『重力ピエロ』あらすじと感想【家族の愛は、重力だって飛び越える。道化師の魔法のように鮮烈なミステリ】

『重力ピエロ』書影画像

あなたは遺伝子を信じますか?

あらかじめ定められた設計図に、人は逆らえない。

罪や暴力は遺伝する。

だから、同じ過ちが繰り返される。

犯罪者の子は犯罪者になる。

よく耳にする話ですが、本当にそうでしょうか?

『重力ピエロ』は、暴力と遺伝子の垣根を越えた、家族愛の作品です。

こんな人におすすめ!

  • 謎解きをじっくり味わいたい人
  • アートや遺伝子に興味がある人
  • 勧善懲悪や因果応報が好きな人
  • すこし不思議な兄弟の話が読みたい人

あらすじ・内容紹介

私は泉水。ふたつ下の弟は春。

優しいサラリーマンの父。美しい母。

私たちは平凡な日常を過ごせる、はずだった。

辛い出来事が襲い掛かるまでは。

兄弟が大人になったころ、事件が起こる。

相次ぐ連続放火。

謎のメッセージが書かれた奇妙なグラフィティアート。

遺伝子の構成物質とアートの不可解な共通点。

私たちは、謎を解明すべく暗号解読に勤しむ。

「ピエロが空中ブランコから飛ぶ時、みんな重力のことを忘れているんだ」

重力も遺伝子も、一切俺たちには関係ない。

日常は、いつも数センチだけ浮いている。

道化師の魔法のように、鮮烈なミステリ。

伊坂幸太郎『重力ピエロ』の感想・特徴(ネタバレなし)

颯爽と現れる春

物語は、春が三人の男を殴りつけるところから始まります。

男たちは県会議員の親を持つ女生徒を襲おうとしていたのです。

日頃から同級生全員を見下し、鼻持ちならない態度を取る姿が気に食わなかったのでしょう。

そこに現れた春が、ジョーダンバットで男たちをなぎ倒します。

春が二階から落ちてきた。
それが、見えた。私の弟は二階の窓から中に入ると、回廊の手すりを跨いだ。
ためらいも見せず、ジョーダンバットを両手で掲げると、そのまま飛んだ。(略)

上半身を上げるやいなや、全身をバネのように動かし、バットを振り回す。
三人の男たちを順番に殴りつけた。

猫のように軽やかに打ちのめす姿は暴力的ですが、どこか爽快感が漂います。

春にとって品があるかないかの区別は、性行為が関わっているかどうかで決定されるのだろう。

強姦を行おうとする人間に対してなら、暴力も厭わない。

過剰とも受け取れる春の行動には、訳があるのです。

遺伝子を憎む春

春が性的なるものに対して過度に憎むのには、訳があります。

彼は、母親が強姦されて生まれた子供だからです。

兄の泉水とは、半分しか血が繋がっていません。

私が一歳の頃、夏の前だと思う。
母は、突然部屋に入ってきた男に襲われた。その時に妊娠したのが、春だ。

(略)事件から十日後、犯人は捕まった。常習犯で、未成年だった。

後に少年は少年院に入れられますが、十歳の女の子や四十歳近くの妊婦を含めた三十人以上の女性を襲った罪と、少年院で過ごす数年間とは、どうみても重みが釣り合っていません。

未成年という言葉で罪を相殺しようとした、当時の検察官に責任がありそうです。

二十歳になったころ、泉水は当時の新聞記事を閲覧してしまいます。

掲載された事件の現場地図を見たとき、泉水は唖然とします。

まるでゲームの達成状況を示したように、現場に旗のマークが書き込まれていたのです。

三十箇所にも及ぶその犯行現場の印は、犯人の偉業を称えているようにも見え、非常に不愉快なものでした。

とにかく、「性的なるもの」が存在しなければ、春はこの世に生まれてこなかった。
春が敬愛するガンジーはこう言った。
「人間の情欲を根絶するには、食べ物の制限や断食が必要である」
あの時の春は、食べ物ではなく、バットでそれをやろうとした。

春にとって性的なるものとは、自分が生まれた根源に関わることであり、根絶やしにしなくてはならないものなのです。

後にガンジーに傾倒し、自らをピカッソ(ピカソのことです)の生まれ変わりだと信じ込むようになります。

重力とは一体何なのか?

ここでの重力は、家族を拒む圧力です。

「少年犯罪の中では、性犯罪はポピュラーな方だし、命には関わらないじゃないか」

と言った叔父。

「私たちは遺伝子には逆らえないんだから」とのたまう仁リッチ(泉水の会社の社長)。

「いったい、(強姦魔の血が入った子どもを)どうして産んだりしたのか不思議でしょうがないってみんな言っているようですよ」

と暴言を吐いた審査員の女性など、挙げればきりがありません。

どれも、相手に対する思慮が欠けています。

「父さんは、春のことをどう思っているわけ?」私はその時、予想もしなかった家族の秘密に混乱しながらも、答えた。

父は即答した。

「春は俺の子だよ。俺の次男で、おまえの弟だ。俺たちは最強の家族だ

春が産まれたいきさつを知っていながらも、自慢の家族だと称える父。

血の繋がりも分け隔てなく愛する姿は、父親の鑑です。

彼らは、普通の世界からほんの少しだけ離れた世界に住んでいます。

それを象徴するように「ピエロ」が、何度も出てきます。

空中ブランコから落ちそうなピエロを見て、春は不安げな声を出します。

「大丈夫だよ。ほら」
母の力強い物言いに唆されるように、私たちは前のめりになり、目を凝らした。
遠くに見える、ピエロの顔を見た。
あんなに楽しそうなんだから、落ちるわけがないよ。(略)」

母の言葉は根拠のない自信に満ちていましたが、落ちそうで落ちないピエロのことを理解しているような、どこか不思議な安心感があります。

楽しそうに生きてれば、地球の重力なんてなくなる

「その通り。わたしやあなたは、そのうち宙に浮かぶ

楽しそうに生きていれば、どんなつらいことがあっても大丈夫。

泣きながら笑っているピエロから、魔法を授かったようです。

本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」春は、誰にいうわけでもなさそうで、
噛み締めるように言った。
「重いものを背負いながら、タップを踏むように」

まとめ

軽快なテンポと独特のユーモアのお陰で、読後感は悪くありません。

一見、何の関係を持たない出来事や言葉が回収されてゆく様に、驚かされることでしょう。

兄弟が交わす会話や、春が憎悪を込めてゴミ袋を蹴るシーン、春を追いかけるストーカーの夏子(権田順子)の言動に至るまで、緻密に伏線が張られています。

ほんの少しだけ、世界から浮遊した物語をお楽しみ下さい。

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