もし、自分があとどれくらい生きられるかを知ったなら、そのとき人はどう過ごそうと思うだろう。
死を前に、何を思い、どう日々を暮らそうとするだろうか。
この『ライオンのおやつ』を手に取った読者は、きっと誰もが「人生の最後に、食べたいおやつはなんだろう」と考えずにはいられないはずだ。
これは余命を宣告された、ある1人の女性の物語。
日々の営みが、いとおしくなる物語。
目次
こんな人におすすめ!
- 日々の暮らしを大切にしたい
- 心あたたまる物語と出会いたい
- おいしい食べ物の出てくる話が読みたい
あらすじ・内容紹介
物語は、余命を告げられた33歳の女性・海野雫(うみの しずく)が、ホスピスのある瀬戸内海の島を訪れるところからはじまる。
かつてこの島では、たくさんの国産レモンが栽培されていたため、土地の人間から「レモン島」と呼ばれていた。
ホスピスの名前は「ライオンの家」といい、この家の代表を勤めるのはマドンナという愛称の白髪の婦人だった。
完璧なまでのメイド服、ふたつに分けて編んだお下げの7割は白髪で、縁取りのついた真っ白な白いエプロンには染みひとつなく、足元は真っ赤なエナメルのストラップシューズという出で立ち。
そのマドンナに迎えられ、雫はライオンの家へとたどり着く。
ライオンの家には食事担当の老婦人の姉妹がおり、他にも医師をはじめ、常時十数名のスタッフによって支えられていた。
このライオンの家には、ちょっと珍しいイベントがあった。
ゲスト達はここで、「もう一度食べたいおやつ」をリクエストできるのだ。
レモンの香りのする島で、雫は同じホスピスにいる人びとや島の青年と出会い、最後の時間を穏やかに過ごしていく。
『ライオンのおやつ』の感想・特徴(ネタバレなし)
ライオンの家という場所の素晴らしさ
余命を告げられたとき、人は最後のそのときを、どこで過ごしたいと願うだろう。
自宅の布団の上で、あるいは病院のベッドで。
大切な人たちに看取られながらか、それとも1人静かに逝きたいのか。
終わり方は人それぞれだと思うが、このライオンの家ほど理想的な場所はないだろう。
レモンの香りのする隠れ家のような空間で、優しい人たちに囲まれながら、日々おいしいご飯を食べて、ゆっくりと最期のときを過ごす。
必要な手続きはすべて済ませ、人間関係もきちんと挨拶を済ませ、日々は静かに進んでいく。
ライオンの家を訪れるとすぐに、雫はベッドに倒れこむ。
シーツも枕カバーも真っ白で、ベッド自体にはほどよい弾力があり、羽毛の入った掛け布団はふかふかだ。
苦しみから解き放たれたいと望み、ホスピスを訪れた雫が自分だけの空間で安らぐ瞬間、思わず泣きそうになった。
食事担当の老婦人の姉妹は、姉のシマと妹のマイといい、作中に登場する料理がどれも食欲をそそるのだ。
ライオンの家では、365日、毎朝違うお粥でゲストを迎える。
雫が最初に口にするのは、小豆粥だった。
真っ白い粥の中に、小豆がぽつぽつ浮かんでいて、トッピングには梅干しや昆布、塩鮭や鯛味噌などが並んでいる。
このお粥を食べるシーンが、とてもおいしそうなのだ。
「しあわせ~」
私にとっては最上級のおいしさの表現が、口からこぼれた。おいしい水のように、儚くて清らかな味だった。
小川糸さんの作品には、いつも「食べることの大切さ」が丁寧に描かれている。
儚くて口にするするとすべっていくようで、きらきらしたお米の粒がどこまでも美しく、この場面を読んでいると、それだけで清らかな何かに包まれていく。
食事は1日3回で、朝はお粥、昼は食堂でのバイキング形式となり、日替わりでサンドウィッチや太巻き寿司、スープやお味噌汁が用意される。
そして夜は、一人ひとりにお膳が出されるのだ。
そのどれもがおいしそうで、「ご飯を食べること」の大切さが伝わってくる。
最後に食べたいおやつの魅力
なんといっても、この作品のなかでも魅力的なのが「最後のおやつ」だろう。
毎週、日曜日の午後3時からお茶会が開かれ、ゲストはそれをリクエストすることができるのだ。
「ゲストのみなさんは、もう一度食べたい思い出のおやつをリクエストすることができます。
毎回、おひとりのご希望に応える形でその方の思い出のおやつを忠実に再現しますので、できれば具体的に、どんな形だったか、どんな場面で食べたのか、思い出をありのままに書いていただければと思います」
台湾菓子の豆花(トウファ)、白いお皿にのせられたカヌレ、アイスクリームが添えられたアップルパイ。
誰かの思いのつまったおやつが作中に登場するたびに、胸が苦しくなるのを止められなかった。
もし自分なら、「何を食べたいと願うだろう」と考えずにはいられない。
いつか必ず訪れるその日まで、日々を過ごすということ
雫はホスピスのゲストやマドンナをはじめとするスタッフや、ライオンの家に住みついている犬の六花(ろっか)と出会う。
そして、島でホスピス以外で知り合ったのが、ワイン作りをしている青年タヒチだった。
昔はレモン栽培がさかんだったが、農家の人間も高齢になり、レモンの栽培を止めてしまう人が増えた。
荒れ放題になってしまった耕作放棄地に、今度は葡萄の苗木を植えて、「島特産のワインを作ろう」としている青年だった。
タヒチはワイン作りについて「自分の思い通りになることなんて、ほとんどない」と語り、雫もうなずく。
だけど、どんなに怒って地団駄を踏んでも、癇癪を起こしても、ぬいぐるみを片っ端から壁に投げつけても、なにひとつ解決しなかった。解決しないどころか、事態はますます深刻になった。こんなふうに、きれいな海を見て素直に心が癒されるようになったのは、下手にあがくことをやめてからだ。
死への恐怖や不安、今も体を蝕む病による苦しみが辛くないはずはない。
一度乗り越えたと思ってみても、何度でも絶望は訪れるだろう。
だが雫は、その体ごと受け止めながら、生きていくのをやめない。
死ぬために訪れたその場所で、おいしいご飯を食べて誰かと語らい、そのぬくもりを抱きしめながら毎日を生きていくのだ。
余命宣告された人間の物語でありながらも、日々の生活が丁寧に紡がれ、生きることや愛することを楽しみ、「生きていることのよろこび」が伝わってくる。
ときに捨てきれない思い出がよぎることはあっても、雫の日々は穏やかだ。
たとえ目の前にあるのが「死」という世界の終わりでも、よろこびを掬い取りながら生きていてもいいのだと、強く考えさせられた。
苦しみへのヒントのようなものや、手放すことで見えてくるものがあるのだと信じさせてくれるのだ。
ライオンの家のような場所や、そこで生活する人びとに、「出会ってみたい」と思う読者は多いだろう。
まとめ
死に向かって進みながらも、決して悲しいだけの物語ではない。
食べることや愛すること、生を愛おしむことのすべてがここにある。
作中で交わされるある約束は、私達に何度でも空を仰ぎ見させてくれるだろう。
食べて寝て、泣いて怒って、ときに笑い、誰かや何かとつながりながら、誰もが生きていくのだ。
背負っている荷物の違いこそあれ、きっとそこは変わらない。
思いきり空気を吸い込みたくなったときに、何度でもこの作品に出会いたい。
ページをめくればそこに、いつだってレモンの香りが広がっているだろう。
そう思わせてくれる、かけがえのない物語だ。
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