『現実逃避してたらボロボロになった話』あらすじと感想【どうしても自分を大切にできないあなたへ】

『現実逃避してたらボロボロになった話』あらすじと感想【どうしても自分を大切にできないあなたへ】

あなたはどんな時に自分を大切に出来てないな、と感じるだろうか。

3時間しか眠れない日々が続いた時?

深夜にたらふくラーメンを食べた時?

一本だけ、と吸い始めた煙草が止まらない時?

あるいは、泥酔状態を求めて、度数の強いお酒をぐびぐび飲む時?

日々懸命に生きていると、信じられないほどの虚しさや寂しさに襲われることが多々ある。

そんな時、負の感情を紛らわすため、私たちは不規則な睡眠時間や過食・拒食、タバコやアルコールを通じて、容易く自分を傷つけてしまう。

では、そうした行為は根絶しなければならないのだろうか。

私たちは常に虚しさや寂しさに立ち向かい、勇敢に乗り越えなければいけないのだろうか。

自分を傷つけることは果たして、全く無意味で私たちに何も与えないのだろうか。

こうした問いに、柔らかに、かつしっかりとNOを突きつけるのが本書だ。

最近自分を大切にできていないと感じる人に、ぜひ読んでいただきたい。

こんな人におすすめ!

  • 自分へのケアが十分にできないと感じている人
  • 何もかもうまくいかず、自暴自棄になっている人
  • どうしても自分の生活を肯定することができない人

あらすじ・内容紹介

本作は、漫画家の永田カビ(ながた かび)が、アルコールの大量摂取によりアルコール性急性膵炎と脂肪肝で入院し、退院、そして本作を世に送り出すまでを描いたコミックエッセイだ。

著者は、ひょんなことから毎日飲み歩くようになった。

飲み始める時間帯も徐々に早まり、初めは夕方から飲み始めていたが、次第に14時から開店している店に訪れるようになり、ついには24時間営業のチェーン店で早朝や深夜に飲むのが習慣になっていた。

そして、いつしか居酒屋での飲み歩きをぱたりとやめ、その後は家で飲むようになったらしい。

彼女の部屋には常に焼酎があり、主にカルピスで飲んでいたそうだ。

コスパを求め、4リットルの焼酎を買うこともあった。

そんなわけで、毎日大量にアルコールを摂取していた著者は、ある日腹部に激痛を感じ、入院を余儀なくさせられる。


本作ではアルコールを禁じなければいけない入院・退院後の生活、そして一向に進まない仕事に苦しみ、自分の進むべき道を見つけられずにいる著者が、苦しみの中で自分自身をふりかえり、新しい視座を獲得する物語である。

『現実逃避してたらボロボロになった話』の感想・特徴(ネタバレなし)

心身ともにボロボロだった著者を救った母親の言葉

主治医の指示を忠実に守り、晴れて退院が決まった著者。

しかし、退院時に「薬は一生飲まなあかん」「じゃないと再発するから」「アルコールはもう絶対あかんよ!」と言われてしまう。

彼女はADHDや摂食障害、うつなどの精神に関わる病気の治療も行っていたため、

精神は病気でも身体だけは健康だったのに…… 精神も身体も両方病気になってしまった…!!!

と大きなショックを受ける。

そして母親に対し、自分の身体が不可逆に変わってしまうことが悲しい、と告げると、

なんでよ〜 一生薬あって定期的に診てもらえたら安心やん!

うれしい不可逆な変化だってあるやん いじめっ子がいなくなるとか

と母親はあっけらかんと答えた。

この言葉に著者は救われるのである。

その時の様子を著者は

“その時はまだ完全にはそう思えなかったけど希望の光が見えたようだった”

