その殺人は予告されていた。
みんなが知っていたにも関わらず、事件は起こってしまったのだ。
誰も防げなかったのはなぜなのか?
これは悲劇か惨劇か。
否、ある種の人間喜劇である。
あらすじ・内容紹介
サンティアゴ・ナサールが殺されることは町の人全員が知っていた。
知っていたのに、彼は滅多切りにされた。
彼はなぜ殺されたのか?
なぜ殺されることを町中が知っていたのに、防ぐことができなかったのか?
143ページにわたって描かれる濃密な人間ドラマ。
『予告された殺人の記録』の感想(ネタバレ)
物語序盤で明かされた犯人
サンティアゴ・ナサールが殺されたのは30年前。
1ページ目で「わたし」(語り手)は言う。
自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が船で着くのを待つために、朝、五時半に起きた。
このように冒頭で述べられているので、読者はサンティアゴ・ナサールが殺されることがすぐに分かる。
そして、サンティアゴ・ナサールを殺した犯人は、だいたい20ページも読めば「双子の兄弟」であると明かされる。
つまり、物語の序盤で事件の内容、被害者や犯人の正体が明らかとなるのだ。
読者に冒頭で結果を提示してしまうのは危険だろう。
読者が物語に興味を失ってしまう可能性があるからだ。
では、なにが知りたくて、この先を読むか。
なにに読者の興味を持っていくか。
143ページの間、結果を知ってしまった読者をどう惹きつけるのか。
ノーベル文学賞を受賞した偉大な作家とはいえ、万人に著者独自のやり方が通じるか。
そこにハラハラしつつも、私はとりあえずの興味を失わずに読み進めた。
人々の無関心の恐ろしさ
結論から言うと、かなり楽しく読めた。
いや、これだと語弊があるかもしれない。
決して「楽しい物語」ではないのだけれど、読み終わってから「あぁ、これが文学か」とも「これが変わり種のミステリーか」とも思った。
それと同時に、ある種の恐怖も感じた。
人々の無関心に対してである。
あなたは、今日すれ違った人の服装を1つでも思い出せますか?
仕事場での上司や、先輩、後輩、同僚のネクタイの色や、ピアスの形や、指輪の有無、どれか1つでも正確に思い出すことができますか?
他人は自分のことを、自分が思っている以上に見ていないし、自分も他人を意識して見ることなんてほとんどない。
「変わった服装だな」と思っても、それを記憶に留めておくことなんてできない。
だって、そんなことよりも覚えておくべき大事なことがあるのだから。
犯人である双子の兄弟は、町での結婚式があった翌日にサンティアゴ・ナサールを殺そうと決意する。
彼らはその決意を町中にふれまわったので、サンティアゴ・ナサールがこの双子の兄弟に殺されることは町中が知っていた。
それにも関わらず事件を防ぐことができなかったのはなぜか。
1つは「この兄弟が殺人なんかすることはない」という町民の思い込みであり、もう1つが人々の無関心が原因である。
知ってはいた。
知ってはいたけど、「あの双子の兄弟がそんなことするなんて思えないし、第一みんなが知っているのなら、だれかがなんとかするだろう」というある種の無関心さを町人みんなが発揮しているのだ。
こんな場面がある。
サンティアゴ・ナサールが殺されると知った友人の1人クリスト・べドヤは、殺害を止めるためにさきほど別れたサンティアゴ・ナサールを群衆の中に探す。
しかし、中々見つからない。
サンティアゴ・ナサールの行方を訊くと、だれもがこう言う。
さっきまであんたと一緒にいたのは知っているが
クリスト・べドヤがサンティアゴ・ナサールを探し始めたときには、すでに町中、彼が殺されると知っていた。
それにも関わらず、結婚式の余韻が続く町ではだれもそのことを気にしていない。
怖い。
怖すぎる。
顔なじみが顔なじみに殺されるかもしれないというのに。
それでも町は浮かれ、殺人のことなんて気にも留めず、無関心だなんて。
私が中学生の時、裁判員制度が始まった。
生徒が裁判員制度をよく理解できるよう法務省から届いたドラマDVDを学校で観せられた。
その中に出てきた裁判長の言葉を思い出す。
「無関心なことが、いちばんの罪なんですよ」
まとめ
関わりたくない。
私には関係ない。
自分1人が動いたところで。
サンティアゴ・ナサールを殺したのは、そんな人々の無関心であって、必ずしも犯人である双子の兄弟だけが悪いと言うことはできない(双子の兄弟は堂々と「殺す!」と宣言していた)。
止める機会があったのに人々がそれをしなかったのは、明らかな無関心と思い込みのせいである。
では、どうすればよかったのか。
それを考えるのが、この物語のポイントなのだろう。
あなたが今日、目の前でポイ捨てを見かけたらそれを拾ってゴミ箱に入れてほしい。
困っている人がいたら、見て見ぬふりをしないで声をかけてあげてほしい。
おそらくマルケスは、無関心な社会に警鐘を鳴らすためにこの物語を書いたのだ。
みなが無関心でなくなることを望んで。
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