目次
著者紹介
尾崎世界観(おざき せかいかん)
クリープハイプのボーカル&ギター。本名は尾崎祐介。2016年6月に『祐介』で小説家デビューを果たした。
千早茜(ちはや あかね)
2008年に『魚神』で小説すばる新人賞を受賞しデビューした。
彼女が小説家を志したきっかけは予想もつかない衝撃的な勘違いからだった。
あらすじ・内容紹介
最悪の出会いでなんとなく一緒になった2人、大輔と福。
これは正反対なようで似ている2人の同棲生活を描くリアルな恋愛小説だ。
同棲を経験した人にはグサリとくるシーンばかりで、懐かしくなったり、共感したり、苦しくなる。
恋愛小説と謳ってはいるが、この本には有川浩のような恋愛のトキメキはない。
有名パティシエが作った甘くて、華奢で、特別感のある”季節のタルト”みたいなものではなく、最寄りのコンビニに置いてある、発泡酒だ。
苦くて、小さくて、日常的過ぎる。
恋愛の特別感なんて期間限定で、甘い期間を過ぎてしまえばトキメキはいとも容易く日常に溶け込んでしまう。
好きな人を好きになった日のことを忘れて、2人の記念日よりも燃えるごみの日の方が覚えていたりする。
都合の良い関係同士じゃ居られない、簡単なあらすじなんかでまとまれない、2人の話を千早茜、尾崎世界観の2人の著者がラップバトルのように綴っていく。
犬も喰わないの感想(ネタバレ)
2人の癖
尾崎世界観の癖
仕事を私事にすることが出来る
(笑)の役割を担っている飴が散っている
こっちだってそれなりに考えてるんだけど、と余計な言葉から真っ先に伝わっていく。
どうでもいいことを考えて気をまぎらわせようとしたけれど、どうでもいいことを考えていいると、どうでもよくないことが浮き彫りになるだけだった。
尾崎世界観の書く文章はクセがあって、そんな表現の仕方があったのか思わずハッとさせられる。
すっと流そうとしてもどこかで引っかかる。
奥歯になにかが挟まっているような違和感はすぐには取れない。
一度立ち止まって噛み砕いて考え直して、やっとその違和感をちゃんと飲み込める。
あの良い違和感が病み付きになってしまう。
千早茜の癖
状況の違う相手の不平不満を聞くと安心するということ。
迷いがあると言葉は出てこない。
後片付けというものは物理的なものであれ、精神的なものであれ、体力と時間と精神力を否応なく奪っていく
千早茜の文章は「その気持ち、分かる」と共感する。
わざわざ誰かに報告するほどではないけれど、飲みの席で話題に上げたら取り留めもなく続けられそうな”なんでもない瞬間“を切り取ってくれる。
少しだけ空いている隙間を埋めたときのような気持ち良さがあった。
千早茜が描く、めんどうくさい女
ここは嘘ばかりだ、と思う。さっさと家に帰って、風呂に入り、むくんだ脚のマッサージでもしてたほうがよほど有意義だ
あたしが後で手を加えなくてはいけなくなるのに、やってやったという充実感に満ちた表情をするところが苛立つ。
めんどうくさい女、福を書くのは千早茜。
ハキハキとした性格の女性で、仕事も弁当作りもきっちりこなすが、自分が違和感を感じたら相手が誰であれ噛み付いてしまう、めんどうくさい女。
そのくせ、悪い優しさを持っていて、自分で自分の首を締めてしまう。
尾崎世界観が描く、だめな男
妙な気遣いが人を傷つけたり苛立たせると知ってはいるけど、どうにもならない。
言葉だって、口の中に入れておけば誰も傷つけない。
だめな男、大輔を描くのはクリープハイプのフロントマン、尾崎世界観だ。
転がり込んできたのに家事は全くやらない男。
いつも言葉足らずで思っていることが上手く伝えられず、福とは最低限のコミュニケーションで生活を共にする。
大輔が福に怒られているシーンはこっちも怒られているみたいでバツが悪い。
言い分もちゃんと用意してあるけど、上手く言い訳に昇華できなくて黙って一点を見るだけのあの感じ。
