『実家が全焼したらインフルエンサーになりました』あらすじと感想【泣き笑い30年が1時間で読めるユーモラスなエッセイ】

『実家が全焼したらインフルエンサーになりました』あらすじと感想【泣き笑い30年が1時間で読めるユーモラスなエッセイ】

本書を読んでいる最中、「泣き笑いせつなポップ」という言葉が脳裏に浮かんだ(「いきものががり」のキャッチコピーでもある)。

「せつな」は本来「刹那」なのだろうけど、ここではセンチメンタルという意味の「切な」。

装丁を剥がすと現れる涙色が、ページを開く前からすでに切なさを滲ませている。

ただ切ないだけじゃない。

悲しいはずなのになんだか笑えてくるのだ。

それは著者であるサノさんの人柄によるものだろう。

渦中にいるはずなのに俯瞰してその場を楽しんでいるようにも感じる。

ポジティブではない、かと言ってネガティブなわけでもない不思議な性格から放たれる文章は、読み手の温度感に合わせてくれる優しさがある。

泣き笑いの異なる感情が一つに溶け合う不思議な読書体験をさせてくれるシュールなエッセイだ。

こんな人におすすめ!

  • 笑いたい人
  • サクッと読みたい人
  • ノンフィクションが好きな人

あらすじ・内容紹介

新橋で働くサラリーマンの30年を綴ったエッセイ集。

しかし、新橋、サラリーマンというワードからは想像も出来ないほど波瀾万丈な人生を歩んでいる。

著者の名前は「実家が全焼したサノ」。

Twitterに書き込まれた切ない出来事が反響を呼び、現在のフォロワー数は6万人だ。

その名の通り、実家が全焼した過去を持つ。

彼がインフルエンサーとなった理由はひとつ、語られるエピソードがあまりにも切なすぎるからだ。

母親は蒸発し、父親は自殺。

100kmマラソンを走って骨折したり、ドッグフードを食べたりもした。

「No Pain, No Gain」を痛感させられるパンチ力と教訓が凝縮されている。

感情がハイスピードで行ったり来たりを繰り返すのに、小一時間で読破できるほど読みやすい。

誰でもいつでも楽しめるポップさはいきものがかりさながらである。

巻末には、様々なインフルエンサーから寄稿された「あのインフルエンサーの人生で一番切なかった話」を収録。

『実家が全焼したらインフルエンサーになりました』の感想・特徴(ネタバレなし)

父とのエピソード

著者の父との思い出がテーマになっている第一章は、幕開けなのにクライマックス感が尋常じゃない。

しばしばサノさんを苦しめているけれど、かなり優しい人である。

それを端的で表現しているのがこの部分だ。

自分が食べる分のご飯を買うお金がなくてもホームレスのおじさんに食事をご馳走したことがあった

身なりや境遇で人を差別してはいけないと分かっていても、実際に手を差し伸べるのは簡単ではない。

まして自分の生活が不安定だったら、他人を思いやる余裕なんて生まれないだろう。

それなのに、困っている人に手を差し伸べることが出来るサノさんの父には畏敬の念を抱く。

同じ立場に立たされた時、同じことができる自信があまりない。

泥酔し、車内で離婚話になった時は「もう俺が出てくわ!」と言って走行中の車から飛び出している。

サノさんのお父さんは、

母に離婚の話を忘れさせるための渾身の一発ギャグだった

と話しているけれど、普通こんなに捨て身の大技をギャグとして繰り出せるだろうか。

笑わせようと奮闘できるのは、他人に楽しんでもらおうとする愛情からきているのだと思う。

あまりにも破天荒だけれど、バカバカしさの中にも思い遣りを感じた。

置かれている状況を打破しようとするたくましさも感じる。

 

どこか大人げないとこも魅力的だ。

子どもを使ってナンパしたらその相手が同級生でこってり叱られてしょんぼりしたり、実家が燃えているのに「全焼になれ!」と燃えさかる炎に祈りを捧げたり。

お世辞にも「最高の父」とは言えないけれど、しがらみに縛られず自由にアクションを起こす子どもっぽい自由奔放さは人間味に溢れている。

どうしても憎むことができない。

 

また一章の最後で彼は自殺を図ってしまう。

少し前に見たドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』でナレーターが言っていた「親よりも先に死ぬことは一般的に親不孝とされている」という台詞が脳裏をよぎる。

