がふんだんに詰め込まれていて、食欲をそそります

ビーフシチューはじっくり煮込み、最低でも一晩は置いて、味がなじんだものを客に提供する。

本日の夜のぶんはすでにあるので、翌日以降のために仕込みをしなければならない。

藤丸は刻みたてのタマネギと少量のニンニクをバターで炒め、円谷が下ごしらえした牛肉とともに鍋に入れた。円谷の監督指導のもと、赤ワインで煮込む。-p53

小ネタ シロイヌナズナとは?

シロイヌナズナ(白犬薺、学名:Arabidopsis thaliana)は、アブラナ科シロイヌナズナ属の一年草で、植物のモデル生物として有名です。(@Wikipedia)

本村が生み出そうとしていたのは、四重変異体です。
参考までに、二重変異体について説明しましょう。

※二重変異体
 変異株(突然変異と同じ意味。親株とは違う特徴を持って生まれてきた株)の交配を繰り返して、変異(違い)を二つ重ねたもの。四つ重ねると四重変異体となる。

タイトルの意味

植物には人間と違い、「愛」という概念が存在しません。そのことを、本村はこう表現しています。

「植物には、脳も神経も存在しません。つまり、思考も感情もない。人間がいうところの、『という概念がないのです。

それでも彼らは私たちと同じように呼吸をし、光を浴びてエネルギーを生み出し、生きています。密やかに、されど逞しく、植物たちは私たちの知らぬ間に日々成長を続けているのです。

それでも旺盛に繁殖し、多様な形態を持ち、環境に適応して、地球のあちこちで生きている不思議だと思いませんか?」-p92

彼女は「なぜ、植物が愛という概念を持たずに繁殖することができるのか」という部分に疑問を持ち、覚悟を持って、その研究に一生を捧げることを決めたのです。

私は彼女の情熱に、ひれ伏すしかありませんでした。

主題歌:jizue/Grass

インストゥルメンタル・バンド、jizue(ジズー)のGrass」 です。そのままですね。

落ち着いたトーンの曲調を、物言わぬ植物たちに情熱を注ぐ登場人物たちに、重ね合わせてみました。

気持ちが良すぎて、くれぐれも眠ってしまわないように、ご注意くださいね。

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