『罪の声』あらすじと感想【完全時効を迎えた大事件の真相に迫る!】

昭和を揺るがせた「ギン萬事件」。テーラーを営む青年の幼いころの声が、その事件の脅迫に使われていた。一方、年末企画で「ギン萬事件」の取材を始めた新聞記者は、真相へたどりつくために奔走する。

事件の当事者と一介の新聞記者。2人が見つけた出した驚愕の真実とは?

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こんな人におすすめ!

  • 壮大な物語が読みたい人
  • 入り組んだ人間関係が読みたい人
  • リアリティのある物語が読みたい人

あらすじ・内容紹介

父から受け継いだテーラーを営む曽根俊也(そねとしや)は、入院している母に頼まれ、父の遺品からアルバムを探すことになった。

俊也はその最中、見覚えのないテープと黒革の手帳を発見する。テープを再生してみると幼いころの自分の声が入っていた。

懐かしさに微笑みを隠せない俊也だったが、次の瞬間、ある違和感を覚える。まったく記憶のない、自分の声が録音されていたのだ。

なんとその声は、昭和に起きた大事件「ギン萬事件」の脅迫に使われた音声だったのだ。

俊也は父が「ギン萬事件」に関わっているかもしれないと疑いを持ち、調査することを決める。

その一方で、大日新聞社の阿久津英士(あくつえいじ)も、上司からの命令で「ギン萬事件」を追い始める。始めこそいやいやだったものの、阿久津は取材を進めるうちにだんだんと真実を突き止めることに躍起になっていくのだった……。

実際に起こった昭和の未解決事件「グリコ・森永事件」をモデルに描かれる壮大な人間模様。

あなたはこの真相に、きっと涙する。

『罪の声』の感想・特徴(ネタバレなし)

「今」に影を落とす昭和の事件

本書は1984年(昭和59年)から1985年(昭和60年)にかけて起きた、「グリコ・森永事件」をモデルに書かれている。事件の舞台は大阪府と兵庫県で、食品会社を標的にした企業脅迫事件のことを世間ではそう呼んでいる。

標的となったのは、江崎グリコ、丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋といずれも食品会社としては大手の企業だった。

2000年(平成2年)にすべての事件の公訴時効が成立してしまい、この事件は未解決となっている。

物語は、父親から「テーラー曽根」を継いだ現在の店主・曽根俊也が母親の頼みで父親の遺品からアルバムを探そうとしたところから始まる。遺品がまとめてある電話台から出て来たのは、見覚えのない古びたテープと英文がびっしりと書かれた黒革の手帳だった。

テープを聴いてみると幼いころの自分の声が録音されており、思い出に顔をほころばす俊也。しかし、次の瞬間違和感を覚える。

「きょうとへむかって、いちごうせん……にきろ、ばーすーてーい、じょーなんぐーの、べんちの、こしかけの、うら」

聴こえてくる声は紛れもなく自分が子供のころの声なのだが、まったく覚えのないセリフが録音されているのだ。そして俊也は、とある事件のことを思い出す。そう、昭和に起きた「ギン萬事件」のことだ。

この「ギン萬事件」が、「グリコ・森永事件」をモデルにしている、本書の肝となる事件のことである。実際には「江崎グリコ」の社長が誘拐されるのだが、本書では製菓メーカー「ギンガ」の社長が誘拐され、身代金が要求される。この誘拐の身代金受け取りに使われた音声が、俊也の声だったのだ。

俊也の頭を駆け巡る疑問の嵐。

なぜ父親の遺品にこんなものが入っているのか?
母親はこの事実を知っているのか?
このテープと黒革の手帳は、何を示しているのか?

自分の人生に今までまったく関わりのなかったものが、ふいに入り込んでくる恐怖。その恐怖は俊也をじわじわと支配し始め、自らの家族、特に亡き父親への疑心暗鬼となって現れる。父親が世間をあれほどまで騒がせた大事件の関係者かもしれないという疑心暗鬼だ。

「グリコ・森永事件」が未解決事件なように、本書の「ギン萬事件」も俊也がテープと黒革の手帳を見つけた時点では未解決となっている。31年前の事件なので無理もないかもしれないが、解決できそうな見込みも最初の方では描かれていない。

解決されていない、解決の見込みのない昭和の事件が、「今」を生きている俊也の人生に影を落とし始めた瞬間だった。

現実に肉薄する物語

物語は俊也だけではなく、大日新聞文化部の阿久津という記者も「ギン萬事件」を取材という形で関わっていく。俊也はあくまで「父親が事件に関わっていたか」どうかを知りたいがために動くのだが、阿久津の方は取材をしていくうちにひたすら「真相」を知りたいと思うようになる。

