昭和50年代。
青山墓地で発生した、幼女惨殺事件。
凄惨な事件に似つかわしくない、穏やかなその被告人は、独房で奇妙な語りを始める…。
40年前の少年時代、公使館で、金髪碧眼の兄妹と交遊した日々。
迫りくる戦争の足音。
長い独白と幼女惨殺事件の接点が明かされる時、世界は一気にその様相を変える。
1982年に発表され、絶版になった後も復刻希望が殺到した幻の名作がついに復刊。
こんな人におすすめ!
- 心理小説が好きな人
- ホラー小説が好きな人
- ミステリ小説が好きな人
あらすじ・内容紹介
昭和50年代のとある早春に、青山墓地で発生した幼女惨殺事件。
その被告人は、陰惨な事件に似合わない穏やかさで、奇妙な独白を始める。
時代は遡り40年前、戦前の東京。
少年だった〈彼〉は、父親の事業の失敗によってこれまでの生活を失う。
内向的で本や映画や芝居を好む〈彼〉は、転校先の学校で友人もできず、むしろ50人にも及ぶクラスメイトを向こうに回した過酷な戦いの中に置かれることとなった。
そんなある日、〈彼〉は金髪碧眼の少年〈フレデリッヒ〉と出会う。
2人の共通のヒーローであった〈紅はこべ〉をきっかけに、親交を深めていく2人。
更にフレデリッヒの妹〈ルルベル〉も加わり、彼らは〈お城〉の中での遊びに夢中になっていく。
少し怖いこともあったが、それでも〈お城〉の中で遊ぶのは楽しかった。
その夢のような時間は、いつまでも続くように思えた。
しかし彼らの成長と、迫りくる戦争の足音がそれを許さなかった。
ルルベルの美しさは〈彼〉を魅了して、3人の関係性はこれまでと変わらざるを得なかった。
そして戦争は、彼らとの交遊を打ち切らせるのに十分な力を持っていた。
フレデリッヒとルルベルに会えなくなって数年後。
戦争が終局へと向かう中、〈彼〉が出会ったのは…。
長い回想と、幼女惨殺事件が明かされるとき、世界はその様相を一気に変える。
復刊希望が相次いだ幻の名作、ついに復刊。
『血の季節』の感想・特徴(ネタバレなし)
穏やかに語られる独白と、浮かび上がる魔性と狂気
−あの頃からです
今作は、青山墓地で起こった幼女惨殺事件の、その被告人の長い回想がほとんどを占める。
凄惨な事件に似つかわしくない穏やかさを持ったその被告人は、熱心な弁護士から依頼され精神鑑定のために訪れた博士に対して、ほとんど独白と言っても良い少年の日の思い出を語り始める。
〈彼〉の長い回想は、幼年期の終わりから少年期、そして青年期に分かれ、その多くは、かつて〈お城〉で出会った金髪碧眼の兄妹、〈フレデリッヒ〉と〈ルルベル〉との交遊の様子に割かれている。
〈彼〉とフレデリッヒの出会い、そしてルルベルと3人で〈お城〉の中を駆け回る様子は非常に微笑ましい。
そして彼らが成長するに連れて〈彼〉とフレデリッヒの交遊が、目下繰り広げられている戦争の議論へと移っていく様子もまた、13・14歳の少年に相応しい背伸びの様子が感じられ、なんともむず痒いような感慨を与えてくれる。
また、成長したルルベルの美しさと、その中で少しずつ垣間見えるようになってきた〈残酷さ〉、そしてそんな彼女に惹かれる〈彼〉の心情からも目が離せないだろう。
兄妹との交遊の様子は、幼年期から少年期への成長の輝きと、その成長がもたらす関係性の変化が淡々と、しかし情緒的に語られており、読者が手を止めることができなくなるような美しさに満ち溢れている。
そして何よりも必見なのは、その中に潜む〈破綻〉の種子であろう。
〈彼〉が〈お城〉の中を語る時、その至る所に不気味な気配が潜んでいる。
そして戦局の悪化は、彼らの交遊を途切れさせ、そして日本全体を暗雲で覆っていく。
被告人の〈彼〉が語る少年少女の成長の様子と、その背後に潜む不気味な影。
そして戦争がもたらす絶望的な雰囲気は、それぞれが引き立て合って陰鬱な美しさを纏っており、読了後もしばらく現実に戻って来られないような酩酊感を味わせてくれるだろう。
事件を追う警部の心情と執念
必ず、死刑にさせてやる。誰がなんと言っても必ず
被告人の長い語りの合間に挟まれる、警部の独白も見所だ。
幼女惨殺事件の犯人を追う彼は、その犯行の現場を見て身を震わせる。
犯人への軽蔑を込めた言葉を吐き続ける警部の心情は如何なるものなのか。
怒りか、正義か、それとも他の何かか。
犯人を絞首台へ送ることを決意する警部の独白は、その裏側に薄暗い欲望すらも滲ませる。
そんな彼の心情描写からは、目が離せない。
そして捜査の過程で明らかになる、1つの事実。
それが意味するところは何なのか。
1文字たりとも、読み飛ばすことはできないだろう。
全てが繋がる、快感と恐怖
よろしいかな?あなた
今作で唯一、全ての情報を見聞きし、それを統合できる人物。
それは被告人の精神鑑定を担当した博士だ。
被告人の独白を聞き終え、警察から得た情報と結び合わせて、ある解釈を披露する博士。
長い回想と、その中に見え隠れした不気味な影。
そしてそれらを幼女惨殺事件と結びつけた時、既存の世界は一気に姿を変える。
博士が披露した、その解釈とは?
そして、その解釈を穏やかな笑みと共に翻した博士が、最後の最後に掴んだ1つの情報が意味するところは?
最後の一文まで、目が離せない。
まとめ
1982年に発表された今作は、復刊希望が相次いだことからも分かる通り、現在に至っても褪せることのない魅力を持つ作品だ。
破綻が控えていることは察せられるからこそ、〈彼〉と兄妹の交遊は、その背後の不気味な影を含めて美しく感じられる。
幻の名作とすら呼ばれる今作の魅力を、余すところなく堪能して欲しい。
この記事を読んだあなたにおすすめ!
『少女を殺す100の方法』あらすじと感想【100人の少女が死ぬ短中編集】
書き手にコメントを届ける