パワハラやセクハラに遭遇した経験はあるだろうか。それらがモチーフとなっている「闇ハラ」は、真に恐ろしいのが幽霊でないことを教えてくれる。
本書はホラーが苦手な人にも勧められ、「ハラスメントの被害者になったら」と想像しながら読むことができる。
しかし特に読んでもらいたいのは、「自分がハラスメントの加害者になるわけがない」と思っている人だ。
目次
こんな人におすすめ!
- 自分の長所を「優しさ」だと思っている人
- 幽霊や怪物の存在は苦手だけどホラー作品にチャレンジしたい人
- ハラスメントは絶対にしない(したことがない)と考えている人
あらすじ・内容紹介
女子高生・原野澪(はらのみお)のクラスに、白石要(しらいしかなめ)という男子が転校してきた。不気味な雰囲気を漂わせクラスから孤立している要に、澪は学校を案内するなど親切に接しようとする。
だが、その日から要は澪に付きまとい始める。徐々にエスカレートする要の言動。ついに彼は、澪の家にまで姿を見せた。
要の行為に恐怖を覚えた澪は、陸上部の先輩・神原一太(かんばらいった)に助けを求める。神原からの提案で、彼と一緒に下校するようになった澪は安心できる日常を取り戻したはずだった。
しかしそんな彼女に要が警告する。「神原一太と仲良くしないでよ」と。
一方で、彼女を心配してくれていたはずの神原も徐々に態度を変えていく。そして「真剣に身を守る気、ないでしょ」と神原は澪を責めはじめ——。
『闇祓』の感想・特徴(ネタバレなし)
予想を裏切り続けるホラーミステリー!不意をついてくる恐怖にご注意
ホラーが苦手な人にもオススメできる理由の1つは、本書が読者の予想を裏切り続けるからだ。
まずホラーが苦手な人は「こういう風に驚かそうとしているな」というような予想をする人が多いのではないだろうか。
例えば、要の言動に対して澪が恐怖を覚えるシーン。
けれど転校生は何も言わない。張りついたような微笑みでこっちを見つめるだけだ。次に考えたのは——、逃げなきゃ、ということだった
この場面で読者はある種の安心を得るのかもしれない。読者を怖がらせる部分は要の言動によって起こりそうだ、と予想ができるからだ。
そして恐怖を和らげる要素もある。澪の前に部活の先輩・神原(かんばら)が心強い味方として現れるのだ。要の言動に怯える澪は神原に助けを求める。
何からどう話そう、と思っていたはずだったのに、声を聞いたら、呼吸が乱れた。涙がふっと出てくる。
助けて、と言っていた。
「先輩、助けてください」
『いいよ。どうしたの?』
ここまでわかれば充分な予想ができる。注意するのは転校生の要だけ。澪は要を怖がっているが、彼女には神原がついている。
だが澪と神原の間には徐々に不穏な空気が流れ始める。「あらすじ」で述べた神原が澪を責める場面を除くなら、次のシーンも象徴的だ。
神原と一緒に帰宅した澪は、彼とのやりとりをふと思い出す。
——あと、弟いるよね? 雫くん。
私は、神原先輩に弟がいることなんて話したっけ? 雫の名前を教えたっけ?
本書には、このように読者の不意をついてくるような怖さがある。しかし、だからこそ面白い。不意をついてくる恐怖が、予想していた展開を裏切ってくる。読み始めればホラーが苦手な人でもページをめくる手が止まらないはずだ。
幽霊や怪物よりも恐ろしい?日常に潜む「闇ハラ」というホラー
ところで「ホラーが苦手」という人は、ホラーの何が苦手なのだろう。幽霊や怪物が怖いから苦手だという人は少なくない。だから幽霊や怪物による恐怖が登場しない本書は、そのようなホラーが苦手な人にもオススメできる。
一方で、恐怖を感じる要素はどういった点にあるのだろうか。そこで重要になってくるのが「闇ハラ」というキーワード。その定義は次のとおりだ。
「精神・心が闇の状態にあることから生ずる、自分の事情や思いなどを一方的に相手に押し付け、不快にさせる言動・行為」
例えば、フリーアナウンサーである第2章の主人公・三木島梨津(みきしまりつ)が、とあるボランティア活動で出会った人からデリカシーに欠けた行為の被害にあう次のシーンが象徴的だろう。
スマホではないガラケーの画面を、こちらに向けている。
「検索したら出てきた」
見た途端、ぐらっと眩暈がした。
(…)ネットで検索されたのだ。今、ここで。本人がいるのに。しかもその検索結果を本人に見せている。
あまりのデリカシーのなさにどう反応してよいのかわからなかった。
本書では、このような「自分の事情や思いなどを一方的に相手に押し付け、不快にさせる言動・行為」がいたるところに現れる。
読者が感じるであろう恐怖は、幽霊のような存在によるものではない。他人の言動による恐怖だ。そしてその言動は、誰もがどこかで見聞きしたことがあるものだろう。舞台も学校、団地、会社という当たり前に存在する場所なのだから、一層のリアリティがある。
本書には目を背けたくなるような恐怖があるわけではない。しかし、現実で起きていてもおかしくない怖さが描かれている。このことに多くの読者が引き込まれるだろう。
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もしかしたら自分も加害者側に?優しさと無自覚の「闇ハラ」
ここまでの内容から「闇ハラ」を通じて「自分がハラスメントの被害者になったら」というふうに読めそうだということは、なんとなく分かっていただけたかと思う。
しかし本書は同時に、「自分は加害者になっていないだろうか」と読者に考えさせる側面もある。
思い出してほしいのが「闇ハラ」の定義だ。「精神・心が闇の状態にあることから生ずる」という表現に注目しよう。この表現が非常に曖昧だと思うのは私だけではないはずだ。「○○が憑依した状態」など、具体的な言い回しを用いることもできただろう。
しかし「精神・心が闇の状態」と曖昧にしたのは、「闇ハラ」の原因となる状態が誰にでも起こりうることを示したかったからではないだろうか。
このことについて、本書で描かれている「優しさ」は注目すべきだろう。4章の主人公・草太(そうた)は小学5年生の男の子だ。彼は同級生の虎之介(とらのすけ)に苦手意識をもっていた。
「理由は、威張るし、乱暴だから」
ある日、草太のクラスに二子(にこ)という転校生がやってくる。そして、この二子は不気味な行動をとり始める。
「毎日、虎之介くんと必ず一緒に帰ってきて、宿題や、次の日の学校の支度を一緒にするまで帰らないんだって」
二子がやっていることは「良いこと」なのかもしれない。クラスの問題児を改心させようとしているのだから、一種の「優しさ」だろう。
しかし二子の行動は次第に虎之介を苦しめるようになる。このことの詳細は本書に譲ろう。
これらのことと「闇ハラ」の定義をふまえると、読者は次のように問われていると思う。
自分のハラスメントに無自覚になっていませんか、と。
これらの推論の是非については、読んだ方の判断に任せたい。
まとめ
これまで「ホラー」や「恐怖」という言葉が頻出した本記事だが、本書の内容について、ミステリー小説の側面もあるということも強調したい。つまり、読者を惑わせる仕掛けがあるのだ。
その仕掛けを見破るように読み進めていくというのも、結末をより楽しむための読み方の1つであると最後に伝えておきたい。
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