と描写している。

病気のせいで自分の体に大きな変化があったり、大切な誰かを亡くした時、「時間を巻き戻すことができるなら」と願う人は多いのではないだろうか。

しかし、時間を戻すことはできない。

大切な何かを失った喪失感は苦しい。

けれど、その苦しみと寄り添いながら、新しい生活を慈しめる人になりたいと感じた。

消えない、ノンフィクション作品へのトラウマ

入院前から、著者はフィクションの作成に取り掛かっていた。

当時進めていた3本の進捗はあまり芳しくなく、入院後にアルコール摂取を禁じられていた著者は苦しめられることとなる。

彼女がフィクション作成に熱を上げる理由は、前作までのノンフィクションエッセイ3作で、彼女の両親を傷つけてしまったことによる。

彼女の半生を描いたエッセイは、彼女自身の繊細な内面と、家族に対する複雑な心情を曝け出すものだった。

それを読んだ両親から、もうノンフィクションは書かないでほしい、と告げられていたのだ。

今度こそ親を泣かせないような作品を書くぞ、と意気込めば意気込むほど、彼女は追い詰められ、酒を求める気持ちが強くなっていった。著者は、当時をこう振り返る。

酒に求め、そして得ていたものは色々あるが「罪悪感からの解放」が大きい

酒を飲めないと自分の罪との間に何の緩衝材もなくダイレクトに向き合うことになる。
さらにフィクションを描く事の動機も「罪の意識」である

なのでフィクションのネームをしていると楽しいんだけど少しでもうまくいかないとそこで踏ん張りがきかない。
そして酒に逃げて楽になりたくなる

自分のために今回の入院体験をノンフィクション漫画にするのか、それはフィクション作成からの逃げではないのか…。

死んで楽になるしか道はないのか、と諦めかけた時、彼女が思い出したのは前作のノンフィクションエッセイに寄せられた、知り合いのマンガ家さんの感想だった。

 

『死なないことは、難しいことだと、百も承知です。』

『でもどうか、明日が続く先には、思いがけない希望が転がっているかも知れないことを思って、死なないでほしいと思いました。』

その後、彼女はカクヤスで缶チューハイを買い、断酒期間を終える。

これほどまでに、自分の苦しみと真摯に向き合える人が、どれほどいるだろうか。

皆さんも、しばしばお酒やタバコ、ジャンクフードに頼ってしまうことがあると思う。

体に悪いとは重々承知だが、止められない時もあるだろう。

でも、そんな時、どうか自分を責めすぎないでほしい。

きっと、明日からの日々に立ち向かうために、必要なものだから。

苦しみに立ち向かうには、なくてはならない時もあるから。

自分だけの体験を自信を持って描こう

断酒期間を終え、緩やかにお酒を飲み始めた著者だったが、フィクションの作成は一向に進んでいなかった。

何かこの日々から脱出するきっかけがないかと、Web記事や本を探す中で、彼女はある記事を目にした。

その記事は、ある女性の幼少期からこれまでのことが書かれている作品だったが、著者にとって、その作品はここ数年で読んだ文章でダントツで面白かったとのこと。

当時のことを著者は

目を覆うようなシーンでさえも目が離せなかった。
言語化の能力の高さがムズムズと悔しかった

と述べている。

この瞬間から、これまで自分のことをノンフィクションとして描くことに感じていた躊躇いが消え、今回の入院についてを作品にすると決める。

「痛みの対価」あるとすれば「経験、体験そのもの」だろう。
あの入院の体験こそ貴重な対価だ (中略) …いや学びも気づきも大事だけど一番大事なのって「視点」じゃないか。
「視点」… そのことを「どう見てどう感じたのか」そして「どう言語化、マンガ化するのか」… (中略)
「そこに独自の価値ある視点があるかどうか」が大事なんだと思う多分…!!

自分の体験を書くと決めてから、不安に苛まれながらも、著者は本作を書き進めていった。

そして、ふと「手応え」のようなものが急に感じられ、気づいた時には担当さんにネームを送っていたそうだ。

何かを生み出す職業をしている人は、著者と同じような感覚に襲われることがあるのではないだろうか。

自分よりすごい人は沢山いる、頑張っても頑張っても、まともな作品が生み出せない。

作業の手は止まり、自分の進む方向がわからない。

それでも創ることに執着するのは、創らずにはいられないからだと思う。

たとえ、自分の創る物に不安ばかり感じたとしても、そこにあなた自身の視点や感じ方があれば、きっと大丈夫なのだ。

まとめ

いかがだっただろうか。

何もかもうまくいかず、何かにすがりたくなる瞬間は誰にでもあると思う。

それは決して、あなたの心が弱いからではない。

苦しみに向き合っている証拠なのだ。

やりきれない日々が続いた時は、ぜひ本作を手に取ってほしい。

せめてもう1日だけでも、生きてみようと思えるはずだから。

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