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【キングダム】媧燐(かりん)は秦に立ちはだかる楚国宰相!生き別れの弟は媧偃(かえん)?

キングダム媧燐サムネイル

アニメも第3シリーズに突入した『キングダム』。今までの敵は趙国と魏国が中心だった。

しかし物語が進むにつれて、徐々に楚国の存在感が増してくるはずである。

なぜなら史実上、楚こそが秦の中華統一を阻む最後の壁となるからだ。

そして、合従軍で突如現れた戦略の天才・媧燐。今回はこのあまりにも規格外な女傑を徹底紹介していく。

合従軍編で楚軍No.2として初登場!天才ぶりを見せつけた媧燐

出典:amazon.co.jp

天下分け目の戦いとなった合従軍vs秦軍。

史実でも紀元前241年に行われており、本当に秦国存亡の危機だったと思われる。

『キングダム』で楚軍を率いたのは合従軍の盟主・春申君(しゅんしんくん)。

つまり、合従軍は楚軍を主役として結成された軍だ。

媧燐は開戦二日目に初登場。(27巻290話)初日に出陣した臨武君(りんぶくん)が早くも討たれてしまったからだ。

初登場した媧燐は、二日目の朝合併吸収した臨武君の副官を一撃で蹴り殺してしまう。

さらに臨武君の仇である秦将・騰(とう)を、その日中に討ち取れなかったら全員処刑すると宣言。あまりに刺激的な初登場だった。

 

楚総司令・春申君が言うように「性格に難あり」だが、「戦いの天才」である媧燐。

その天才が執った作戦が「全軍大いなる凡戦を連ねて、十日後に函谷関を落とすべし」。

この報を聞いた李牧(りぼく)は一言。

李牧「なるほど、本物ですね。二将・媧燐」

媧燐の作戦はこうである。

兵力で劣る秦軍を疲弊させるには消耗戦に持ち込むこと。しかも守るだけで大した戦果のない、いつ終わるとも知れない戦い。

当然秦軍のモチベーションが下がり、兵力も削られる。そして決戦の10日後、一気に勝負に出る。

たださらに天才の李牧は、その決戦の日を14日後とした。

実は李牧、媧燐共に函谷関(かんこくかん)が落ちなかった時に備えて、別動隊を出陣させていたのだ。

媧燐の場合、函谷関前に騰軍相手に繰り広げられた派手な戦い方は、全て別動隊を気付かれないようにするための“めくらまし”だったのだ。

李牧はもっとエグい作戦を実行していたのだが・・・

この戦いで李牧と媧燐が同様の思考を持つ、戦略の天才であると中華に知らしめた。

李園が春申君を暗殺!楚の宰相となった媧燐


合従軍の敗戦から楚宰相・春申君は楚王・考烈王(こうれつおう)から冷遇されていたが、その王が崩御すると春申君は暗殺されてしまう。

この騒動の首謀者は次王の母の兄・李園(りえん)という男で、史実でも春申君を殺して宰相になった。

王と宰相を同時に失った楚国は当然大混乱に陥るが、宰相・李園は軍を掌握していた媧燐を取り込むことでこの混乱を収める。

戦国の世を楚が生き抜いていくためには、更なる超大国として生まれ変わる必要があるとした李園の策だ。

公式ガイドブックによると知力は媧燐98、李園96と、列国の中でも群を抜いたブレイン二人が二宰相としてタッグを組む。

ただ李園が春申君を暗殺した理由を「次王に暗君を選んだ」としているが、春申君ほどの人物が本当にその判断をしたのかは疑わしい。

李園が実権を得たいがための謀略とも考えられ、今後のふたりの宰相の動向に注目だ。

楚の公子・昌平君(しょうへいくん)との関係は?

物語後半、史実通りなら楚に寝返る昌平君が媧燐の弟か、何らかの関係があるのでは?という説がある。

確かに李園の死後、昌平君は大将軍・項燕によって奉じられ楚王を名乗るが、彼の出自は史実上ハッキリとしている。

『キングダム』作中ではもう亡くなってしまった楚の考烈王と秦・昭王の娘の間にできた子、それが昌平君だ。

史実を逸脱しないのが原先生のスタイルなので、媧燐と昌平君の間には血縁関係は無いと思われる。(媧燐が王族と関係があるなら別だが・・・)

公式ガイドブックで明かされた媧燐の弟は誰?

自らの妹の子を次王にするために春申君を暗殺した李園であったが、その家族愛を説く際に媧燐にも身内がいたことを明かす。

李園「少女の時、ただ一人の身内の弟を探して荒野をさまよっているではないか」

この一文にはいろいろな説が憶測された。

昌平君説、桓騎説など・・・

しかし実際の所は、函谷関で汗明(かんめい)と一騎打ちしていた蒙武(もうぶ)を、後ろから突きにいった媧偃(かえん)で間違いないようだ。

作中でも媧偃は媧燐のことを「姉上」と呼び、自らを「愚弟」と言っている。

また公式ガイドブックでも媧燐の弟として紹介されており、幼少期に生き分かれた二人は再会を果たし、共に楚軍に所属しているということのようだ。

媧燐の身長や強さは?

媧燐は自分が長身であることに極度のコンプレックスを持っている。

楚の大将軍・汗明とほぼ同じ高さなので、恐らく2mぐらいはあるようだ。

また大人の武人を一撃で蹴り殺すパワーを持ち合わせており、公式ガイドブックの武力94もあながち大げさではないようだ。(介子坊より強い・・・)

楚国滅亡まで生き残る?女帝・媧燐の最期を考察!

媧燐自体が架空の人物なので想像するしかないが、ターニングポイントとなる年がある。

紀元前228年、史実上趙国が滅ぶが、この年楚宰相・李園が死ぬことになる。

それ以降、宰相・媧燐と大将軍・項燕によって秦軍との最終決戦に入っていくと思われる。

そして紀元前223年に楚王・負芻(ふすう)が秦軍に捕らえられた後、楚の公子だった昌平君を楚王として擁立するが、この仕掛け人が戦略の天才・媧燐ではないかと考察する。

したがって、項燕と共に楚国滅亡の最後の最後まで、媧燐は戦い抜いて戦死するのではないだろうか。(項燕だけ戦死して、彼女は南方に逃れるかもしれない)

媧燐は史実に実在しないオリジナルの女将軍

残念ながら媧燐は架空の人物だ。楚という国は超大国でありながら、史実に残っている人物の記録が非常に少ない。

歴代の王と戦国四君である春申君、大将軍・項燕が主だった人物で、他のキャラはほぼ作者が創ったキャラだ。

とはいえ、秦国と渡り合った超大国を支えた人物は、実際もっといたはず。記録がないか、見つかってないだけで、媧燐のように活躍した将たちがいたのだろう。

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