知人が買おうとしている家に存在する謎の空間。
不動産屋すら目的が分からないというその空間には、恐るべき目的があった。
安心感を与えてくれるはずの家が、恐怖の対象に変わる。
こんな人におすすめ!
- 間取り図を見るのが好きな人
- ホラーの雰囲気を含むミステリー作品が好きな人
- 旧家の因習や閉鎖的な雰囲気のミステリーが好きな人
あらすじ・内容紹介
ことの始まりは2019年9月だった。ホラー作家・雨穴(うけつ)に知人から、とある相談が持ち掛けられたのだ。
その知人は柳岡(やなおか)さんといい、編集プロダクションに勤める営業マン。もうすぐ生まれる第一子のために家を購入しようと、とある家を不動産屋に紹介してもらったそうだ。
窓が多く、開放的な作りのその家を柳岡さんはいたく気に入ったのだが、1つだけ気になる部分があった。
図面に、不動産屋も「なんのためにあるか分からない」と言っている謎の空間があるのだ。そこを除けば、周りの環境もとてもいいので、購入を迷っているという。
雨穴はオカルト関係の記事も書いているので、これは何か心霊的ものではないかと疑っての相談だった。
興味を持った雨穴は、友人の栗原(くりはら)さんという大手設計事務所に勤める設計士に相談を持ち掛けた。
もともとミステリーやホラーが好きだった栗原さんはすぐに様々な指摘をしてくれたが、その謎の空間の本当の利用方法についてはあくまで推論の域を出ない。
しかし、雨穴はもう踏み込んでしまっていたのだ。とある恐ろしい事実への第一歩へと。
東京と埼玉、2つの県にあったあまりにも造りが似通った家。明治から続く旧家の忌まわしい伝統と、左手だけがない謎の死体。
果たしておかしな間取りの家の本当の目的とは何なのか?
あまりにも恐ろしい不動産ミステリー。
『変な家』の感想・特徴(ネタバレなし)
間取り図は本格ミステリーへと変貌する
2020年に亀梨和也主演で『事故物件 恐い間取り』という映画が上映された。こちらは9軒の事故物件に実際に住んだ芸人・松原タニシの実体験をもとに作られた映画だ。
事故物件とは、何らかの経緯で前の住人が死亡した経緯を持つ物件のことである。人が亡くなった部屋、というのは確かに気持ちはよくないものだけれど、『変な家』に登場する物件もまったく違う意味で気持ちのよくない間取りをしている。
著者・雨穴が知人の柳岡さんから相談を受けたある一軒家には、不動産屋もあずかり知らぬ謎の空間がある。
なんのためにあるのか?なぜ、そんな空間を作ったのか?どうしてその空間には入口がないのか?
思えば、読者はその間取りを見た瞬間から不可思議な空間への謎の問いかけをずっとすることになる。著者がオカルト作家でもあることから、心霊的なものを自然と想像してしまうかもしれない。
しかし、この物語は思った以上に本格ミステリーの様相を呈しているのだ。本格ミステリーは謎解きに重きを置いているので、読者に対してある程度フェアでなくてはいけない。
だが、そういう意味ではこの物語はまったくフェアにヒントを提示はしていない。それでも本格ミステリだと思えてしまうのは、謎の提示の仕方がとても魅力的だからだ。
第一に、柳岡さんから相談を受けた雨穴が栗原さんという設計士に相談するという構図が、探偵と依頼人というミステリーの典型の構図に見ることができる。依頼人は柳岡さん、探偵役は栗原さん、そしてワトソン役は雨穴だ。
構図はミステリーの典型かもしれないが、設計士という職業人が探偵を名乗らずに推理を披露し、それが直接の事件の解決に至らない異例なミステリーとして読めるのも楽しい。
確かにこの物語では殺人事件が起きている。しかし、探偵役の栗原さんがその事件を本当の意味で解決しないことに、物語のポイントがある。
探偵役は、事件を解決することを求められがちだ。犯人はだれなのか。トリックはなんなのか。証拠はあるのか。
そういった観点から見ても、栗原さんの推理はあくまで推理のまま終わる。事件解決は本当の依頼人である、片淵柚希(かたぶちゆずき)へと委ねられていくのだ。
栗原さんはその家の間取りの奇妙さをまず提示し、推理も披露してくれる。本当の依頼人である片淵柚希の疑問にも、一緒に解決しようとしてくれる。
しかし、読者の頭の中には「まだ何かある」ということが、読み進めていくと薄々分かってくる。恐怖感がじわじわと迫ってくるのだ。
リアルすぎる間取り図に恐怖せよ!
