ちょっとドライで、冷静な13歳の少年の目を通して見る真実の英国。
襲い来る多様性の波と貧富の格差をかいくぐって、少年は前に進んでいく。
海を越えた国で起きている事実に目を向けてみよう。
第1弾の書評はこちら
こんな人におすすめ!
- 真実の英国の姿を読みたい人
- 日本人にはない視点で英国を読みたい人
- とにかく頑張っている子供の姿が読みたい人
あらすじ・内容紹介
英国・ブライトン在住のブレイディみかこさんの息子さんの成長を綴ったエッセイの第2弾。
第1弾では11歳の頼りなげな少年だった彼が、本作では13歳になり、強いまなざしで学校を、生活を、英国という国を見つめるようになる。
彼を取り巻く環境は年齢が上がったがゆえに目まぐるしく変化をしていっているのだ。
LGBTQの相談員が学校に配属されたり、GCSEという義務教育を終えるための国家試験の準備に入り、卒業後の進路を考える時期にも入ってきた。
ブレイディさん自身も、気まずかったママ友の娘の歌に酔いしれたり、旦那さんの断捨離を手伝ったり、馴染みの隣家が引っ越したりと忙しい毎日を過ごしていた。
ブレイディさんが親子で向き合う英国での貧富の格差、差別、ノンバイナリーという新たな多様性の形。
近所でも、学校でも、友人関係でも感じられずにいられない様々な「差」を息子さんはどう捉えて、どう乗り越えていくのか?
イギリス版スクール・ウォー第2弾にして、完結編!
※下記の表は、第1弾と第2弾の内容をサクッと振り返ったり、主要テーマなどの項目を見て読むかどうか決めたい方向けに作成した簡易的な比較表だ。読書や選書の参考にしていただけると幸いである。
第1弾 | 第2弾 | |
---|---|---|
テーマ | 差別 | 格差 |
エッセイで描かれる期間 | 中学校入学からの1年半 | 中学生活3年目の約1年 |
英国の動きと10代の気持ち | 2019年EU離脱で揺れる英国 残留派が多い息子さんたち10代 | 2020年EU離脱よりも気候変動に関心がある息子さんたち10代 |
息子さんが気にかける友達 | ダニエルという差別意識の激しい少年 | ティムという格差社会のために貧困家庭で暮らす少年 |
息子さんとバンド | ギターを担当するバンドの結成 | 方向性の違いでバンドを脱退 |
息子さんが求められる考え方 | 11歳から考え始める「多様性」 | 13歳が直面する新しい「多様化」 |
キャッチコピー | 大人の凝り固まった常識を、子どもたちは軽々と飛び越えていく。 | 「ぼく」は13歳になった。そして親離れの季節が――80万人が読んだ「一生モノの課題図書」、ついに完結。 |
イラスト | 中田いくみ | 中田いくみ |
特別試し読み | はじめに、1章、5章、6章、8章 | 1章、2章 |
ページ数 | 256ページ | 208ページ |
発売日 | 2019年6月21日 文庫本:2021年6月24日 |
2021年9月16日 |
備考 | Yahoo!ニュース 本屋大賞 ノンフィクション本大賞他11冠 |
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』の感想・特徴(ネタバレなし)
多様性の中の多様性
旦那さん「そういう点では、俺はほら、あれだったな。お前が言ってた、ノンバイナリー。俺はだいたいアイルランドに住んだこともないんだが、アイルランド人でも英国人でもないし、信仰熱心じゃないから、カトリックでもプロテスタントでもない。どっちにも属さない、別にジェンダーの話だけじゃないんじゃないの?」
息子さん「……父ちゃん、いまなんか、ちょっと深いこと言ったね」
ブレイディさんの旦那さんと、息子さんの会話である。
ノンバイナリーとは「Xジェンダー」ともいい、男女のいずれか一方の性別に属さない立場を取る人のことを指す。日本でも徐々にその名称が浸透してきていると思う。
多様性が叫ばれる現代で、ノンバイナリーの人も多様性の中の一つとして数えられているはずだ。
私たちは日本という単一民族の中で暮らしている。そのせいか、多様性という言葉すらあまり感じないことが多い。
周りを見渡せば日本人ばかりの国で暮らしいるため、英国のように道ですれ違う人が「あ、自国の人じゃない」ということがほとんどない。今でこそたくさんの海外の人を受け入れているけれど、やはり日本人が多いことが当たり前である。
受け入れる、受け入れないの前に、英国はたくさんの英国人ではない人が暮らしているのが当たり前だ。そして、様々な性的指向がいるのも事実だ。
ブレイディさんの息子さんの学校には、LGBTQの相談員がいるという。彼らはレインボーの目印を身に着け、一目でそういったデリケートな問題を請け負うことを示しているという。日本には馴染のない取り組みだ。
それは英国が移民を受け入れることで得た「多様性」という考え方を、さらに発展している証拠だと思うのだ。
しかし、ブレイディさんの旦那さんの年齢では、移民という人種や宗教の多様性は受け入れられても性的指向などの多様性、つまりノンバイナリーなどの多様性が浸透していないみたいだ。
だれだって、初めてのことは戸惑うものだ。だからブレイディさんの旦那さんが、息子さんの学校にLGBTQの相談員がいるというのを理解しにくいという気持ちも分からなくはない。
彼はそれらの性的指向を決して否定はしていなかったけれど、理解をするのは難しいのだなと感じた。しかし、それを踏まえての冒頭の発言は、彼なりの多様性の中にある新たな多様性を受け入れた言葉だと思うのだ。
