「喉が渇いたんだ。僕はとても喉が渇いているんだ」
そんな叫びが聞こえる。
彼らは、その渇きを満たすようにドラッグやセックスに溺れる。
そんなもので満たされるのか?
そんなもので心の空白は埋められるのか?
彼らをそこまでして、ドラッグとセックスへ突き動かすものはなんなんだ?
でもきっとそれが分かってしまったら、私は彼らと同じものを抱え、同じ方法で喉の渇きを潤そうとしてしまうだろう。
それが「いけないこと」だと知っていながら……。
目次
こんな人におすすめ!
- 心のどこかに空白を抱えている人
- 漠然と「寂しい」という感情を持っている人
- 家族や親しい人たちといても疎外感を感じている人
あらすじ・内容紹介
東京都福生市にあるアメリカ軍横田基地。
基地に所属するアメリカ人のための住宅、いわゆる「ハウス」に住むリュウは、リリーや仲間たちとドラッグとセックスに溺れていた。
「パーティー」と呼ばれるドラッグとセックスの集まりを頻繫に繰り返し、そこに参加するのはアメリカ兵であり、狂った人間たちばかりだ。
仲間意識を薬と体の繋がりでしか持つことのできないリュウたちは、ヒロポン、モルヒネ、ヘロイン、コカインを打ち、使う量は次第に増えていく。
止めてよ!止めてよ、リュウ、止めてよ!
リリーの叫びがこだまする。
ドラッグに魅入られてしまった人間に未来はあるのか。
そもそも、リュウたちは未来を見ているのか。
空っぽで、空虚で、けれどこれが彼らの青春だ。
見届けよう。
彼らにどんな「先」が待っているのか。
『限りなく透明に近いブルー』の感想・特徴(ネタバレなし)
空っぽの心を抱えたままどこへも行けない若者たち
村上龍さんがこの物語の第1稿を書き始めたのは、昭和47年、20歳のときだった。
昭和47年と言えば、終戦してから27年が経っている。
高度経済成長期にはまだいかなくとも、札幌冬季オリンピックが開催され、「ナウい」という言葉が流行り、日本は諸外国に「猿真似」と言われつつも復興、成長を遂げているときであった。
舞台は東京都福生市。
ここにはアメリカ軍横田基地がある。
1950年代から所属する米軍関係者が増え、基地内の住居が不足したために周辺の農地に「ハウス」と呼ばれるアメリカ人の住居が建設された。
主人公・リュウ(もしかして、村上さん本人?)はその「ハウス」に住んでいる。
正直に言うと、楽しい物語ではまったくない!
登場する人物全員がもれなくヤク中で、暇があれば薬を打ち、セックス、ケンカ、意味のない暴力で溢れている。
突然だけど、あなたの心を満たしてくれるものはなんですか?
例えば、仕事から帰ったときに迎えてくれるペットの姿。
例えば、家事をすべて終えたあとに淹れる一杯のお茶。
私の場合は、おもしろい本と、おいしいコーヒーと、おいしいチョコレート。
そして、2匹の大切な大切な愛猫。
妹の場合はきっと、アニメであり、ゲームであり、アイドルだ。
心を満たすものは人によって様々。
それは当たり前。
そう、あなたは当たり前だって分かっているんだ。
ただ、彼らにとってそれがドラッグであり、セックスだっただけだ。
私にとっての本とコーヒーとチョコレートが、彼らにとっては法に触れたり、世間様に後ろ指をさされたりするようなことだっただけ。
空っぽになってしまった心を満たそうと、頼るものがたまたまそっちを選んでしまったのだ。
彼らをかわいそうだと思うかと訊かれたら、そうは思わない。
法に触れていいとか、世間の常識から外れていいとはもちろん言わないけれど、彼らは空っぽの心を抱えたまま、どこにも行けないでいるんだ。
「ハウス」じゃない居場所を与えてあげてほしいと心底思った。
2020年になってもドラッグはなくなっていないし、愛のないセックスだってなくなっていない。
暴力だってあふれている。
それらのものがなくならないというのなら、それらを頼れなくしてあげてほしい。
「あなたの居場所はそこじゃない、こっちだよ」って言ってあげてほしい。
どうかお願い。
空っぽの心を満たすことはだれだって必要なことだけれど、あなた自身を壊すものは本当には満たされないことに、気づいて。
「黒い鳥」とは何か?