本作の最大の魅力は、なんと言ってもリアルすぎる間取り図が掲載されていることだ。
物件のチラシなどによく載っている、なんの変哲もない間取り図。もちろん、物語の要は間取り図にあるのだから、よりリアリティがあってこそ謎が引き立つ。
この物語には3つの間取り図が登場する。埼玉県にある家、東京都にある家、〇〇県にある片淵柚希の祖父母の家の間取り図。
埼玉県にある家と東京都にある家は、普通の間取り図ではある(奇妙な空間があることや、奇妙な庭の作りであることは置いておいて)。
読者が恐怖を感じるのは、片淵柚希が自らの手で描いた祖父母の家の間取り図である。
埼玉県と東京都の家は設計士が描いたと思わせるただの間取り図だというのに、片淵柚希の描いた間取り図だけ完全に鉛筆で手書きしたものが本に掲載されている。
もしやこれは、ノンフィクションなのではないか?そう思わせるほど、まるで本当に女性が描いたかのようなリアルな手書きの間取り図なのだ。
その間取り図の家で不幸な事故、もとい事件が起こってしまうのだが、それがまたリアリティを増して読者を混乱させる。
恐らく読者は本のどこかにこの文章を探すにちがいない。
「これはフィクションです」というたった一文を。
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古いのに斬新
本作で謎の主軸となるのが間取り図だが、ミステリー的な方向で見てみると「旧家の因習」というものが根幹にある。
因習とは、「古くから伝わっている風習」という意味だ。現代の日本において、このおかしな間取り図になった原因の、とある因習が残っているとは考えにくい。
もしも本当にそのような因習を行っている旧家があれば、それはとてつもない大犯罪になってしまうからだ。
旧家とは、古くからある由緒正しい家のことである。つまり、時代を経て財を成したりした家のことで、横溝正史が『犬神家の一族』などで書いたように骨肉の争いというものがつきものだ。
御多分にもれず、本書の本当の依頼人の役を持つ片淵柚希の家柄も旧家だった。そして、この片淵家にはとんでもなく恐ろしい骨肉の争いに関する因習が未だに生きていた。
ミステリーにおいて、閉鎖的な村や旧家はよく題材にされる。ある程度の量、ミステリーを読みこなしてしまうとその設定自体が古く感じてしまう場合もある。
しかし、この忌まわしい因習を現代へと繋げるために、わざわざおかしな間取りの家を取り込んでいる点に読み応えがかなりある。
ずばり、片淵家は恐ろしい因習を行うために建てられた家だったのだ。
しかし、一見すると間取り図自体には何も問題なく見える。古臭いとも言っていい因習を、間取り図を使って謎を解き明かしていくという方法が斬新なのだ。
ことが片付いたあと、雨穴と栗原さんは事件の経緯とその結果を話し合う。
栗原さんは事件解決のヒントを雨穴と片淵柚希に与えただけであって、当事者でもなければ完璧な探偵役を務めているわけでもない。
だというのに、最後の最後まで解決しなかった謎に対する栗原さんの見解と、そのあとのセリフがなんとも気味が悪いのだ。
まあ、これも単なる「憶測」ですから。気にしないでください。
このセリフを笑顔で言い放った栗原さんは、読者になんとも言えない読後感を残して物語は幕を閉じる。
最後になるが、雨穴はYouTubeチャンネルを持っており、本書はその動画を書籍化したものだ。
しかし、動画では栗原さんが変な家に対する最初の推理を披露したところで終わっている。もし、YouTube動画を先に見て「結局あの家って何だったんだろう?」と思った方は、ぜひ本書を読んでみてほしい。
あまりにも恐ろしく、あまりにも残酷な、「変な家」の真実が本の中で浮かび上がってくるからだ。もちろん、本と動画、両方楽しむのもおすすめだ。
まとめ
間取り図を使った斬新かつ新しい不動産ミステリーは、現代の家と旧家の因習とが絶妙にミックスされている。
変わり種のミステリーを読みたい方には本書を強くおすすめする。驚きとともに、背筋が寒くなること間違いなしだ。
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