青春小説が、人の心を打つのは何故なのだろう。
そこにかつての自分を見るからか、それとも失ってしまった時代への郷愁が胸を打つからなのか。
この『オルタネート』には、高校生限定のマッチングアプリを通した少年少女の姿が描かれている。
どうか、この1冊を手に取ってみてほしい。
この青春そのもののような作品は、青春真っ只中の十代の読者はもちろんのこと、かつて十代だった世代の心も打つはずだ。
目次
こんな人におすすめ!
- 良質な青春小説が読みたい
- 心を動かされる物語が読みたい
- 夢を持ち、夢に向かって歩いている人
あらすじ・内容紹介
高校生限定のマッチングアプリ、「オルタネート」が必須のツールとなった時代。舞台は、東京にある円明学園高校だ。
料理部部長の新見蓉(にいみ いるる)は、「ワンポーション」のペアの相手を探していた。
ワンポーションとは高校生の料理コンテストのネット番組のことで、蓉は昨年それに参加していた。
そのときの出来事が、今も蓉のなかに影を落としている。
続いて登場するのが、伴凪津(ばん なづ)という少女だ。
オルタネートに夢中になっている彼女は、「ジーンマッチ」という機能を使って運命の相手を探しはじめる。
そんな凪津の前に、高い相性を弾き出した1人の少年が登場する。
そして、楤丘尚志(たらおか なおし)。
かつて音楽をともにしたバンド仲間の安辺豊(あんべ ゆたか)を探して、大阪から単身東京へとやってきた少年だ。
だが再会した豊は、すでに音楽をやめていた。
蓉、凪津、尚志。
この3人の少年少女を中心に物語は進んでいく。
夢、希望、愛、そして友情。
さまざまな感情を乗せて、物語は進んでいく。
『オルタネート』の感想・特徴(ネタバレなし)
SNSのある生活を生きる、少年少女の描写の上手さ
オルタネート(=alternate)という単語には、いくつかの意味が存在する。
- 交互に起こる、互い違いになる、交互に繰り返す。
- 電気、電流が交流する。
- 代わりのもの、交代要員、代理人、補欠。
「オルタネート」では、互いがフロウを送りあい、初めてコネクトとなる。
これが基本的な機能だ。
ユーザーが指定した条件に合わせて、数多の高校生から相性のいい人間を引き合わせてくれるのだ。
さらにメッセージを送り合うことができるコミュニケーションツールであり、ブログを投稿できる機能もあるという代物で、高校生に必要不可欠なウェブサービスを一手に担っている。
実際、登録には個人の認証が必要で匿名性がなく──学生証の写真を撮影して送らなければアカウントが作れない─理由条件も高校の入学式から卒業式までとなっていることから、不審な人物がオルタネート上に紛れ込むということはなかった。時間が経つにつれ、その安全性が証明されていき、今ではダウンロード必須の人気アプリとして確固たる地位を築いている。
オルタネートのマッチング機能は、友人、恋人など、目的に合わせて相手を選別してくれるのだが、その数はおよそ120万人。
100万人以上もの高校生が、オルタネートを利用しているのだ。
安全性の高いサービスであり、さらに必ずしも恋愛方面だけではなく友人や仲間と繋がるためのツールであり、そのSNSを通した登場人物達の姿が描かれていく。
だが全ての生徒が利用するかといえば必ずしもそうではなく、実際に調理部の部長である蓉は利用していない。
だからこそ、この物語には魅力があるのだ。
SNSを登場させながらも決してツールのための物語ではなく、あくまで人間が主体の物語だ。
何かにぶつかったとき、どう向き合い生きていくか。
その真っ直ぐさが、胸を打つのだ。
夢に向かって突き進む少年少女
蓉の家は24年続いた和食屋『新居見』であり、いくつもの名店で修行した父親が母親と共に立ち上げた店だ。
寡黙な父親に、看板女将として知られる饒舌な母親。
季節ごとに変わるこだわり抜かれた料理と女将の人柄を求め、多くの客が足を運ぶ人気店である。
数ヶ月先まで予約で埋まるような店を切り盛りしているのが両親という環境で、蓉はいつしか料理への道を歩んでいた。
そんな彼女の前に、ある出会いが訪れる。
インターハイへ勝ち進んだバスケ部から差し入れを頼まれるのだが、その試合会場で、ある男子生徒に声をかけられるのだ。
それは昨年のワンポーションの決勝で優勝した、永生第一高校の生徒の1人だった。
少年は三浦栄司(みうら えいじ)と名乗り、2人の距離は次第に近づいていく。そしてようやく下級生にペアとなる相手を見つけ、蓉はワンポーションへ参加することになるのだ。
