『ナラタージュ』、『Red』 、『ファーストラブ』など映画化が話題となり、島本理生の作品を触れたことがある方は増えていることだろう。
私が彼女の作品に触れたきっかけとなったのは、雑誌『JUNON』に掲載されていた『summer time』という高校3年生の男の子3人の夏の青春を描く書き下ろし短編小説をたまたま読んだことだった。
高校2年生の夏だった当時、「こんな夏の青春もいいな」と感じたことは今でも覚えている。
読み終えると、爽やかな風に吹かれているような清々しい気持ちになり、ほかの作品も読んでみたいと思った。
『summer time』の作者プロフィールに書いてあった作品名で、目にとまったのが本作『リトル・バイ・リトル』だった。
史上最年少で芥川賞候補に選ばれていると書かれていたので興味が湧いた。
島本理生の小説は恋愛ものが多く、結末がハッピーエンドで終わらないものがほとんどなので、読んだあとに甘酸っぱく切ない気持ちになるイメージかもしれないが、本作は読んだあとに心が温まる作品となっている。
あらすじ・内容紹介
主人公の橘ふみは、母と異父妹のユウとアパートで3人暮らし。
高校卒業後、生活費や大学の学費を稼ぐためにアルバイトをして過ごしている。
ふみは平穏な生活を送っているように見えるが、複雑な家族関係ということもあり時折暗い世界に入ることがあった。
母とユウとの生活に習字の先生の柳さん、母の職場で知り合ったボーイフレンド・周など、家族を軸として人々との交流で、次第にふみの世界に光が差していく。
『リトル・バイ・リトル』の感想(ネタバレ)
幸せとは言い難い家族関係
あらすじでも触れたが、ふみの今の家族構成は母と妹のユウのふみの3人家族。
だが、ふみにはかつて2人の父親がいた。
ふみの本当の父親と母がふみの本当の父親と離婚後再婚した2番目の父親である。
彼と母の間に生まれたのがユウ。
ふみがある程度大きくなったあとにできた妹なので、ふみとユウは年の離れた異父姉妹。
2番目の父親とも母はふみの大学受験勉強最中に離婚することになった。
この2人の父親の存在が、ふみに黒い影を落としている要因である。
特に血のつながった本当の父親の存在は、ふみの心に大きく影響しているようだ。
・2番目の父
ふみがすでに成長していた頃だったため、母と再婚してから2番目の父とはずっとよそよそしい。
母が離婚後彼を含め4人で食事しているときも、
まぁひとごとではあるのだが、それでもあまりにもひとごとなので、赤の他人よりも他人の会話のように思えた。
と表現しているところから、彼との間に深い溝があるとわかる。
また、食事に行くまでに、並んで歩くふみ以外の3人を後ろから眺めるシーンがあるのだが、その時彼女はどこか孤独に感じていたに違いない。
・最初の父
ふみの最初の父は路上で手作りのアクセサリーの販売をしていた。
ケンカっ早く、飲みすぎたときは癇癪を起こして作ったばかりのアクセサリーを壊したり、家の障子を破いたり、人と殴り合いをするようなろくでもない父親だった。
それでもふみにとって、最初の父は大切な存在だったようだ。
最初の父と母が別れた後も、毎年誕生日が近くなると、彼とは池袋の東口で待ち合わせをして出かけるのが七年前まで恒例行事だった
恒例行事と思うほど年に1度父と会うことを楽しみにしていた彼女。
だが、6年前にその約束の日をずっと待ち続けでも父は姿を現さなかった。
後に母から6年前の約束の日の前日に、父は知らないおじさんとケンカして警察沙汰になり、母に「こんな姿は父親の姿じゃないし、俺には娘はいなかったし、あいつにも父親はいなかったらもう会わない」と言っていたと聞かされた。
その話を聞いたふみは
どうして引き留めてくれなかったのかと言いたい気持ちを、私は寸前のところで必死にこらえた
ろくでもない父親でありながら、ふみにとって最初の父はずっと大事な存在だったことがわかる。
最初の父との思い出を回想しているときも
ひどい目にあえばあうほど、いつかを期待してしまうのはなぜだろう。自分はまだ想像の中で生きている父に希望を捨てないでいる。離れて遠ざかるほど実像とは違う姿が頭の中で勝手に形成されていくのだ。
と感じているように、ずっと彼を待ち続けていたふみにとって2度と会えないとわかった悲しみは大きかったであろう。
複雑な家族関係の中にある日常の幸せ
ふみは複雑な家族関係ではあるが、そんな中でも母、妹のユウとの3人との暮らしは、仲の良い家族のようだ。
自由奔放な母の発言に対し冷静に返すふみの姿や、ユウが朝ごはんの卵の黄身をこぼしたときの3人のやり取りなど、穏やかな時間が流れる場面がたくさん描かれている。
ユウが児童館にいるガキ大将の男の子に突き飛ばされたときに母が懸命に助けるところも、家族愛を感じた。
窓の外を見ているとき、私はよく考え事をする。いろんな出来事が頭の中に描かれていく。外の暗闇に映し出すように。たとえば最初の父親が酒に酔って割った窓ガラスの破片が飛んできたときのことや、ユウちゃんが生まれてから生活習慣や子育ての価値観の違いで上手くいかなくなった母と二番目の父のこと。そして、そんな中でも楽しい瞬間があった家族の生活。いいこともいやなことも決して忘れないように、自分にとっては何もかも必要なことだったと考えながら思い出す
ふみは辛いことがあっても、楽しかった思い出を忘れずに過ごしているようだ。
3人の家族の様子は、幸せそうで読んでいてとても温かい気持ちにさせられた。
ふみのボーイフレンド“周”の存在
複雑な家族関係や境遇が、ふみの人生に黒い影を落としていた。
母、異父妹ユウ、ふみが通う習字教室の柳さんとの時間も彼女を前向きにしてくれていたが、最も明るい光を差してくれたのが、母の職場で知り合った“周”の存在だ。
一緒に出かけたり食事をしたりすることも多く、他愛のない会話が微笑ましく、ふみは彼と会っている時間を楽しんでいたようだ。
その中でもふみの閉ざされたものが開かれたと思われる周とのやり取りがある。
ふみが「怖いと思ったときは1人で目をつぶってじっとして言葉にしないこと」を周に打ち明けた後の会話だ。
「でも他人には言わなきゃずっと分からないままですよ。」
「他人って」
「たとえば俺とか」
周は強い口調でそう言うと、すぐに表情を緩めて、いつものおっとりした調子で続けた。
「毎回怖いって思うたびに、そう言えばいいじゃないですか」
他人に対して怖いことを打ち明けず、そのまま自分の中に閉まってしまうことがある。
「怖い」と口にするのが怖かったふみにとっては、「怖いと言っていい」と伝えてくれたことは、本当に心の救いになったと思う。
まとめ
どんな状況でも幸せに生きていけるかどうかは自分次第ということをふみから学んだ。
ふみ自身
「けど、楽しいか楽しくないかは本人次第だとおもいますよ。」
と考えられる性格だったし、どこか自分の境遇に諦めていたようなところがあったが、この話が進むにつれて、人との関わりで閉ざしていた心を開いていいのだと気付き、さらに心に明るさを得た。
ふみと最初の父との関係は、ぎゅっと胸が締めつけられるような島本理生流の切なさが入っているものの、最後にふみが周と仲良く家路につく場面にはほっとした。
島本理生の小説は、切ない恋愛ものだけでなく本作のような最後に心が明るくなるような作品もあることを知ってもらえたら嬉しい。
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