何を言おうとも変に語弊が生まれそうで何もできない、あの感じ。
言い過ぎる女、言葉足らずの男
女性と喧嘩は、言いたいことをどういう形にしようか悩んでいる間にまた次の言葉が飛んでくることがあまりにも多い。
だから最終的に全部諦めて謝ってしまうか、逆上してしまうのどちらかになってしまう。
女に口喧嘩で勝つことは出来ないな、と思う男はきっと僕だけではないはずだ。
大輔と福の喧嘩は、自分が今まで異性とした喧嘩を思い出して、口の中が発泡酒のような人工的な苦味がした、気がした。
言い返さなければ喧嘩にならないはずなのに、言い返さないことが返って怒りの燃料になってしまうのは何故なんだろうか。
同じシーンを2人で描く
共作だからこその、視点の切り替え。
2人の意思の違いが、悲しいほどに面白い。
が、我が身に置き換えるとこんなに面倒な空間はない。
チャーリー・チャップリンの名言に「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ。」というものがあるが、それが面白いほどにしっくりくる。
恥ずかしくなって、居ても立っても居られなくなり、弁当を掴んで家を出た。
口調が急いでいる。体温計を探して時間がなくなったのだろう。
依然として、胸にはオレンジで刺繍された「平田工業」の文字が居残る。やはり愛着があって、どこか憎めない。
胸ポケットに刺繍された妙に達筆な「平田工業」の文字が、お洒落カバーオールの可能性を打ち消している。
上手く伝えられない2人が、上手く伝わってくる。1つボタンを掛け違えていたようなズレは次第に大きくなっていく。
喧嘩は無駄ではないのかもしれない
逆・アンガーマネジメント。
「犬も食わない」は自分が違和感を感じたことにしっかり喧嘩をふっかけていく。
やめたらいいのに、という呆れよりも嵐が来るかもしれないスリルを求めて、喧嘩が起きるのを待ってしまう自分がいた。
小学生の頃とかの、先生が怒るのを待ってしまう、不穏な空間での不謹慎な瞬間を思い出した。
蚊帳の外で起きる揉め事は案外、面白い。
そう思うのは僕だけではないからゴシップガールがヒットしたし、週刊誌も無くならないのだろう。
「犬も食わない喧嘩」は、もしかしたら犬が食べないだけであって、それが大好物な人は思ったより多いのかもしれない。
これまで喧嘩はなるべく避けて通ってきた。
時間の無駄だし、感情の無駄だと思っていたからだ。
喧嘩するくらいなら自分が飲み込んで仕方なくでも相手を立てて、友好的でいたほうが絶対良い。と思い込んでいたが、この本を読み終えた今、喧嘩は無駄ではないのかもしれないと思い直している。
飲み込んでばかりでは苦しくなってしまう。
どちらかが苦しい思いをしている関係なんて、いつかは破綻する。
それなら終わりすら覚悟して、ぐちゃぐちゃになってでも相手に気持ちを伝える。
その喧嘩がどんな結果であれ、それでも側に居てくれている人は間違いなく大切な人、大切にしなければいけない人だ。
喧嘩には関係を更新する作用があるのだと思った。
部屋を片付けるときのように、綺麗にするためには一度散らかす必要があるのかもしれない。
主題歌:クリープハイプ/君の部屋
クリープハイプの君の部屋。
君の前では飼い犬みたいで
はまさにだめな男、大輔を彷彿とさせる。
振り向いてほしくて、甘えてしまう。
男としてはあまりにも情けないけど、それしかもう武器がないんだから仕方ない。
本当はもっと優しい形で好きだと伝えたいんだけど、なんで上手く言えないんだろう。
「終わってから分かっても遅いのに。」って分かっているのにな。
この記事を読んだあなたにおすすめ!
町屋良平『しき』尾崎世界観に「町屋良平が好きすぎる。」と言わせしめた本。




書き手にコメントを届ける