あらすじ・内容紹介
高校時代の国語教師と偶然再会した主人公、大町月子37歳。
30歳ほど歳の離れた「センセイ」との淡い交流が始まる。
しだいに二人の関係は深まってゆき……。
谷崎潤一郎賞受賞の恋愛小説で、ドラマ化、舞台化、漫画化されたベストセラー!!
センセイの鞄の感想(ネタバレ)
この作品は、静かでおだやかな雰囲気が大きな魅力で、それをいつまでも味わっていたいような、読み終わりたくないような心地よさがあります。
その何ともいえない趣は、何をもって醸し出されているのでしょうか。読み解いてゆきたいと思います。
素朴で不器用な主人公の「ツキコさん」と、飄々として上品な「センセイ」は行きつけの飲み屋でしばしば出会ううちに惹かれ合い、仲を深めてゆくのですが、その二人の距離感が絶妙で素敵なのです。
肴の好みだけでない、人との間の取り方も、似ているのに違いない。歳は三十と少し離れているが、同じ歳の友人よりもいっそのこと近く感じるのである。
センセイとは、さほど頻繫に会わない。恋人でもないのだから、それが道理だ。合わないときも、センセイは遠くならない。センセイはいつだってセンセイだ。この夜のどこかに、必ずいる。
どうしても核心に近づけない。核心というものがセンセイとわたしの間にあるものなのかどうかも、わからないのだが。
がつがつ攻めてゆくのでもなく、会えずに激しく嘆き悲しむのでもなく、ありのままの距離を味わっているようです。
しかし、情熱が少ないということではありません。
「ワタクシはいったいあと、どのくらい生きられるでしょう」
突然センセイが聞いた。センセイと目が合った。静かな目の色。
「ずっと、ずっとです」わたしは反射的に叫んだ。
そして、この小説の大きな魅力のひとつは、ぽつりぽつりと交わされる会話と、その合間の美味しそうな食べ物やお酒の描写です。
ツキコさんとセンセイの行きつけの飲み屋の「まぐろ納豆。蓮根のきんぴら。塩らっきょう」や、家で冬に食べる湯豆腐、山ですするキノコ汁……。
それらを一緒に味わうことで、二人の距離は縮まります。
さらに、キノコ狩りやお花見、島への旅行といった季節を感じさせる物事も描かれ、さりげなく読者を愉しませてくれます。
好きな人と季節を過ごすことの幸福を感じます。
お花見の際に、高校の同級生である小島孝に出会ったツキコさんは思います。
中学、高校、と時間が進むにつれて、はんたいに大人でなくなっていった。さらに時間がたつと、すっかり子供じみた人間になってしまった。時間と仲よくできない質なのかもしれない。
だからこの小説には独特な時間の流れを感じるのでしょう。
この小説の良さは、歳を重ねるほど深く心にしみてくる、と、この文章を書くために十数年ぶりに『センセイの鞄』を読み返して思いました。
すでに読んだことがある、という方も再度読んでみると新たな発見があるかもしれません。
また、川上弘美さんの作品を読んだことがないという方にも、この小説をおすすめしたいです。
川上弘美さんらしい、少し不思議で淡く深い味わいが存分に感じられます。
忙しい日常に疲れた時、ひとりでちょっとお酒を飲むような感覚で、この本を開いてみてください……!
主題歌:小野リサ/Fly Me To The Moon
????小野リサ「Fly Me To The Moon」
主人公の名前の他にも、この小説には月が印象的に描かれます。
おだやかで幸福な感じの曲調も合っていると思い、選曲しました。
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