この物語のすごいところは、阿久津が進めていく「ギン萬事件」の取材内容が現実に起きている「グリコ・森永事件」に肉薄していることである。

本書では「ギン萬事件」の犯人は、「ハイネケン誘拐事件」というオランダの世界的なビール会社「ハイネケン」の社長を誘拐し、身代金3500万ギルダー(事件当時20億円)を要求した事件を参考にしたとされている。

実はこの「ハイネケン誘拐事件」は実際に起こった事件であり、「グリコ・森永事件」の犯人もこの誘拐事件をモデルにしたと考えられているのだ。

阿久津が物語で追う「真実」は、私たち読者が暮らす本の外の世界ととても近く感じることができる。

事件の取材を進めていくと阿久津は、ある思いにぶち当たることになる。

人一人の、いや、家族の人生を狂わせてしまうかもしれないと思うと怖かった。

阿久津は記者として「真相を知りたい」と思うばかりに、ついには俊也を巻き込む形で「ギン萬事件」にのめり込んでいく。

記者は真実を報道することが仕事である。しかし、ときにその方法は世間からの批判を浴びてしまうこともあるだろう。

一般人には知りえない情報を求めるがあまり、阿久津のように関係者を巻き込み、踏み込んではいけないところまで踏み込んでしまうこともあるのかもしれない。

記者の人たちがどんな思いで仕事をしているかは、当人たちではない私たちには想像するしかない。しかし、実際の記者も様々な思いを抱えつつ、真実を追い続けているのではないだろうか。著者がよりリアリティを求めてこの物語を書いたとしたら、おそらく新聞記者の人たちにも取材をしたはずである。

記者の葛藤すら現実の世界と肉薄しているとしたら、この物語をフィクションと呼ぶのは相応しくないと思えてしまう。

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真実を追い求めることは「正しい」こと?

真実は時として刃になる。それが周囲の人間を傷つけてしまうこともある。しかし、それでも伝えなければならない。

何かを「知りたい」と思ったとき、その知りたいと思う事実が他人の秘密を暴くものだったら……。あなたは、それでも知りたいと思うだろうか。

阿久津は「ギン萬事件」を追っていく過程で、真実が人を傷つける可能性になることを知る。

文化部ではなく社会部の仕事に駆り出された阿久津は実は最初はやる気がなかった。取材の名目でイギリスへと飛ばされ、なんの成果を上げられずに帰国すれば上司の鳥居(とりい)の容赦ないパワハラ発言をぶつけられる。

しかし、断りわりきれないという理由から取材を続けるうちに、だんだんと阿久津は「ギン萬事件」の真相を知りたいと思うようになるのだ。昭和史に刻まれた、今でも人々の記憶に色濃く影響を残す事件の真相を。

だが、「ギン萬事件」は未解決ながらも一度は区切りがついている。それを取材という名目で蒸し返す作業を阿久津はしてしまっているのだ。

だれがその真実を求めているのだろう?
だれが真相を知りたいと思っているのだろう?

少なくとも、阿久津とその周りの大日新聞しか真相を知りたいと思っていないはずである。幼いころに自分の声が「ギン萬事件」に使われた俊也ですら、一度は真相を追うことから手を引いてしまうからだ。

阿久津が事件を追うのは仕事の一環である。しかし、それと同時に己の中の事件に対する「真相を追い求めることの正しさ」で執拗に迫っていく様子が描かれている。

それを「記者魂」と呼べば聞こえはいいが、今も事件で苦しんでいる人にとってその「正しさ」は刃になるだろう。阿久津は自覚しつつも、追求の手を緩めることはなかった。なぜか?事件の全容が解明しかけたとき、阿久津は関係者に向かってこう、語りかける。

この事件は決して個人的なものではなく、社会に与えた影響は極めて大きい。我々が事実を報道する限り、もはや秘して幸せになる人はいません。私は『ギン萬事件』は未解決にしてはいけない事件だと思っています。どうか、お話を聞かせてください

人によっては随分勝手な主張に聞こえるかもしれない。社会的影響を盾にとって、己の知りたい欲を満たすためのセリフにも捉えられるだろう。

しかし、阿久津の行動力とこの言葉があってこそ、昭和の大事件は1つの終焉を迎えることになる。

形としてはハッピーエンドかもしれないが、読者には阿久津の行動や、何が正しいことなのかなど様々なことを考えさせられる物語である。

まとめ

疑問を解決したい、真相を知りたいという気持ちはだれでも持ち合わせているものだろう。

しかし、その気持ちが必ずしも良い結果を生むとは限らない。だれかを傷つけてしまうかもしれない。

本書は自分の中にある「正しさ」について見直せる1冊にもなるだろう。

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