理解できないことを、そのままにしない。自分なりの解釈をつけて理解をし、そしてそれを今、その問題に直面している息子さんに伝える。親子愛を感じると同時に、彼らの中での多様性の問題を無視せずに、真っ向から向き合っている姿に感動を覚えた。
息子さんに特別な性的指向はないようだ。しかし、彼の学校には大人でも難しい、性的指向の多様性を理解する現実を迫られているという事実がある。それらを、理解しよう、差別しないようにしよう、そんな風に考えるブレイディさん親子の姿勢には感心せざるを得ない。
未来はだれにも決められない
英国は貧富の格差が激しいことをブレイディさんは繰り返しエッセイで語っている。それもこれも、緊縮財政の路線を取る保守党が選挙で勝ってしまったからだ。
そんな緊縮財政の影響をもろに受けているのが、息子さんの友人・ティムである。彼の母親は鬱病であり、働くことがままならない。緊縮財政のおかげで生活保護の手厚さもなくなり、長兄が働いて家計を支えているようだ。
息子さんとティムの仲の良さもさることながら、ブレイディさん自身もティムのことをとても気にかけている。
あるとき、進路に関わる説明会にティムがやって来なかった。たまらず息子さんにティムのことを訊くブレイディさん。すると彼は、
「いや、ティムは卒業したら彼のお兄ちゃんみたいに働くからGCSEなんて関係ないって言うんだ」
と言ってきた。
GCSEとは、英国で義務教育を終えるときに受ける国家試験のことであり、これらの成績が次の進路(大学進学など)に関わってくる。息子さんの友人は全員、大学へと進学を希望している。その中でティムだけが自分の未来を決めつけてしまっているようだった。
そんなティムに対してブレイディさんはこう思った。
要するに、ティムだけが「違う」のである。この違いは、人種とか性的指向とかそういうことではないが、ある意味それ以上にティムは自分と友人たちとの間に「僕は違う」という線引きをしているのだ。
息子さんとティムでは確かに、家庭環境も何もかもが違う。しかし、何もかもが違う人間たちの中で唯一平等なのは、未来がやってくることだ。そして、その未来はだれにも決めることができないはずだ。
GCSEの成績は、就職にも関わってくるという。ブレイディさんの旦那さんの言葉で、ティムはその事実を知らないことが発覚する。ティムの周りにはそれすら教えてくれる大人が存在しないという事実に愕然としてしまった。
子供は着実に未来へと進んでいく。そして、それを導くのは大人の役目だ。まっとうに生きていけるだけの知恵や知識を教えてやれるのは、大人だけなのだ。
ティムの親がティムを愛してないだとか、ほったらかしにしているだとか、そんなことが言いたいのではない。ティムの周りにもたくさんの導いてくれる大人がいるはずだということを教えてあげたい。
SOSを出すことが苦手な子供や、教えを乞うことが苦手な子供が安心して大人を頼れる未来が来ることを、願ってやまない。
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人生は変化の連続
「長い時間 ほんとうに長い時間かかった でも私は知っている 変化はやってくる 必ずやってくる」
これは本書に登場するサム・クックの歌「A Change is Gonna Come」の歌詞の一部を訳しものである。この歌詞に呼応するかのように、胸に刺さってくる息子さんの印象的な言葉がある。
「僕の身に起きることは毎日変わるし、僕の気持ちも毎日変わる」
「でもライフってそんなものでしょ。後悔する日もあったり、後悔しない日もあったり、その繰り返しが続いていくことじゃないの?」
変化を恐れることがない10代の言葉と、サム・クックの歌詞が奇妙にリンクして、書いてある章はまったく違うのに、何度もページを行ったり来たりしてしまった。
大人になると、毎日が同じことの繰り返しのように感じることが多くなると思うかもしれない。でも、少し考えてみてほしい。
通勤で同じ道を通るとしても、天気が晴れだとテンションがちょっと上がる。雨だと気分がちょっと沈む。昼飯だっておそらく同じものは食べないだろうし、上司からの指示もきっと違うものだろう。
同じ毎日はきっとないし、同じ気持ちの1日もきっとない。
息子さんはそれを「ライフ」と言っている。それが「ライフ」というものだと感じて生きているのだ。
大人は変化を恐れる傾向にあるけれど、サム・クックの歌詞のように変化というものは確実にやってくるし、息子さんが言うように毎日私たちは変わっていく。
細胞レベルでも変化をしていくし、気持ちの中でも変化していく。
たった13歳の少年の言葉がこんなにもグサッと来るものだとは、だれも思わないだろう。
子供だから経験が少ないとか、社会を知らないだとか、そんな言葉は今ここに必要ない。
彼なりに現実と戦い、変化することを選び取っているこの少年に、心からエールを送りたい。
まとめ
13歳になっても、彼は相変わらずちょっとドライで、冷静で、日本の子供にはない「眼」を持っている。彼の眼は、現実をきちんと現実として捉えることができるのだと思う。
逃げたりせず、一歩ずつでも前に進んでいくブレイディさんの息子さんの後ろ姿を、読者もきっと応援したくなるだろう。
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