竈門炭治郎(かまど たんじろう)の最終回までの活躍を徹底解説!

鬼滅の刃10巻

大ヒットした『鬼滅の刃』の主人公、竈門炭治郎(かまど たんじろう)はマンガ・アニメ・映画の中でも人気が高いキャラクターのひとり。

彼の真似をする子供が続出しただけではない。

2020年、大ブームが起こり、彼に関連したコラボグッズなども多数販売、声優を務めた花江夏樹さんにも大きな注目が集まったことは記憶に新しいのではないだろうか。

家族思いで仲間想いなだけでなく、強さと優しさを秘めた炭治郎の姿に魅了される人は後を絶たない。

今回は、そんな炭治郎のプロフィールから性格・名言や声優について余すところなく紹介したい。

目次

炭治郎の家族を襲った悲劇

出典:amazon.co.jp

誕生日 7月14日 / 蟹座
年齢 13歳→15歳
身長 156cm→165cm
体重 53kg→61kg
出身 東京府 奥多摩郡 雲取山
趣味 頭突き、掃除
好きなもの タラの芽
呼吸 水の呼吸 / 日の呼吸

貧しいながらも、仲の良かった家族

まず、竈門家は、父・母・6人の兄妹(女2人と男4人)で構成されている。

炭治郎はその中で長男だった。

父親は、物語が始まった時点で既に病気で死別しており、描かれていないが六太が生まれてからそう時間が経たないうちに亡くなっているため、物語のスタートからそう前ではないようにも感じる。

登場時点では、炭治郎は13歳、他の竈門家の家族で年齢が判明しているのは妹の禰豆子(ねづこ)の12歳のみで、他の弟妹たちは年齢が不明なままだ。

こうした事情から、炭治郎が子どもながらも一家の大黒柱的な役割を担っていたことが分かる。

優しい心を持った少年

家族思いで優しいだけではなく、相手がどんな立場であろうとも一面的な見方をしない平等さも持ち合わせている。

例えば、敵に対してならば恨みや憎しみが先に立ち、どうしても敵の持つ背景にまで考えを巡らせることは難しいだろう。

特に、炭治郎の場合は鬼に家族を殺されたのだ。

しかし、鬼の持つ背景を考えることができる心を持つのが炭治郎の特徴ともいえるだろう。

妹を人間に戻すため、家族のために鬼殺隊に入って闘う!


1巻第1話で、炭治郎が戻ってくると何と家族が鬼に襲われ、息絶えていた。

唯一、生き残っていた妹の禰豆子に至っては、鬼へと変貌してしまっている始末。

可愛がっていた大切な妹を人間に戻すため、炭治郎が「鬼狩り」への道を志した結果、厳しい修行を経て鬼殺隊に入隊することになるのだ。

炭治郎の並外れた身体能力と珍しい漆黒の日輪刃

身体能力

元々、空気が薄めの山頂で炭焼きとして暮らしていた炭治郎。

一般の人と比べると身体能力がそれなりに高い少年だった。

しかし、さらに空気が薄い狭霧山で厳しい修行を経たことで、いくつかの能力を身につけた。

戦闘中も機転が利き、観察眼が鋭い。

軽度の骨折程度なら当日から日常生活が送れるだけでなく、数日後には鬼狩りもできる頑丈さだ。

少年とは思えないくらいに手は皮が分厚く傷だらけ、とても硬く鍛え上げられている。

炭治郎は常に嗅覚を働かせ、索敵と用心深さで鬼と闘う。

また石頭も特徴と言えるだろう。

この石頭は母親の葵枝譲りで、葵枝は「石頭で野生の猪を撃退した」というとんでもない逸話があるくらいだ。

嗅覚がとても鋭い

生まれつき、嗅覚が人よりもかなり鋭敏で、獣並みの鋭い嗅覚を持ち、生物・植物の持つ匂いを嗅ぎ分けていた。

失せ者や、鬼の接近を察知することができるのだ。

修行中、「育手」だった鱗滝左近次の元で、更に嗅覚を磨き、2年間の修行の後は戦いにおける必殺の間合いを「隙の糸」として感知できるようになった。

装備

鬼殺隊士として、日輪刀と隊服が支給されるがどんなものを身につけていたのか紹介しよう。

日輪刀

別名、「色変わりの刀」とも言われている。

握った剣士の”呼吸”の適正によって刃の色を変えるという。

炭治郎の刃の色は、なんと漆黒だった。

しかし、黒色はどの系統に適正があるのかよくわかっておらず、黒色の刃で柱になった人間がいないらしい。

隊服

い詰襟で、背中には“滅”の字が描かれている。

特別な繊維で作られ、通気性は良く濡れにくい。

また、防火性にも非常に優れている。

雑魚鬼の爪や牙くらいでは隊服が敗れることがないが、上弦の鬼の攻撃を防げる装備はまだないという。

炭治郎が代々受け継いだ技と、鍛錬して身につけた全集中 水の呼吸の全て

ヒノカミ神楽の呼吸

厄払いの神楽、およびそれを舞う為の呼吸法だ。

これは主人公の炭治郎をはじめとして、竈門家が嫡男へ代々受け継いでいくもの。

絶やさずに次代伝えていく事が約束となっているものだ。

全集中 水の呼吸

全集中の呼吸は、師となる育手または剣士自身の我流で様々な種類がある。

炭治郎の場合、元水柱の鱗滝を師にしていたため、“水の呼吸”を習得。

「水の如く千変万化に戦況に対応する」という流派で、理論上では対応できない敵は存在しないとされている。

なお、炭治郎自身は刀身の色から鑑みると水の適正が薄くて、“極み”には至れないらしい。

壱ノ型~拾ノ型

鱗滝が、教え子の剣士に伝え継承させている技。

炭治郎は、これら10種の型をその場で速攻組み合わせることができる。

独自にアレンジした技を生み出した。

漆ノ型 雫波紋突き・曲(しずくはもんづき・きょく)

