今回は先日発表された本屋大賞ノミネート作品のこちらの作品を紹介させていただきたいと思います。
『さざなみのよる』
この著者の作品は、私はこの本が初めてだったのですが、初めて読む本がこの本で本当によかったと思いました。
あらすじ・内容紹介
この物語はナスミと言う一人の女性が、末期癌で亡くなる所から始まる。
ナスミは、死の直前になって見える世界が変わってきたことを自分でも感じてくる。
例えばナスミは、夫の日出男が折り畳み式の弁当箱の中身を全部食べ終わり、パタンパタンと音を立ててぺしゃんこにするのを見るのが好きだった。
こんな仕草にさえ自然と顔がゆるみ「ありがとう」と思うようになるのだった。
ナスミの目から見える風景はとても美しい。
窓の外では、ちょうど桜が終わろうとしていた。こんもりとした毬のような花のかたまりを三つほどつけた枝が風に揺れているのが、ナスミのベッドから見える。ところどころに初々しい緑をほんの少しだけのぞかせていて、ナスミは次の支度をしている桜は、今、まさしく時間の中にいるんだね、と思う。雨が降ったのか、桜の花びらが窓に貼りついている。その一枚一枚はおじいさんの足袋のようだった。ぺたぺたと空に向かって続いている。こーゆーのを見ると、もっと生きたいと思うんだよねぇ、とナスミは思う。
死の淵に立つとこんな風に世界が見えるのだろうか、と思ってしまう程美しい情景描写である。
さざなみのよるの感想(ネタバレ)
遺されたものたち
姉の鷹子は、ナスミの死にぎりぎりで立ち会えなかった。
彼女はナスミが好きだと言っていた漫画が載っている雑誌を、魂が抜けたその体に朗読して聞かせる。
妹の月美は「おんばざらだるまきりくそわか(生きとし生けるものが幸せでありますように)」と言う呪文のような言葉を唱え続ける。
夫の日出男は、ナスミと一緒によくやっていた、人をひらがなやカタカナに例える遊びを思い出し、自分の居場所を見つける。
父の叔母・笑子は、ナスミの母・和江がナスミに遺した指輪のことを思い出す。
その指輪をいらないと言って庭に投げ捨てたあと、泣きながら指輪を探していたナスミに想いを馳せる。
ナスミが亡くなり、家族や友人がそれぞれ抱える悲しみ、それがあたたかかい描写でえがかれていきます。
ナスミと言う女性がどのような女性だったのか、遺された人達にどんな想いを託したのか、それが浮き彫りになっていくにつれて、胸の中が切なさで充満するような感覚に襲われました。
ナスミという女性が生きた証
この本は、一人の女性の人生を巡る連作短編集となっています。
色々な人の視点からナスミがえがかれていて、ページが進むほどにナスミと言う一人の亡くなった女性が、この世に生きていた証を感じる事ができます。
特別なことなど何も書いてないのに、当たり前で、大切なことがたくさん書かれている、宝箱のような一冊です。
私が好きなのは9話のこの部分です。
ナスミが笑子ばあちゃんの小豆の洗い方が好きで、ぴったりした表現が見つからずにいる時の利恵の言葉です。
利恵には、ナスミの言いたい感じがわかる気がした。嫁にきたとき、まだ義父は生きていた。とても丁寧な仕事をする人だった。特に自分の道具を手入れしている義父を見るのが利恵は好きだった。同じことを長年やってきているはずなのに、とても慎重に道具をあつかうのだ。そのようすが好ましく、清二が赤ん坊のときも、こんなふうにこの手で抱かれたに違いなく、そう考えると、この家には大事にしなくてはならないものがたくさんあるのだと利恵は思ったのだった。
「慣れているはずなのに、初めてみたいな感じであつかうんですよね」
このシーンを見て、私にも利恵とナスミの感じていることがわかる気がしました。
私は母が家事をする後ろ姿を見るのが好きです。
それは一人暮らしを始めてから気付いたことでした。
実家に時々帰る私のために料理を作る姿、食器を洗う姿がなんだかかけがえのない、大切な瞬間に思えるようになりました。
皆さんもこの本で大切なものを見つけられればいいな、と思っています。
主題歌:RUI/月のしずく
この歌詞と切ない曲調がこの本にぴったりだと思いました。
世に咲き誇った 万葉の花は移りにけりな
哀しみで人の心を 染めゆく
「恋しい…」と詠む言(こと)ノ葉(は)は
そっと 今、天(あま)つ彼方
哀しみを月のしずくが 今日もまた濡らしてゆく
「逢いたい…」と思う気持ちは
そっと 今、願いになる
哀しみを月のしずくが 今日もまた濡らしてゆく
RUI『月のしずく』
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