今回紹介するのは、「スロウハイツの神様」。
舞台化もされた、辻村深月の人気作です。
創作によって人生を歪まされてしまった者。
その反対に、創作によって人生を救われた者が登場します。
クリエーターを志したい方は必見の内容です。
あなたが作品を生み出したいという熱意。
その願いは本物ですか?
人生を犠牲にしてでも、命を削ってでも、あなたはその願いを叶えたいですか?
目次
あらすじ・内容紹介
赤羽環(あかばね・たまき)が管理人のマンション、スロウハイツ。
そこには、かつて凄惨な殺人事件を招いた作家、チヨダ・コーキが住んでいました。
彼の小説を読んで廃病院に集まった男女が、殺し合いを行ったのです。
彼は挑発的な謝罪を行い、世間的にも冷たい風を受けることになりました。
そんな彼の小説が大好きな環と、彼女が厳選した、画家、作家、漫画家の卵たち。
トキワ荘よろしく集った彼らは、何事もなく平穏な日々を過ごしていました。
ある女性が自らを「コーキの天使ちゃん」だと名乗るまでは。
スロウハイツの神様の感想(ネタバレ)
赤羽環の過去
赤羽環には、暗い過去があります。
母親が詐欺罪で逮捕され、彼女に愛想を尽かした父親も家を出ていき、実質姉妹二人だけで生きていかなければならなかったのです。
最新型のゲームをはじめ、欲しいものなら何でも手に入った幼少期の環ですが、そのお金の出所までは分かりませんでした。
母親は狂ったように豪華な宝石を身にまとい、次第にその魔力に憑りつかれていったのです。
彼女の中には、「口に出したことは必ず実行しなくてはならない」と言い切れるだけの意思の強さと、大好きな千代田公輝の前では、子供のように甘えてしまう不安定な人格が混在しています。
感情の振れ幅が両極端な性格であるからこそ、環の脚本は高い支持を得るのではないのでしょうか。
「チヨダ・コーキ」の事件と、「コーキの天使ちゃん」
小説の冒頭で触れることとなる、「チヨダ・コーキ」の悲劇。
彼のもとにふと現れた「コーキの天使ちゃん」は、チヨダブランドを読んでも、人を殺さずに生きている人間がいるという声明文を掲載しました。
チヨダブランドの大ファンで、彼の作品を読むことを生きがいにしている女の子。
彼女の名前は「カガミ」という名前であること。
現実に追い詰められ、何度も自殺を考えた。
そんな彼女が、チヨダブランドを手にすることによって生きがいを感じているという内容でした。
私は虚構と現実がごっちゃになったりはしていないし、自分の現実をきちんと捉えたその上で、チヨダブランドを読むのが何よりの幸せです。
(略)読んでもいないのに、本を悪く言う人もいるだろうし、読んでも心に響かない人もいると思う。だけど、私には響いたんです。
あの時期に、チヨダ先生の本を読んでいなければ、私は今、ここにいませんでした。
物語と人生が繋がるとき
環が死にたかったように、千代田公輝もまた、自らの作品のせいで命を落とした人がいるという現実に、耐えられませんでした。
好きだった小説も書けなくなり、何度も何度も同じ悪夢を見るようになった公輝ですが、あることがきっかけで、再び小説を書いてみようという意欲が沸き起こることになります。
「コーキの天使ちゃん」という匿名の誰かが、「チヨダ・コーキの作品は人を殺したりしない」という声明文を書いたことです。
この文章に救われた公輝は、彼女の正体を探ることになります。
彼女の正体が判明した時、公輝は先回りして、その女の子が通い詰めている図書館に新刊を寄付しました。
わざわざサンタクロースの格好をし、店員のふりをして、高級洋菓子店、ハイツ・オブ・オズのケーキをプレゼントをすることもささやかですが、彼は行ったのです。
大人になれば、自分のことも、作品のことも忘れてしまう。
彼女には、自分とは関係のない人生を送ってほしい。
僕のことも忘れて、幸せになってほしいー。
淋しさと一抹の希望を添えて、千代田公輝はその場を後にしたのでした。
まとめ
辻村さんの他の作品にも言えることですが、この物語に含まれているのはいい面だけではありません。
自分の人生を切り売りして作品を仕上げた環や、加々美莉々亜の正体(彼女と環のその後は「光待つ場所で」で読めます)、凄腕編集者の黒木の行為をはじめ、創作に対して嫌悪感を抱いてしまう箇所もいくつかあります。
それでも、読者には創作に携わることを諦めないでほしいという、作者の熱意が伝わってきます。
お金や名誉、異性といった、人間が避けては通れない欲望の影もありますが、それでも、誰かの人生に影響を与えるということは、ただ消費して満足すること以上の達成感がある行為なのです。
「創作が人を救う」。
言葉で言うと陳腐に聞こえますが、その効果は計り知れません。
次にこの物語に恩返しをするのは、ひょっとしたらあなたの番かもしれませんね。
主題歌:スロウハイツと太陽/「本当につらくなってしまったあなたへ」×「光の中で」
さて、今回選曲したのは、スロウハイツと太陽で『本当につらくなってしまったあなたへ』と『光の中で』です。
このバンド名を見て、思い当たる節がある方もいらっしゃると思います。
彼らは本作「スロウハイツの神様」と「太陽の坐る場所」に影響を受けて、バンド活動を始めたのです。
「本当につらくなってしまったあなたへ」は、今生きていることが辛い人に向けての独白曲となっています。
自分をさらけ出して、生々しい肉声を浴びせるシミズさん。
彼の言葉に救われる人もきっと多いことでしょう。
拝啓 本当につらくなってしまったあなたへ 顔も名前も知らないわたしの言葉は届くでしょうか
別に何もかもわかった訳ではないけれど それでも少しだけ
(作詞:シミズフウマ)
「光の中で」は不器用に生きる「私」が、あなたから言われた言葉を胸に、いつかは笑って過ごせることを夢見る曲です。
どちらも、今辛い目に遭っている人たちの心を掬い上げ、許しながらも前を向いて歩く決意を抱かせる音楽であることは間違いないでしょう。
いつかは笑って 僕らは生きれるかな あの日は今でも あの日のまま
それでも笑って ねえ笑ってって あなたの言葉を 今更
(作詞:シミズフウマ)
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