数々の恋愛文学を生み出してきた島本理生のデビュー作『シルエット』をご存じだろうか。
島本が書いたのは今作の主人公と同じ17歳のときで、大人になる前の不器用なまっすぐさが文章に表れていて大人になった私たちには懐かしい感情を味わえる作品だ。
数々の著名人が出演し映画化され話題となった島本原作の『ナラタージュ』がお気に入りの方にもぜひ知っていただきたい1冊である。
こんな人におすすめ!
- 切ない展開の恋愛物語が好きな方
- 高校生の恋愛ものを読みたいと思ってる方
- 『ナラタージュ』は知っているが、『シルエット』は読んだことない方
あらすじ・内容紹介
主人公は17歳の女子高生の“わたし”。
寝たきりの母親の影響で女性の体を触ることに極端に嫌う同級生の冠(かい)くんと付き合っていたが、“わたし”が悲しいときに抱きしめるどころか自分の体に触れてくれない冠くんのことを受け入れられなくなったため、別れてしまう。
その後冠くんと別れて精神がぐちゃぐちゃになった“わたし”は映画館で声をかけてきた遊び人の藤野、バイト先のカフェで出会った大学生のせっちゃんと交際していく。
しかし、せっちゃんと交際していながらも“わたし”の頭の片隅には冠くんの存在がずっといて、冠くんへの気持ちが残っていることに気づかぬふりをする。
冠くんと仲の良い同級生・はじめが“わたし”に冠くんとの交流のチャンスを与えてくれたことで“わたし”の気持ちがどこに向いてるのか、何を欲しているのか向き合うようになるのだ。
『シルエット』の感想・特徴(ネタバレなし)
喜怒哀楽何でも形を変えられる雨
小説を読んでいると、登場人物の心境やそのときの状況を天気や季節など自然を通して比喩表現が使われていることが多いだろう。
今作も雪や夕日や花などいくつか比喩表現が入っているが、特に印象に残ったのは、雨の比喩表現だ。
その雨は場面ごとに悲しみにも楽しい気持ちにも変化していくところが面白かった。
何ヵ月も何ヵ月も降り続き、もしかしたらこのまま、雨の中に閉じ込められるかもしれない。(中略)ただ一切を無視して私の中には雨が降り続いた。
これは“わたし”の先が見えない暗い心境を表している。
雨の表現といえば、雨が降り続いているなど辛い状況を例えるのに使われるイメージが多いのではないだろうか。
私も雨の表現は暗いイメージだった。
しかし、“わたし”の明るい心境も雨で表現されているところもある。
あっと思うと同時に銀色の糸みたいな雨がするすると降ってきたのだ。完璧なお天気雨だ。
これは“わたし”の私生活がうまくいきだしているときに降ってきた雨の描写だ。
「銀色に光っている」と雫に光が入っているところから“わたし”の心に光があり、前向きな心境にいることがわかる。
また、冠くんのことを「霧雨のような人」と温かい人柄を雨で例えている。
今まで雨の表現は暗い状態ばかりを連想しがちだったが、このように雨で光や温かさなど明るい状態も表現することができることを知れた。
愛しい人を失うと誰かを求めずにはいられない
失恋をしてしまうと誰でもいいからそばにいてほしいという話をよく耳にする。
“わたし”も好きだった冠くんと別れてしまった後、藤野やせっちゃんと次々と交際をしていく。
特に藤野に関しては、付き合ってはいけないタイプと心でわかっていながら、まるで自分の寂しさを埋め合わせるために出会った初日に寝てしまったりするのだ。
せっちゃんと付き合っているときも1回距離を置いたら、心の拠り所がなくなったおかげで心が乱れ、その心身状態を「栄養失調状態」と例えるほどひどくなった。
そんな“わたし”を見て大切な人が離れてしまったときはとても寂しく誰かがそばにいないと精神が保てない状態になる人がいるのだと知った。
誰でもいいからと選ばれた相手はそのことを知って、いい気分はしないはずなので読んでいて寂しい心を満たす方法は別になかったのかとも思ったが、“わたし”には誰でもいいから交際相手が必要だったのだろう。
“わたし”が心の埋め合わせのための交際を通してどう自分と向き合っていくのか注目して読み進めていくのもおすすめだ。
ふとしたときに心の支えになる友人
辛いときにそっと手を差しのべてくれる友人に救われた経験をされた方はたくさんいるだろう。
“わたし”にとって心の支えになっていたのが冠君の仲の良い友人であり、“わたし”のクラスメイトのはじめだ。
クラスに友人と呼べる人がいなかった“わたし”だが、休み時間に“わたし”が1人でいるときに話しかけてくれたり、“わたし”に冠くんにまだ気持ちがあると察したはじめは、冠くんとの接点を何回か作ってくれたりと、“わたし”に気遣うはじめの行動に優しさを感じる場面がいくつかあった。
“わたし”の顔色がよくないときもはじめはとても心配して
「おまえ、ちょっと痩せたんじゃない?」
心配そうな色を浮かべながら、机の前にやってきたはじめに、わたしは読んでいた本から顔を上げた。
と、“わたし”に声をかけ、その後たくさんの言葉をかけ、気遣う。
そのとき精神状態がよくなかった“わたし”ははじめに直接伝えてはないが、
がっしりとした後ろ姿にわたしは心の中で、ありがとう、と呟いた。
ほど“わたし”の気持ちがはじめのおかげで楽になったようだ。
はじめの“わたし”に対する言動を読んで、私も当時は気づかなかったけれど、学生時代明るく話しかけてくれた友人のたわいもない会話や誘いに実は笑顔にさせてもらっていたことに気づかされた。
恋愛のことだけでなく友人の大切さ、友人から受けた優しさへの感謝の気持ちも教えてくれた。
まとめ
今作を一言で表すと女子高生の今にも壊れてしまいそうな繊細な感情がまっすぐに表現された恋愛物語である。
思春期を過ぎ大人になったばかりの女性の切ない恋愛模様が描かれた『ナラタージュ』が好きな人は絶対気に入るお話だと思う。
17歳の“わたし”が苦悩した恋愛の悩みは同年代の女子高生にも大人の私達にも実は心当たりがあるかもしれない。
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