だが、生んでくれた親よりも先に自殺で亡くなったサノさんの父は、本当に親不孝者だろうか。

実際のところはサノさんの祖母にしか分からないかもしれないけれど、私はどうしてもそうは思えない。

少なくともサノさんの文章からは父に対する愛情のようなものを感じた。

ずば抜けた行動力

「お遍路さんでご利益を得た話」では、高校1年生の頃のエピソードが綴られている。

友人との旅行を叔母が許してくれなさそうだったため、お遍路さんに挑戦したという経緯だ。

何とか祖母からの許可は得られたけれど、待っていたのはほぼ野宿の生活だった。

1ヶ月を予定した旅で、その予算は2人でわずか5万円だったからだ。

謎の宗教家から怒られたり、暴走族に囲まれたりと、野宿の試練は予想以上に過酷なものになった。

さらには脱水症対策を怠ったために山道で水分に飢え、水たまりの泥水を飲んだ時さえあった。

 

しかし、2人を待っていたのは苦行だけではなかった。

地元の人たちにご飯をご馳走になったり、阿波踊りのチームに声をかけてもらって阿波踊りに参加するなど、人の温もりに触れた高校生らしい爽やかな思い出もある。

鬼が出るか蛇が出るかの旅のある日、声をかけてきたのは猫娘のように爪が長く尖っていた「鬼」ギャルであった。

殺されると思ったサノさんが慌てて事情を話すと爆笑しながらも家に泊まっていいと案内してくれる。

思春期にこんなにもハートフルな経験をしたことは一生の財産になるだろう。

サノさんはこの日、違った形の人の温もりもあることを知ることになった。

地震だと思い、驚いて目を覚ますと、家はまったく揺れていませんでした。

揺れていたのは鬼ギャルでした。

鬼のようなギャルと友達が寝ている近くで、もはやほぼFANZAの世界である。

正直、羨ましい。

ご利益を求めた旅の果てが神ではなく「鬼」だったというオチもユーモラス。

 

数々のエピソードを引き出しているのはサノさんの行動力である。

行動することの重要性がヒシヒシと伝わってくる。

その中でも、ずば抜けた行動力に感銘を受けたのは「100kmマラソンを完走した話」だ。

彼は大学生の時に24時間マラソンを走ったことがあった。

24時間テレビのマラソンがどうして感動できるのか分からなかったからだ。

思ったことを実際に検証してしまうサノさんの行動力に目を見張った。

結果としてなんとか24時間以内に完走できたものの、やってきたのは感動ではなく激痛だった。

翌日、病院で疲労骨折と診断される。

そこに追い討ちをかけたのは共に走った友人からの

「サノ君が完走できたのは靴のおかげやと思う」

の一言。

崩れ落ちるような思いがしたけれど、強ち間違いでもない気がした。

友人はスポーツをやっていたのに完走出来なかったのに、スポーツをやっていなかったサノさんは足を折りつつも完走できたからだ。

そこでサノさんは大阪からその時履いていた靴、Reebokの本社を訪れた。

そこでなんと、

「素人でも100kmマラソンを完走できる靴として、靴のプロモーションを一緒にさせていただけませんか?」

とプレゼンを提案したのだ。

この行動力たるや。

切ないストーリーよりも天才的な行動力の方に関心が向いてしまった。

インフルエンサーたる所以

サノさんはアイディア力も秀逸である。

小学生の頃、駄菓子をたくさん買いたいからと薬局でバイトを経験した。

1時間のバイト代はヤクルト2本だったけれど、それを駄菓子屋の子どもに売り、そのお金で駄菓子を買った。

機転の良さが伺えるエピソードだ。

 

中学生にあがると、中古ゲームの仲介業を思いつき、大学卒業後はバーを経営するなど、決まった枠組みに捉われないユニークな発想で人生を歩んでいる。

豊かなアイディア力とそれを形にしてしまう行動力こそが、サノさんをインフルエンサーに押し上げた本当の理由なのかもしれない。

 

「ホストクラブで社会勉強した話」に書いてあった言葉が頭に残っている。

僕がホストクラブで働いて得た最も大きな学びは、正しい方向性で努力すると、同じ努力の量でも結果に大きな差が出てくる

この発想がサノさんのアイディア力の土台になっているのだろう。

物事の本質を捉えていて心に留めておきたいと思った。

「ビリギャル男」と呼ばれていたのに、京大生の彼女から勉強を教えてもらって京大の大学院に受かったエピソードがその言葉の説得力をより高いものにしていた。

まとめ

『実家が全焼したらインフルエンサーになりました』に収録されている数々のエピソードはサノさん本人だけでなく、その周りの誰かがいることによって展開されている。

それを書くことによってTwitterのフォロワーや本書を読んでくれる読者へ広がっていく。シュールだけど人懐っこいポップさを感じた。

そもそも切ないという感情だって一人きりでは生まれない。

小さな痛みを持ってして逆説的に人の温もりを教える感情なんじゃないだろうか。

 

4章のラジオCMの話はキラキラと輝いている。

それまでに感じていた切なさがカタルシスになっていて、著者が感じた喜びがダイレクトに伝わってきて胸が温かくなった。

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