殺人事件、不可解な事件現場、ダイイングメッセージや遺言、複雑な人間関係。
ここに挙げた事象は、数多くのミステリー小説に登場するが、著名作のオマージュを除いて、不思議と同じような話はない。
2021年『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した『元彼の遺言状』も、他のミステリー小説と同様、殺人事件が起き、複雑な人間関係が絡み合い、そして謎めいた遺言が登場する。
しかし、これまでに読んだことがない作品だと感じた。
主人公・剣持麗子の元彼(正確には元々々彼)が残した、奇妙な遺言を巡る物語をここに紹介したい。
目次
こんな人におすすめ!
- 強い女主人公を求めている人
- ミステリー好きで、新しい作家の本を開拓したい人
- 『このミステリーがすごい!』大賞受賞作が気になる人
あらすじ・内容紹介
つき合っている彼氏から贈られた指輪に不満を持った弁護士の剣持麗子(けんもち れいこ)は、癒されたいと思い、疎遠になっているイケメンの元々々彼・森川栄治(もりかわ えいじ)に連絡を取った。
ところが、栄治の友人・篠田(しのだ)から、栄治はインフルエンザで亡くなっていたことを聞く。
栄治は上場企業・森川製薬の次男で、60億もの資産を持っていたというが、奇妙な遺言を残していた。
一、僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る。(中略)
一、死後、三ヶ月以内に犯人が特定できない場合、僕の遺産はすべて国庫に帰属させる。
しかも、犯人と認定されるには、森川製薬の社長・森川金治(もりかわ きんじ)、副社長・平井真人(ひらい まさと)、専務・森川定之(〜さだゆき)の三人から認められないといけなかったり、遺贈分として、麗子を含む元カノたちに軽井沢の別荘と土地を挙げると書いてあったりと、複雑で奇妙な文面が続く。
この奇妙な遺言を基に、森川家は犯人選考会を開催する。
麗子は栄治の死の真相を知りたい篠田の代理人として、犯人選考会に参加し、篠田を犯人に仕立てようとするが、事態は思わぬ方向へ転じていく。
『元彼の遺言状』の感想・特徴(ネタバレなし)
欲しいものはお金?主人公・剣持麗子の魅力
本書の魅力の一つは、主人公・剣持麗子の性格だろう。
麗子は大手法律事務所に所属する弁護士であり、学生時代には陸上でインターハイにも出場した、まさに才色兼備を体現した女性だ。
これで性格が良かったら非の打ちどころがないのだが、実際は気が強く、お金に対して異常なほど貪欲ときた。
前年よりも実績を残したにも関わらず、ボーナスの査定が400万円から250万円に減ったときは上司に対し、こう言い放っている。
私はお金が欲しくて働いているんです。働いた対価として、事務所からお金をもらう。それ(ボーナスが目減りした分)を勉強だとか何とか言って、天引きされたら、たまったもんじゃない!(中略)お金がもらえないなら、働きたくありません。こんな事務所辞めてやる。
そして、麗子は本当に事務所を辞めてしまう。
作中では、優秀な弁護士らしく、理論的に隙をつかせない弁論を繰り広げたりするのだが、麗子のお金に対する異常な執着心が、物語をスムーズに進ませなかったり、挫折を味あわせたりと、物語のスパイスになっていると思う。
栄治の目的は復讐?キーワードは贈り合ってお互いを潰す「ポトラッチ」
栄治が残した「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」と始まる奇妙な遺言。
この遺言には続きがある
これは僕にとって、犯人への復讐だ。
なぜ、犯人に自分の全財産を渡すことが、栄治には犯人への復讐となるのだろうか。
この謎を解くキーワードは「ポトラッチ」である。
「ポトラッチ」という言葉を知らない方も多いだろう。
文化人類学者である栄治の兄・富治(とみはる)の説明が分かりやすいので引用する。
(ポトラッチとは)日本語で言うと、競争的贈与でしょうか。少し単純化して説明しますと、隣り合う二つの部族がいるとします。この部族間で、贈り物をしあうのです。ルールは簡単。貰った以上のものをお返しすること。こうやって贈り物をしあっていくと、どんどん贈るものが大きくなっていって、どちらかがお返しができなくなり、潰れてしまいます。
要約すると、潰すために贈り物をし合うという行為が「ポトラッチ」である。
そして富治は、こう続ける。
恩を着せてきた人間が生きていれば、そのうち恩返しができるチャンスもあるかもしれない。しかし、今回のように死んだ人間が恩を着せた場合、それは返しようがないから、受け取った側は勝ち目のない戦いに巻き込まれたことになるだろう。そう考えると、遺言というのは、ポトラッチを仕掛けるのに最適な形態なんだ。
犯人に全財産を渡して恩を売ることで、相手に返せない罪悪感や後悔を抱かせること。
これが栄治の目的であり、復讐なのだ。
栄治の死の真相は?ロジカルに展開されるストーリーとエンターテイメント性の融合
栄治はインフルエンザで亡くなったことになっているが、遺言の内容を見ると、まるで自分が殺されることを予見していたようだ。
果たして栄治の死の真相は…?
ここから先は本書を読んでもらいたいが、麗子は探偵顔負けの推理を披露していく。
弁護士らしく法律を交えながら展開されるロジカルな推理には、著者の新川帆立さんが麗子と同じく弁護士のためか、リアルさを感じる。
その一方で先に述べたように、麗子の性格、特にお金に執着する様子が、彼女の足を引っ張っており、その展開がまるでライトノベルのようであり、エンターテイメント性も大いに感じさせられた。
ロジカルなストーリーとエンターテイメント性の高いキャラクター。
この相いれなさそうな2つの事象をうまく融合させており、他のミステリー小説には無い特徴を出していると思った。
まとめ
ストーリー全体に複数の伏線がちりばめられているが、終盤につれて伏線が上手く回収されており、読後もすっきりしていたと感じる。
気になった方はぜひ本書を読んでみて欲しい。
新川帆立さんの次回作にも期待したい。
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