兄弟同士毎日一緒に住んでいたら、お互いの性格は充分に知っていると思っている人は多いのではないだろうか。
しかし、実は近くにいながら気づいていない兄弟のいいところ・悩んでいたことなどはたくさんある。
この作品の主人公・戸村兄弟のことを見ていると、自分の兄弟・家族のことについてもっと知りたくなるに違いない。
こんな人におすすめ!
- 久しぶりに笑える話を読みたい方
- 最近兄弟・姉妹との距離がある方
- 人との交流が少なくなっている方
あらすじ・内容紹介
大阪の超庶民派中華料理店・戸村飯店の息子のヘイスケ・コウスケ兄弟が主人公。
年の差1つ違いの戸村兄弟は見た目も性格も全く違う兄弟で、ずっと同じ部屋で暮らしていながら話すことはほとんどなくすれ違いが多かった。
兄のヘイスケは高校卒業後に小説家になるために専門学校へ通うという口実で上京。
弟のコウスケは高校卒業後にお店を継ぐと決めて、残り1年の高校生活を悔いがないように全力で過ごしていた。
大阪と東京と離れて暮らすようになった2人だが、一緒に暮らしていた頃よりも交流する機会が徐々に増え、今まで気づかなかったお互いの良さ、自分たちの進むべき道に気づき始める。
『戸村飯店青春100連発』の感想・特徴(ネタバレなし)
テンポのよい大阪弁のやり取り
戸村兄弟が暮らしてきた戸村飯店の舞台が大阪にあるだけに、大阪弁が飛び交う場面がたくさん出てくる。
その会話のテンポがよく、とても面白い。
戸村飯店常連の竹下の兄ちゃんが東京に住むヘイスケのところへ遊びに行って、東京駅で合流できたときの会話も笑わせてもらった。
「ヘイスケー~!!なんやお前、めっちゃ大きなったやん」
兄ちゃんは俺を見つけると、でかい声を上げて手を振った。
「あほな。まだ半年しかたってへんのに、大きくなるわけないやろ?」
っていうか、十八歳過ぎてから大きくなること自体難しい。
「なっとるなっとる。さすが、東京や。人を何倍も大きくしよる。ああ、なんや、めっさ懐かしいわ」
兄ちゃんはむやみにやたらに俺の肩を叩いた。急いで歩いている人たちも、兄ちゃんのオーバーリアクションをちらちら見ている。
(中略)
さっきは大きくなったと言ってたくせに、次は勝手に細くなったと心配しだした。忙しい人だ。
「大丈夫や。バイトもしとるし、お金にはそんなに困ってへんよ」
「東京でバイトか。さすがヘイスケや。何しとる?またローソンか?」
「同じことしても仕方ないし、今度はコンビニちゅうけど」
「なんや流行のIT工業か?それやったら、残ったITとか分けてくれや」
「なんやねん、IT工業って?それを言うならIT企業やろう?それに、ITは物ちゃうから、あげられへん」
「ひやあ。なんや知らんけど、えらいややこしいなあ。さすが東京や」
下町の大阪人丸出しの竹下の兄ちゃんの発言に冷静に返すヘイスケのやり取りは無駄なくテンポよくて面白い。
大阪のことを知らない人には「大阪に来たらこんな面白い感じなのかな」と想像しながら、前から大阪に慣れ親しんでいる人には自分と重ねながら読み進めていくとさらに楽しめると思う。
人情味あふれる交流
現代は隣の家の人の顔すらわからないほど近所付き合いが少なく無関心な人が多い。
だが、戸村飯店に関わる人たちは自分の家族のように助けたり、応援しあったりしている。
ヘイスケが
大阪。少なくても俺の住んでいた町だったら、道を一つ尋ねようものなら、大騒ぎになっていた。
と表現しているように、他人にも自分のことのように親身に対応する人が多いようだ。
合唱祭でコウスケが指揮者をやるというときも、戸村飯店の常連のおじいちゃん、おじさんたちは嬉しそうにして「ビデオを借りて横断幕で応援に行く」と言ってくれたり、コウスケの恋の悩みにも戸村飯店にいた常連さん全員がコウスケにアドバイスをし、元気づけたりしていた。
家族のつながりはないお店の常連さんたちが、家族以上に心配し、応援したりする姿にはとても心が温かくなった。
身近に困っている人がいたら、戸村飯店にいる人たちのように当たり前に手を差しのべて助けられるようになりたい。
近くに住んでいても気づかない兄弟の本心
一緒に住んでいる両親のこと、兄弟のことはよく知っていると思いがちだが、もしかしたら家族が悩んでいることに気づいていない場合もある。
戸村兄弟も同じ部屋に住んでいながら、会話もまともにせず、兄弟同士干渉し合わなかった仲。
お互い思っていたことや感じていたことのすれ違いがあったようだ。
コウスケは、自分よりも先生へ愛想よく対応し、文章もうまく書きこなす兄のヘイスケのことは、器用で要領がよく、ずる賢いところがあると思い込んでいたが、実際ヘイスケはコウスケみたいに器用にこなせなかったと思った過去がある。
ヘイスケは、コウスケのように吉本新喜劇で両親・お店の常連さんを笑わせようと練習したが、誰も爆笑せず、そのあとコウスケがネタをやったときはどっと笑いが起きたことで、自分の笑いの才能のなさに失望したのだ。
ヘイスケはその後家族の前ではすました顔でお笑いに興味ない風を装っていたので、コウスケはヘイスケが笑わせようと努力していたことに気づいていなかったようだ。
近くに住んでいるからといってよく理解できているとは限らない。
自分の知らないところで苦悩していることもあること、相手のことにもう少し興味を持って知ろうとする大切さを戸村兄弟から教えられた気がする。
東京、大阪と離れて暮らすようになったヘイスケ、コウスケが理解し合い心の距離が近くなる日が来るのか、それとも変わらず距離は縮まらないままなのかにも注目である。
まとめ
この作品は面白くて温かくてうるっと涙してしまうし、読んでいて退屈する暇がないほど充実感を味わえる作品だ。
まるで何度も通いたくなる行きつけのお店のように。
本書を読んで、家族や身近な人との距離が近くなる人が増えることを願う。
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