一方、豊との再会に傷ついた尚志は、旅館で住み込みのアルバイトをすることになった。
そこで、コンセプトシェアハウスの存在を知る。
それは共通の趣味や目的を持つ人が集まって一緒に住むというもので、尚志は楽器演奏可のシェアハウスで暮らすようになる。
だが訪れてみると、実際には楽器演奏可能というのはほとんど嘘であり、近所にある音楽スタジオで練習するのが通例だった。
尚志は、このシェアハウスでさまざまな人と出会う。
音大生でホルンをしているマコ。
マコとは別の音大に通うビオラのトキ。
ロックバンドでドラムを担当している坂口。
新たな場所で新しい生活を始めた尚志の前に、さらに新たな出会いが訪れる。
豊に会うために円明学園高校に訪れた際に目にした、パイプオルガンを弾いていた少女・冴山深羽(さえやま みゆ)と偶然の再会を果たしたのだった。
深羽の奏でる音に惹かれた尚志は、偶然再会した彼女に声をかけ、シェアハウスの仲間達と繋げていく。
そして、皆で音楽スタジオで深羽の演奏するキーボードを聴くことになるのだ。
深羽がキーボードの前に向かい、やがて鍵盤の上に指をすべらせる。
流れてくる「ジムノペティ」に、誰もが聴き入った。
「ジムノペティ第一番で胸がここまで苦しくなったの、初めてだよ」
トキさんがそう言うと坂口さんは「そうか、俺はすげー浄化された感じなんだけど」と言い、マコさんは「私は夕方と夜の境目にいるような気分だった」と言ったあと、「尚志くんはどうだった?」とこっちを見た。
「角生えそう」
尚志がそう言うと、みんなが顔を曇らせた。「なんちゅうか、角生えてきそうな感じなんすよ、ほんまに」
頬が、高揚した。
本物の音楽に出会った瞬間、人はたぶんこのようになるのだ。
ただひれ伏し、打ちのめされるしかない。
尚志は「角」という表現をしたが、それはおそらくアンテナのようなものではないだろうか。
互いに反応して響き合い、遥か遠くまで見渡せるような感覚に包まれるような。
もしその場にいたなら、私もまた拍手喝采しただろう。
蓉はワンポーションを始めとする料理への道を目指し、尚志はふたたび音楽と向き合い、それぞれの夢や恋へ向かって加速していく。
夢の渦中にある人間は、なんて眩しいのだろう。
その熱量で、物語は一気にラストへと駆けていくのだ。
何者でなくとも、生きていくということ
夢に向かって進んでいく蓉や尚志と違って、これといった夢を持たないのが凪津という少女だ。
依存といっても差し支えないほどの情熱でオルタネートに向かっていく彼女は、おそらく蓉や尚志とは対照的な人物だろう。
それは彼女の家庭環境が原因なのだが、空気を読み周囲に合わせようとする、一見主体性のないように見える。
だが読者の大半は、この凪津に近いのではないかと思うのだ。
これといった夢を持たず、SNSの世界にのめり込み、主体性はないのに主張だけは激しい。
周囲に本当の自分を見せようとせず、必死で自分の世界を守っている。
凪津という少女は、どこか痛々しさを感じさせる。
ある日、凪津はオルタネートと提携した検索機能『ジーンマッチ』で、高い相性を弾き出した高校1年生の少年・桂田武生(かつらだ むう)と会うことを決意する。
だがその現実は、理想とはあまりにも異なる方向へ向かってしまう。
物語の中盤が過ぎた辺りで、凪津という少女のなかのある部分を知ることになるのだが、息苦しさを押し殺して、ただひたすらに走り抜けるようにして彼女の物語を読み進めた。
調理部の部長でワンポーションを目指す蓉や、かつてのバンド仲間を探して大阪から単身状況する尚志と比較すると、どうしても読者の凪津に対する好感度は分が悪いだろう。
だが、ここからなのだ。
この『オルタネート』という青春群像劇のなかで、もっともパッとしなかった凪津に軍配が上がるのは。
どうか、息をつめて見守ってほしい。
そこに、最大級の心が動く瞬間が待っているだろう。
まとめ
この『オルタネート』という作品は、加藤シゲアキさんが著者であることや、SNSを通した世界が描かれていることもあり、もしかしたら読者層が狭められてしまうかもしれない。
だがどうか、この物語を駆け抜けてほしい。
かけがえのない青春時代が誰にでもあったわけではなく、黒く塗り潰されたような青春の日々を送ったという人もいるだろう。
そのすべてを、この『オルタネート』という物語は照らしてくれるはずだ。
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