いつか君にも黒い鳥が見えるさ、まだ見ていないんだろう、君は、黒い鳥を見れるよ、そういう目をしている、俺と同じさ、そう言って僕の手を握った
リュウのところへ来た黒人の言葉である。
この黒い鳥は重要なキーワードで、ラストへと繋がる。
この黒い鳥は何なんだろう?
ドラッグが見せている幻覚なのだろうか。
それとも、ドラッグを使い続けた果ての姿を表すのだろうか。
たしかに楽しくも、愉快でもない物語だけれど、そうすること(ドラッグとセックスに溺れること)でしか生きていけない人間の生きざまというのは、こうも浮世離れをしていて、人を惹きつけるものなのだろうか。
だって、実際に私たちはドラッグを使いたいなんて思わない。
愛のないセックスなんてとんでもないし、暴力だってふるうのもふるわれるのも絶対に嫌だ。
けれど、一線も超えてしまった人間がいるとしたら「そっちはどうなんだ?」と覗きたくなってしまう。
きっと黒い鳥は、「そっちの世界」を興味本位で見に行った野次馬根性丸出しの人間なんだ。
リュウに黒い鳥が見えないのは、まだ、足元に忍び寄る「正常な世界」に気づいていないだけ。
まだ帰って来れるよ、リュウ。
帰っておいで、リュウ。
届かないであろう声を、私はリュウにかける。
リュウ、あなた狂ってるわ、しっかりしてよ。わからないの?狂ってるわ。
ほら、リリーだって言ってる。
リリーはあなたの大切な理解者だったじゃない。
一線を超えてしまうことの怖さを、愉悦を、この物語は登場人物全員を使って体現している。
私もあなたもこの物語を読んで多少なりとも不愉快さを覚えたならまだ大丈夫だ。
村上さんは、リュウたちのようになってしまうことを止めはしないだろう。
むしろ堕ちてしまうことの快感を書いてしまっているのだから、誘っているのかもしれない。
リュウやリリーや、他の登場人物たちが自分たちの意志で今のような生活になってしまったのかは分からない。
もしかしたら、引きずり込まれたのかもしれない。
そうすることでしか「自分」というものを保てない、弱い人たちなのかもしれない。
でもきっと村上さんは、戦争が終わり、GHQの占領が終わっても残るアメリカ軍たちに、この物語を通じて何か言いたかったのかもしれない、と思ってしまう。
黒い鳥である、復興を遂げ、何やかんやで適当に日々生きる私たちは、リュウたちのような人種にはなりたくてもなれない。
ドラッグやセックスに依存してしまっていても、毎日を必死に生き、自分というものの存在意義を見出す方法が、たまたま「一線を超えること」だけだったのだ。
日々をのほほんと生きる私は、たとえリュウたちが法に触れることをしているのを知っていても後ろ指をさすこともできないし、笑う権利すらないのだ。
黒い鳥に成り下がるな。
日々に抵抗しろ。
語られないリュウとリリーの関係
リュウとリリーの関係がとても特別に感じる。
それは、お互いが理解しあっているというより、魂の深いところで繋がっているという感じだ。
たくさんの登場人物が出てくる中でみんながみんな狂っているというのに、2人の関係は突出して輝いていた。
もちろん、リュウもリリーも薬は打つし、リリーに関しては性風俗の店を持っているように読み取れる。
けれどリリーはどこかで「常識」というものを持っていて、リュウを諫めたりする。
心地いい関係というのは、こういうことを言うのかもしれない。
突っ込んでは語られないけれど、リュウとリリーは、ドラッグやセックスを抜きにしてもきっと続くに違いない。
「リュウ、そっくりの男が出てくる小説を見つけたわ。本当にあなたに似てるの」
リリーがリュウにかける言葉は優しさと心配と、「あなたと繋がっていたいの」と、たくさんの思いが込められていて、なんだかあったかい。
どうか2人が、物語外で幸せでありますように。
そう、願わずにはいられない。
まとめ
タイトルだけ見ると、恋愛小説のようなきれいな題名である。
ブルーはドラッグを打つために紐でしばった血管を表すのか、それが透明に近いということはリュウはもう「正常な世界」へと戻りかけているということか。
本編を読んだあとにこのタイトルを改めて見ると、様々な想像をしてしまう。
あとがきは、リュウからリリーへの手紙という形式になっているのだけど、その内容がなんとも物悲しく、胸に迫るものがあった。
リュウ、あなたは「正常な世界」へと戻ってくることができたのだろうか。
まだ、どこかをさまよっているのだろうか。
切なくも、苦しい、彼らの青春の1ページを、私は体験してしまった。
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