漆ノ型を斜めから曲線で突き、相手の威力を和らげることができる。

参ノ型+陸ノ型 ねじれ渦・流流(ねじれうず・りゅうりゅう)

水流のように滑らかに流れる足運びで回避・攻撃を合わせた参ノ型。

上半身・下半身を強くねじり、勢いをつけて斬撃を繰り出す陸ノ型。

このふたつを組み合わせ、攻撃をかわしながら距離を詰める技。

弐ノ型・改 横水車(よこみずぐるま)

元々は、垂直方向へ身体ごと一回転して斬りつける水車だったが、水平方向に回転しながら斬りつけるように改良した技だ。

額の痣はいつできた?痣が発現すると25歳で死亡?

本作では、全集中の呼吸を一定以上に極めた鬼殺隊士はその身体に痣が発現する。痣が発現したものは「痣者」と呼ばれ、身体能力が格段に上がり、鬼から受けたダメージも普通では考えられないような速さで回復する。

霞柱・時透無一郎によれば、痣が発現する条件は以下の2つである。

  • 体温が39度以上となる
  • 心拍数が200を超える

ちなみに炭治郎の額には初登場の時から痣がある。だが、この痣は全集中の呼吸を極めたことによって生じた痣ではない。それは、炭治郎の弟が火鉢を倒した時に庇ってできた火傷で、それが鬼殺隊になるための最終選別で更に傷つけられて現在の形となった。

そんな炭治郎が全集中の呼吸を極めることで初めて痣を発現させたのは、上弦ノ陸である堕姫(だき)・妓夫太郎(ぎゅううたろう)との戦いにおいてである。

妓夫太郎の頸を斬るために死力を振り絞ったとき、炭治郎の痣が炎のような形に変化した。そして、痣の発現によって炭治郎の斬撃は力強さを増し、妓夫太郎の頸を斬り落とすことができたのである。

しかし、痣の発現は強くなれるだけでなく副作用もある。戦国時代に鬼殺隊の隊士でもあった上弦ノ壱・黒死牟(こくしぼう)によれば、痣が発現したものは25歳で死亡する。

ただし、そこには例外もあり、痣者である日の呼吸の使い手、継国縁壱(つぎくによりいち)は80歳を過ぎてもなお生きていた。

無惨との最終決戦を生き抜いた炭治郎が無事に長生きできていることを祈るばかりである。

炭治郎の心からの叫びがあふれ出した名言3選

幸せが壊れる時にはいつも血の匂いがする【どうして、幸せはいつまでも続かない・・・】

「鬼滅の刃1巻1話」

家族が鬼に喰われた凄惨な現場は血の海で、むせかえるような血のにおいが充満していた。

このセリフには、炭治郎の心が流した涙と、見えない傷から流れ出す血がこもった魂の叫びにも聞こえるセリフだと思う。

誰だって、幸せが無残に破壊されたら泣き叫ぶだろう。

例えば、災害かもしれないし、時には事故や戦乱かもしれない。

日本にいると、災害か事故くらいなものだが、世界を見渡せば戦乱が日常と隣り合わせだと言う人たちも数多いのだ。

鬼は人間だったんだから 俺と同じ人間だったんだから【ほかの鬼殺隊とは違う視点】

「鬼滅の刃5巻43話」

この作品では、「鬼もすべてもともとは人間だった」という設定になっている。

炭治郎が鬼と闘い、鬼を斬った後に出てくるこのセリフをどう捉えるかは人によって違うかもしれない。

ある人は「鬼は自分の大切な人を喰らった憎い敵だ、だから殺すことにためらいはないし当たり前のことだ」というだろう。

しかし、炭治郎は違う。

「鬼だってもとは人間だから、憎むだけではだめだ。もちろんこれからも鬼を斬り続けるが、死体まで踏みつけにしたくない」という考えだ。

相手が憎い鬼だったとしても、その背景に思いを馳せることができる視点は炭治郎が鬼殺隊とは思えないものも感じるが、これこそが彼の長所であり、作品を彩る大切な要素になっている。

頑張れ!! 人は心が原動力だから心はどこまでも強くなれる!!【心のままに生きて何が悪い!】

「鬼滅の刃7巻53話」

胡蝶しのぶの屋敷で機能回復訓練を完了させた炭治郎。

旅立つ際に、しのぶの継子(直々に育てられた隊士)だったカナヲと話す際に出たセリフだ。

「決められたこと以外は、コインを投げて決めており、意思を持っていない」というカナヲ。

そんなカナヲを替えようと飛び出したのがこのセリフだった。

このセリフは、日常でも励ましや奮起の時に使えそうだ。

炭治郎自身、何度も挫折や絶望を味わい、辛酸を舐めてきたからこそこのセリフを言っても重みがあり、響くのではないだろうか。

心はほんの些細なことで脆く壊れるものでもあり、逆にほんの小さな言葉でどこまでも強くなることもできる。

もちろん、その言葉を発した人や状況、その時の自分自身の状態にも受け止め方は変わるのだろうが、このセリフほど重くて心に響くものは作品の中でもそうそうなかった。

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