話し出したら止まらなくなるぐらい熱く語れる好きなものはありますか?
今回紹介する作品は、「文房具愛」について語られた随想集です。
文房具に関する豊富な知識を押しつけられることはなく、心地よく優しい語りがあなたをそっと文房具沼へ導きます。
例えるなら、お母さんの膝の上で読み聞かせをしてもらっている子どもの感覚です。
話の先が気になって、「早く続きを読んで!!」となったことはありませんか?
お母さんの側にいる安心感と、好奇心に沸き立つ瞬間です。
気になったことを聞くと、「それは~だよ。」と教えてもらった懐かしい思い出が蘇ります。
こんな人におすすめ!
- 文房具が好きな人
- 長編ものが苦手な人
- エッセイを読みたい人
あらすじ・内容紹介
哲学者、詩人として生涯500冊以上の作品を執筆し、世に送り出した故・串田 孫一(くしだ まごいち)氏。
戦前(大正時代)に生まれ、上智大学や東京外国語大学教授を務めた経歴を持つ著者が、自身の仕事道具であり、最も身近な存在であった文房具を細分化し、「鉛筆」や「消しゴム」など1つ1つの思い出について語った作品(1970年1月号から1973年12月号まで『月刊事務用品』で連載していたものをまとめ、加筆、出版)が56話収録されています。
戦時中の文房具事情や、最近の便利な文房具に対する思い、串田氏お手製の文房具など、時にはくすりとする茶目っ気が混ざった文章で綴られています。
時代の移ろいと共に現在も凄まじい変化を遂げる文房具を、串田氏独自の目線で愛情たっぷりに語ります。
『文房具56話』の感想・特徴(ネタバレなし)
文房具愛が伝わる
帳面というものは、落書を始めた頃から使い出したと思うが、それ以来約七十数年の間に、一体私は帳面を何冊ぐらい使ったろうか
「この人、本当に文房具が好きなんだなぁ」と感じる冒頭。
「帳面」(ちょうめん)という言葉が何を指すのかピンと来ない方もいるかもしれませんが、ノートの別の呼び方です。
当然、「ノート」という言葉も知っていますが、あえて「帳面」という語を使い、スケッチ・ブックのことも「画帳」と呼ぶ拘りを持っています。
大雑把な人間から見ると、少し面倒くさいタイプで煙たがられる人なのかもしれませんが、好きだからこそ、拘るのです。
串田氏の愛着がある文房具と独自の使い方を中心に熱く語られた作品ですが、それは決して「便利なものが好き、新しいものが好き」という意味でもありません。
長年愛用しているアイテムの中には、激しい戦争を生き抜き、串田氏と50年以上共に歩んできたものもあるのです。
モノの大切さを教えてくれる
戦前・戦時中・戦後3つの時代を知っている串田氏は、文房具愛を語りながら、物が思うように入手出来なかった時のことも教えてくれます。
戦争中は何もなく、さまざまのことをするのに知恵をしぼり、工夫をしなければならなかった。
終戦から70年以上が経ち、我々の住む社会はモノで溢れています。
100円ショップも普及し、今まで高くて買えなかったものが安く手に入るようにもなりました。
日夜、無数の商品が世に出回る一方、その陰ではたくさんの物が廃棄されているのです。
「欲しいから買い、飽きたら捨てる」が習慣化されていますが、串田氏は決してそういう消費をしません。
現在使っているこの萬年筆を買う時には、文房具店を方々歩き廻ってそこの主人と話し、意見を纏めた上で買った。
電化製品を買う時の様に商品の特徴を入念に調べ、これだ!と思うものが見つかるまでお店を歩き回る。
ようやく見つけたお気に入りを買い、壊れたら修理し、できるだけ長く使うのです。
時間と労をかけて選んだ品物には、それだけ思い入れもありますよね。
著者の可愛らしい一面
本書は内容や文体から著者の人となりが感じ取れるエッセイです。
「人は見かけによらない」ということわざがありますが、それは読書の世界においても通用しそうです。
読み始める前に著者のプロフィール写真を拝見すると、意思の強そうな老年男性の姿が写っており、「なんだか気難しそうな人が書いたのかな」と、少し身構えてしまったのを覚えています。
しかし、読み進めるうちに、その躊躇いはどこか遠くへ消え去っていました。
子供の頃に郵便局ごっこをしたのを覚えている。
母は死ぬまで家計簿をつける時には、必ず算盤を置いていた。(中略)私は子供の頃に持ち出し、裏返して片足をのせ、畳の上でローラー・スケートの真似のようなことをした。
経歴や書き出しこそ、小難しい人感はありますが、茶目っ気のある幼少時のエピソードを読んでいると、段々と親近感が湧いてきます。
まとめ
串田氏の生きた時代は元より、ノートのことを「帳面」、コンパスのことを「ぶんまわし」と呼ぶ表現から、より一層レトロな雰囲気が醸し出されていて、それも1つの味として素敵な作品でした。
この本のテイストが気に入った方には、東京の武蔵小金井にある「中村文具店」に足を運んでもらいたいです。
60年続く「日本初のレトロ文具専門店」で、外観や並べられる商品を眺めていると、昭和にタイムスリップした様な錯覚を起こします。
本作に登場する我々に馴染みのない文房具も、ここでなら出会えるかもしれません。
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